第3話 お前は勘当だ!!
魔法学園を出たあと、俺は八年間戻ることが許されなかった侯爵家に帰ってきた。
まだ成人前だったし、何より二歳下の弟テオは侯爵家の屋敷から魔法学園に通っていたから、さすがに受け入れてもらえると思っていた。
……思って、いたんだ。
「貴様!! どの面下げて戻ってきたのだ!! ここはもうお前の家ではない!!」
そんな……まさか、父上もそうなのか?
正面玄関の前に仁王立ちした父上は、俺を玄関ホールにさえ入れていくれなかった。それどころか、手に持っていたステッキを振り回して殴りつけてくる。
たいして強くもない衝撃でも、力が抜けていた俺は尻もちをついてしまった。
「歴史あるグライス家の嫡男が
「父上、あれは悪霊ではありません! 召喚魔法といって、精霊を呼び出したんです! 信じてください!!」
そうか、学園長のヤツは俺に宣告した時にはもう家に知らせを出していたのか……それで父上はこんなに激昂しているんだ。
それなら、見てもらえればわかってくれるかもしれない。父上や母上ならわかってくれるかもしれない。
「召喚魔法だと……? そんなもの聞いたこともないわ!! この期に及んで嘘をつくな!!」
「本当です! 学園の図書館で見つけた古代語の古書に書いてあったんです! それで俺なんとか習得して————」
お願いだ、どうか、どうか俺の話を聞いて。お願いだから、父上や母上まで、俺の努力を無視しないで。
お願いだから、ちゃんと俺を見て。
「いい加減にしろ!! お前が退学になったせいで、ノーラは寝込んでいるんだぞ!
母上が謝罪していた? 何故……? 俺はそんなに悪いことをしたのか?
あれだって教師が魔法を見せてくれというから、呼びだしたのに勘違いしたのはアイツらだぞ?
「お前は勘当だ!! たった今から当家とは関わり合いのない人間だ! さっさと敷地からでて行け!!」
その言葉を最後に、屋敷に入った父は姿を見せることはなかった。
俺はしばらくその場から動けないでいた。
ただただ虚無感に襲われていた。
ただ、魔法が使えないというだけで。
古代語が読めないヤツらには召喚魔法も理解されず。
俺の必死の努力は悪霊という言葉で踏みにじられた。
血のつながった家族でさえ、
家族からも切り捨てられて、それでも涙は出てこなかった。
九年間で一度も会いに来なかった。手紙すら来なかった時点で、何となくわかってはいたんだ。それがハッキリしただけだ。
ここには俺の居場所がない。
それなら、もう二度と戻らない。
ゆっくりと立ち上がり、振り返ることなく屋敷をあとにした。
***
屋敷を出たあと、俺は王都ブルーリアに来た。魔法学園は王都の南側にあるけど、そこを通り越して中心地まで足を伸ばした。
今は夕陽色に染まる人影も薄い公園で一休みしている。
今、俺の手元にあるのは、銀貨三枚と銅貨八枚、あとは寮で使っていた荷物だけだ。一泊銅貨五枚もする宿屋に泊る余裕なんてない。一週間で資金が尽きる。
だからといって住む家もなく、食べていくだけの稼ぎもない。
これは……早く仕事を見つけないと飢え死にするな。
感傷に浸ってる場合じゃなかった。現実問題、食べ物がなければ死ぬだけだ。召喚契約をする際にくぐってきた死線とは別の危機だ。
まずは手持ちの金がなくなる前に、収入を得ないといけない。
平民なら十五歳から働きに出るって聞くし、年齢的には問題ないだろう。仕事も王都なら、俺でも出来るものがあるかも知れない。
だけど、どんな仕事をするかが問題だ。本ではいろいろと読んできたけど、冒険者や護衛だと召喚魔法も生かせるんじゃないかと思う。
うん、これでいこう。……でも、どうやったら冒険者や護衛になれるんだ?
八歳までは屋敷の執事が全部やってくれてた。魔法学園に入ってからは召喚魔法の契約以外、敷地から出たことがなかった。
神殿までの旅も、ウェンティーの風魔法に乗ってひとっ飛びで、用が済んだらすぐ帰ってきてた。
いわゆる貴族のお坊ちゃんで引きこもりだった俺には、方法がわからない。どこに聞けばいいのかもわからない。
ヤバい、早くも詰んだ。
いやいやいや、諦めるのはまだ早い!
まずは情報を集めるんだ! こういう時こそ持てる力のすべてを使うんだ!
【ヴァルハラ召喚、烈風王ウェンティー】
ふわりと俺の周りを一陣の風が吹き抜ける。そして現れたのは、鮮やかなコバルトグリーンの髪と瞳をした風の精霊王だ。穏やかな風をまとい俺の背後に舞い降りて、肩にそっと手を乗せる。
『レオ、なぁに? 貴方から呼び出すなんて珍しいわね』
そう言ってクスクスと笑っている。たしかに俺はあまり自分から召喚魔法を使わない。魔法学園の中だったから、全部習得するまでは秘密にしておきたかった。
でも今日からは違う。ここは魔法学園じゃないんだ。
「ウェンティー、頼みがある。街中の人の声を拾って、どうやったら冒険者や護衛になれるのか調べてもらえないか?」
『……そんなの、誰かに聞けばいいんじゃない?』
「いや、それが誰に聞けばいいのかもわからないんだ」
『あ、そう……そうね、レオは知識はあるけど、社会経験は積んでないのよね』
呆れたようにウェンティーにため息を吐かれた。そして耳元でそっと囁く。
『でも、そんなところが可愛いわ。待ってて調べてきてあげる』
次の瞬間にはウェンティーの気配は消えていた。ウェンティーはいつもこんな調子でからかってくる。やたら距離も近くて、最初は落ち着かなかった。でも、ちゃんと助けてくれるのは間違いない。
だから今回も大人しく待っている。すると十分くらいでウェンティーはすぐに戻ってきた。
『レオ、お待たせ。冒険者や護衛になるには、ギルドに登録が必要みたいよ』
「ギルド?」
『そう、冒険者の管理組織のことね。そこで登録すると、色々と情報がもらえるらしいわ』
「そうか! ありがとう、ウェンティー!」
『ふふ、いいのよ。レオのためなら何でもするわ』
そう言って俺の頬を軽く撫でてフッと消えた。
本当にいちいち距離が近いんだ。少しだけ落ち着かない心臓のまま俺はギルドに向かった。
そして世の中そんなに甘くないと、思い知るのだった。
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