出発

第8話 借りてきたバスに乗って

「良い天気!」 


 ハンガーの前で両手を横に広げて神前ひよこ軍曹が青い空を見上げた。彼女と言うとおり出発の日は晴天だった。


「ひよこ!そこにバス停めるからどいてね!」 


 紺色の髪にどこで買ったかわからない仏像がプリントされたTシャツを着ているアメリアがそう叫んだ。


「そのまま!ハンドル切らずにまっすぐで!」 


 そう叫んでいるのは青いTシャツを着た整備班の最年少の西高志だった。いつもこう言うときに気を利かせる彼の機転に誠は感心しながらその後姿を眺めていた。


「もっとでかい声出せよ!真っ直ぐで良いんだな!」 


 サングラスをかけてバスの運転席から顔を出しているのは島田だった。電気式の大型車らしく静かに西の誘導でバックを続けている。


「随分本格的ですねえ……レンタルしたんですか?」 


 エメラルドグリーンの髪に合わせたような緑色のキャミソール姿のカウラに誠は声をかけた。


「備品には出来る値段じゃないだろ?去年は二台バスを借り切ったが、今年は一台で済んだな」


 あっさりとそう言うカウラの横顔を見つめて目を見開いて誠は驚いた。 


「それってほとんど隊が空っぽになるんじゃないですか?まだ準備段階で今より人数も少なかったって話ですし……」


 誠は驚いて見せるがかなめもカウラも当然と言うような顔をしている。


「去年は機体も無い、機材も無い。することも無いって有様だったからな。それに今回の整備班の参加者が少ないのは第二小隊の噂が本当みたいだからな。その準備とか色々あんだろ?」 


 かなめがポツリとつぶやいた。


「第二小隊?」 


「うちの運用艦『ふさ』はアサルト・モジュールを最大二十機積めるからな。余裕はある。第二小隊は選抜は終わったが、同盟会議の決済がまだ下りないそうだ」 


 カウラは穏やかに答える。目の前ではバスの止める位置をめぐり西がもう少し寄せろと言い出して島田と揉め始めていた。


「そうなんですか?……でもなんで第二小隊の増設が出来ないんですか?『近藤事件』の時に間に合えば……僕は楽ができたのに」


 そんな誠の疑問だが、かなめもカウラも逆に不思議そうに誠を見つめてきた。 


「あんまり叔父貴に力が集まるのが面白くねえんだろうな、上の連中は。それに第二小隊の隊長は……予定ではあのかえでだからな。それに法術捜査局が来月立ち上げだ。その主席捜査官が……」 


 そこまで言うとかなめはにんまりと笑って西と一緒に島田をとっちめはじめたサラを見ながら笑顔を浮かべる。


「隊長の娘の嵯峨茜弁護士ですか……でもかえでさんて?」


「アタシの妹だ……苗字は日野。日野かえで。西園寺家の家風は合わねえから家を興した訳。爵位は伯爵、官位は弾正尹。気取って『斬弾正』とか名乗ってんだよ」


 かなめは吐き捨てるようにそう言った。誠は一人っ子だからわからないが、なぜかかなめの表情が急に曇ったことを不思議に思いながら島田達の騒動をただ眺めていた。


「西園寺さんの妹?」


 誠はサイボーグで女王様気質のかなめの妹の姿を想像しようとした。


 かなめの頭の先からつま先までじっと眺めるが、どうにも彼女の妹の姿は想像がつかない。


「確かもうすでにこの豊川市に来ているはずだぞ……私も会ったことがあるが……本当に妹なのか?」


 いぶかしげにかなめの顔を眺めるカウラを見て、誠は意味も分からず呆然と立ち尽くしていた。


「アタシが前見たときは妹だった。今のところ弟になったという報告は無いから妹だな」


「弟になった?」


 再び誠の疑問形に火が付く形となった。


「かえでちゃんの話?」


 三人で話しているところに、ちょうどアメリアが通りかかる


「ええ、西園寺さんの妹の話なんですけど……アメリアさん知ってます?」


 誠の問いにアメリアは少し戸惑ったような顔をした。


「一応……私は部長級だから、会ったことはあるけど……あれよ、男装が好きだから変な風に言われるだけで、それほど変わった人じゃないわよ……まあ大正ロマン風に『少女歌劇』の男役って感じよね……」


「男装!?」


 アメリアがあっさり言ってのけるが、『大正ロマンあふれる国』の甲武国で『男装』をしていることの意味を察して誠は叫んでいた。


「いいじゃないの。『男装の麗人』なんて、絵になるわよ。かなめちゃんと違ってたれ目じゃないし」


「うるせえ!」


 けなされて怒ったかなめがアメリアに膝カックンを仕掛ける。長身のアメリアはあっさり引っかかってそのままずっこけた。


「まあ……うちは『特殊な部隊』だからな。第二小隊も当然メンバーは特殊になるだろう」


 カウラはそう言って苦笑いを浮かべた。


 第一小隊の小隊長として誠達『特殊な』部隊員を預かっている彼女の苦労を察して誠は愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「じゃあ荷物を積み込むぞ!」


 かなめはそう言って手にした重そうなバッグをバスのトランクを開けて放り込んだ。

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