第13話 少年兵
中には先客が湯船に浸っていた。浅黒い肌の小柄な少年だった。彼は誠を見ると軽く会釈をした。会釈を返した誠の視線の中、少年は少しのぼせたような顔をしながら天井を仰いでいた。
誠はとりあえず体を洗おうと洗い場に腰を落ち着かせる。時折、少年からの視線を浴びながら誠は体を洗い終わり、頭から湯を浴びて誠はシャンプーに手を伸ばす。
とりあえず他にすることもないのでお湯でも楽しもうと頭を洗い終えて振り向いた時だった。
「『カミマエマコト』曹長ですね」
湯船から半身を乗り出して少年が話しかけてきた。流暢な日本語だった。
「え?ああ、よく間違えられるけど……『シンゼン』って読むんだ……『シンゼンマコト』……ってなんで僕の名前を……」
誠はそそくさと湯船に足を入れる。少年はどこか親しげな姿を装うことを決めたかのような笑顔で近づいてくる。
「すみません……僕、漢字はあまり読めないんで……戦争で学校に行ったことが無かったから」
そう言う少年の頬に傷があるのが誠の目に入った。
そればかりでは無かった。体中に無数の
「君は?」
誠は思いもかけず言葉が少し震えているのが自覚できた。
「僕はアン・ナン・パク……階級は軍曹です」
「へ?軍人なのかい?君はいくつ?」
平和な東和共和国では見たことが無い『少年兵』であるアンの言葉に誠は戸惑った。
「十七です……見えませんか?」
アンの言葉を聞いても誠は彼が十七歳にはとても見えなかった。どう見ても中学生程度にしか見えない。
「僕の国……ベルルカン大陸の『クンサ共和国』って言うんですが……貧しい国なんです。食べるものもろくにないのに内戦ばかり続いて……おととしなんとか停戦合意が発効して遼州同盟に加盟したんです。それで今度……」
そこまで言うとアンは突然口をつぐんだ。
「今度……何?」
誠に尋ねられるとアンは真っ赤な顔をしてそのまま風呂から飛び出して脱衣場に姿を消した。
誠は何か少年の気に障ることを言ったのかと気にしながら頭を洗った。
「十七歳で戦場に……そうか……この遼州でもまだ戦争をしている国があるんだ……この東和だけが平和で……」
以前、アメリアに言われた『東和だけの作られた平和』についての話を思い出した。
電子戦兵器とアナログ量子コンピュータが作り出した閉鎖されたネットワークが生み出した人工的な平和。それが誠が生きてきたこの東和共和国の平和の正体だった。そのことを思い出すと誠は少し悲しくなってきた。
そしてその東和共和国だけの平和を望む『ビッグブラザー』と呼ばれる意志。
誠はそんな自分とは関係が無いように思える様々な意図に思いを巡らせながらアンが何を言い残そうとしたのかを考えつつゆっくりとお湯につかることにした。
「平和か……」
誠はアンの体中の銃創を思い出し、自分のこれまでの平和な日常を思い出してしみじみとお湯に体を預けた。
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