喫茶店の奥さん
桜乃
第1話
私は場末にあるレトロな雰囲気を醸し出している喫茶店に来ていた。いつもなら友達とのガールズトークで盛り上がっていたところだが、私としては珍しく一人で。
店内に入ると、決して若いとは言えない女性が私を奥の席へと案内してくれた。私は大人しくそこに座る。
特段深い意味があってここに来たわけじゃない。ただ、まだ二十歳だというのに、この暑い季節に耐えきれず涼みに来ただけだ。
私は汗だくの額を拭いながら、年季の入っているメニュー表を見た。涼みに来たのだから、冷たいものを体に入れたい。
だから私は、見開きに大きく載ったかき氷を頼むことにした。
「すみませーん」
声を店内に広げる。が、人が来るどころか、何も反応がなかった。
「すみませーん」
二度目の声を出す。
「どうかされましたか?」
「うわっ!」
隣からの声に私は飛び退いてしまった。
そこにはさっき私を案内してくれた中年女性がいた。
「どうかされましたか?」
「あ、え、えーと.........」
私は大層驚いているというのに、女性店員はぴくりとも表情を動かさず、催促してきた。
仕方がなく気を取り直して、私は再びメニュー表を見る。
「えっと、このソーダかき氷をひとつ.........」
「お客様、そちらはただいまシロップの方を切らしております」
「あ、そうなんですね.........」
私が答えあぐねると、女性店員は私の方に指を指した。
「こちらのイチゴかき氷が、当店の自慢のメニューになっておりますよ」
さっきより少しテンポの良かった喋りに私は顔を上げると、女性店員は口角を上げていた。ちょっと不気味だ。
「じゃ、じゃあ、それで.........」
「かしこまりました。それとお客様」
「はい.........」
奥へ引き下がると思いきや、女性店員は動きを止めて私を見つめてきた。なんだろうか。
「イチゴかき氷を頼んだお客様には、限定で私の雑談がセットでついてきます」
え、雑談?
「どうやらお客様はまだお若いようなので、そうですね。そのうち結婚するかもしれませんからね。参考に私と夫の話でもしてあげましょう」
「はぁ.........」
どうやらこの人は今から一欠片の興味もない家庭談を話すつもりらしい。
別に急いでいるわけでもないので、私は聞く姿勢だけ整えて、頭の中はこの後の予定を考え始めた。
女性も少し嬉しそうにしながら、私の前に座った。化粧気のない顔に皺が目立って、やっぱり不気味だった。
「実はね、私には旦那さんがいたんですよ」
「はぁ.........」
適当に返事をする。過去形ということは、既に離婚したのであろうか。それか病に倒れてしまったのか。
どちらにしろ、他人事ながら頭の半分で私は旦那さんを憂いた。もう半分はこの後の予定を考えていた。
「旦那さんは誠実な方だったんですよ。私が病気になった時もきちんと看病して下さりましたし、なによりかっこよかったんです、内面が」
「はぁ.........」
「彼は、私の自慢でもありました。でも円満な生活は長くは続かなかったんです」
「というと?」
「えぇ、夫は、殺されました。心臓のあたりをナイフで抉られていました」
女性のあっけらかんとした声音に、私は意表を突かれてしまった。
なんということだろう。旦那さんは殺人に遭っていたのだ。当たり前だが、殺された人の気持ちを味わったことのない私は、次は、さっきまでこの後の予定を考えていた、もう頭の半分も使って旦那さんを憂いた。
女性は怯まず話続けた。
「彼の死に殻はあんまりでした。目も当てられないくらい。でも私は、大好きな夫の姿を最期まで見届けることができたので、未練はありません」
「それは、災難でしたね.........」
私は本心を言った。旦那さんのご冥福を祈ると同時に、この女性もとても良い方だと考えを改めた。不気味だと思ったことを謝りたいとも考えたが、黙っておくに留めた。
私は女性の目を見て話せなかった。
そんな思い込んだ私を庇ってか、女性は笑いながら席を立った。
「ごめんなさいね。ついつい話に火がついちゃって」
「いえ、大丈夫です」
私が顔をあげたのを見てから、女性は「かき氷持ってくるね」とだけ言って、奥へ引っ込んでいった。
たまたま、前触れもなく入った喫茶店なのにこんな複雑な気持ちになるなんて思ってもいなかった。我ながら、ちっぽけな倫理観が付いた気がした。
女性はすぐに戻ってきた。持ってきたトレイの上には綺麗な赤色をしたかき氷があった。そして、なぜかというべきか、思っていたよりトッピングが激しい。
「お待たせ。イチゴかき氷ね。特別にトッピングは多めにしといたから」
机に置かれたかき氷をみる。
まさか、と思った。
かき氷から目線を逸らし、横にいる女性を見る。女性は深い皺を顔にいくつもつくり、さっきよりも不気味な顔になっていた。
私は身震いした。
「ほら、溶けないうちにお食べ」
ぼんやりとした女性の声が頭に溶け込む。
私はトレイにあったスプーンを握る。しかし、食べれなかった。
「.........これは、なんですか」
私はかき氷の頂上にあった、部位を指す。
震える私とは対照的に、女性の声は弾んでいた。
「言ったでしょ、トッピングよ。あなたが真剣に私の話を聞いてくれるもんだからサービスしちゃった」
私は何も言えなかった。
女性の服には、赤い斑点がぽつぽつと付いていた。
挙動不審に陥りかけていた私は、自分の両手を見る。無論、そこには爪に流行りのメイクの効いたいつもの手があった。
「どうしたの? 夫はかっこよかったから、きっとあなたも夫の部位を食べれば、カッコいい人に出会えるはずよ」
そういう論理の飛躍にかまけた女性の声は、やっぱり弾んでいた。
皺まみれで年季の入った、不気味な手を添えられていたかき氷を前に私は吐き気を堪えつつ女性をみやる。
女性の手が真っ赤なのはきっと、あまり余ったイチゴシロップのせいだろう。
喫茶店の奥さん 桜乃 @gozou_1479
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