女の子のまま好きでいさせて

羽生零

1.菫と藤子

 2xxx年――地球上で魔法が発見されてから五十年後の節目の年。世界は未曾有の大災害に襲われた。

 使用者どころか発生源不明の魔法に世界中が侵され、地球上の人類の約半分が、一ヶ月の間に死亡した。解剖の結果、火が点いたとしか思えない、内側から黒焦げになった心臓が見つかった。


 現在、この魔法災害は、表向きは収束したとされている。実際のところは誰も知らないが、心臓が燃えることは無くなった。


 人類は半減した。そして、緩やかに滅亡に向かっている。失われた命を補うことが、いまの人類には至難だった。


 ――奇妙な魔法災害だった。


 魔法は無差別に人に襲いかかったのではなかった。その発現には条件があった。

 それは、X染色体の有無。

 二本のX染色体を持つ個体。それだけが生き延び、残りは死亡した。人間の雌はX染色体を二本持ち、雄はXとYの染色体を持つ。性別の片方が死滅すれば、残るのは種の滅亡だけだった。


 ただ、人間という種は座して死を待つほど優しいものではない。何としてでも命を繋ぐべく、雌の個体を雄へと変貌させる魔法薬が開発された。ホルモン剤を基礎に作られたそれは遺伝子にまで作用し、女を男へと転換させる。その薬は、人類の希望だった。しかし同時に、人間の絶望の種となった。


 恋愛の自由は奪われ、女性同士の恋愛と婚姻の過程には性転換が義務付けられ、男となるべく女児が教育される。それまで倫理と自由を元に求めて認めてきたものを、生き残った女たちは捨てたのだ。反論の声は人類滅亡の危機の前に握り潰され、人類は、不自由な愛の中で、個体の減少を緩やかにしていった。



 如月菫きさらぎ すみれが恋をしたのは、そんな地獄の中だった。



 菫は公立高校に通う、十八歳の女子だった。実家は裕福、成績は優秀。態度も明朗でありながら思慮深い。非の打ち所が無い生徒で、クラスメートからは一目置かれて尊敬の目で見られ、先生からは期待を受ける。菫はそんな秀才だった。

 それなのに、彼女の人生はいきなり躓いたのだ。

 前触れの無い挫折だった。そしてそれは、努力ではどうしようもできないものだった。それは彼女を打ち据え、自分と世界の否定にすら繋がった。

 如月菫は恋をした。地獄のような恋をした。

 好きになったのは、担任の先生。五月雨藤子さみだれ ふじこだった。藤子はまだ年若い教師で、去年菫が通う学校の教師になった。度のキツい眼鏡をかけ、髪をきっちり撫でつけて首の後ろで束ねている、いわゆる地味子という人種。女子ばかりなった学校では、女としての器量がそのままカーストの上下に繋がる。陽キャや化粧が上手い女子はカースト上位に食い込んでくる。教師も例外では無かった。

 教師としての仕事ぶりこそ丁寧で、教え方も上手い。しかし、地味だ。化粧はナチュラルすぎてノーメークに見える薄化粧。髪も目もあえて染めたような真っ黒で、アクセサリーの類いは一つも無い。持ち歩くタブレットや登校に使う車はシンプルなオフホワイト。面と向かって馬鹿にする者はいなかったが、つまらない、地味な女だと陰口をいつも叩かれている。

 同じシンプルでも、素材が良すぎる菫と違って、藤子はどうしようもなく地味だった。

 それでも、菫が好きになったのは、生涯一度の恋は、五月雨藤子ただ一人だった。自分とは正反対だからとか、単に簡単に落とせそうだとか、そんな理由で好きになったわけではない。彼女にとって藤子は運命の人だった。


 菫にとって運命とは、神の悪戯などではなく、自分が干渉できない誰かの行動の結果だった。不可抗力と言ってもいい。それに動かされた時、人間は、その出来事を運命だと言うのだ。


 菫が感じた運命は、藤子の行動の結果だった。正しく、藤子の人生全てが作り出したものだった。

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