第7話 八百万の神
······この国には、太古の昔から万物に神が宿っていた。人々はそれらの神々を敬い畏れ、自然と共に共生して来た。
だが、科学の進歩と共に人間は神を忘れ、代わりに果てない欲望を渇望する様になった
。
神々は過去の産物とされ、人間は自然を壊し、危険な兵器を大量生産し、いつ破滅が訪れるやもしれない危うい均衡の上を綱渡りしていた。
「·····万物に宿る八百万の神。それは私達「
理の外の存在」の手足となる存在だったの」
玲奈は独語する。その詩を口ずさむような口調に、私は魅入ったように聞き入る。
「理の外の存在」はその力を徐々に力を弱めていた。それは八百万の神にも甚大な影響を及ぼした。
本来、不方さんに呪いをかけた地場霊などを止めるのは、その土地に存在する神の役目だった。
私が住むこの界隈町にも地主神と呼ばれる神が存在していると言う。だが、その地主神には地場霊を止める力は今は無いと言う。
「よく聞いて。ふさよちゃん。不方泰山君の呪いを解く方法は二つよ。一つはこの界隈町の地主神をやる気にさせる。もう一つは呪いをかけた地場霊を改心させる。そのどちらかなの」
······はぁ。なる程。うん。分かったわ。じゃあ玲奈達「理の外の存在」がちゃちゃっと実行してよ。
簡単でしょう?直ぐに出来るでしょう?だって貴方達組織は八百万の神の総元締めなんでしょう?
私がそう言うと、玲奈は茶色い波打つ髪を揺らして首を振る。
「ふさよちゃん。それは出来ないの。最初に言ったけど、力を弱めている組織にそんな余力は残っていないの」
玲奈は続ける。本来この世界に起こる厄介事は、生きる人間と八百万の神が手を取り合って解決していくのが原則だと言う。
更に玲奈は続ける。地主神の本来の力の根源は自分を信仰する人間達の心だと。力を弱めているとは言え、人間達の心持ち次第では地主神は力を盛り返す可能性もあると。
······って事は。何ですか?もしかして私にその地主神やら地場霊やらと交渉しろって事ですか?
地主神宗教に入って神様を崇め奉りやる気を出させろと?
いや無理ですよ?どう考えても無理でしょう?だって私はごく普通の人間よ?霊感とか無いし、心霊体験とかも無縁に過ごして来たんだもの。
と、言うか?人を瞬間移動させたり、哺乳瓶や髪パンツ(大人用)を用意する余力はあるんかい!?
「大丈夫よ。金梨ふさよちゃん。貴方にはその力があるわ」
玲奈の突然の言葉に、私は訳が分からずぽかんした顔をする。
「ふさよちゃん。この世界で起こる出会いは全ては縁で繋がっているの。組織の一員である私が貴方と出会った。これは偶然じゃない。必然なの。この時点で貴方はこちら側の人間。つまり「理の外の存在」に近い存在なの」
私は玲奈の話の内容を必死に理解しようとする。わ、私が神様の組織に近い存在?
「そうよ。ふさよちゃん。だから自信を持って。貴方が不方泰山君の呪いを解くの。私はそのサポートの為にやって来たの」
玲奈が私の両手を掴み、大きな瞳で私をみ至近で見つめる。鼻孔を満たす甘い薔薇に、私は息が詰まりそうになった。
······納得が行かない。全く許容出来ない。私をサポートする暇があったら、地主神やら地場霊やらを何とかして欲しい。
全く持って私は正当な主張をしている。でも、それは出来ないと玲奈は言う。私に選択肢など無かった。
私が何とかしなければ、不方さんはいずれ強制わいせつ罪で逮捕されてしまう。ならば私がやる他無いみたいだ。私は渋々玲奈の提案を受け入れるしかなかった。
「ありがとう!ふさよちゃん!私もしっかりサポートするから!一緒に頑張りましょうね
!」
玲奈は気さくに私の首に両腕を回して抱きつく。今晩はゆっくり休んでと玲奈は絵顔を残して消えて行った。
······疲れた。特に精神的に。私は不方さんに着させられたパジャマをこれ幸いにそのままベットに倒れ込んだ。
明日がお店の定休日で良かった。私は重たくなった瞼を閉じ、数秒で眠りに落ちた。
······その晩、私は奇妙な夢を見た。私の両手に何かが落ちて来た。右手には白い光。左手には黒い光だ。
二つの光は時間と共にその光を弱めて行く
。このままでは両方共消えてしまう。夢の中でそう思った私は、白と黒の光に必死に呼びかける。
諦めないで。望みを捨てないで。この世界は、まだ絶望するには余りに多くの希望が残っているから。
すると、白い光から私の頭の中に言葉が流れ込んで来た。
『······何処に希望など存在するか?戯言を口にするな』
そして今度は黒い光から言葉が発せられる
。
『······無理だよ。無駄だよ。何もかもが』
尊大な声。無気力な小さな声。二つの声色に共通しているのは、深い絶望だった。私は更に説得を試みるが、夢はそこで途切れた。
「······何だったの?あの夢?」
寝ぼけ眼で枕元の時計を見ると、針は九時半を差していた。そしてベットの脇に人影がいる事に気付き、私は驚いて飛び起きる。
だ、誰!?人の部屋に勝手に!ど、泥棒!?朝っぱから心拍数が飛び跳ねる私は
、ベットに両肘を付き両手で顎を支える人物を凝視する。
「おはよう♡ふさよちゃん。天気も良いしとっても素敵な朝ね」
長く波打つ茶色い髪。フリフリの白いドレスを着たその美女は、優雅に立ち上がり抜群のスタイルを私に見せつける。
昨日、私は人生の恥部録に永遠に消えない傷跡を残した。その大きな原因の一つとなった玲奈が呑気に朝の挨拶をして来る。
な、何よ。まだ朝の九時半よ?賃金労働者の貴重な休みの時間を邪魔しないでよ?
「さあ。起きてふさよちゃん。不方泰山君の呪いを解く為に早速行動しましょう!」
玲奈は左手を腰に当て、右腕で拳を突き上げて勇ましく宣言した。まだ起きたてで頭の回転が鈍い私は、半ば強引に玲奈に着替えさせられる。
玲奈に連れて行かれたのは、またたび商店の裏手にある祠だった。え?この祠が不快さんの呪いを解くのに何か関係があるの?
「大ありよ。ふさよちゃん。この祠はこの界隈町の主。つまり、地主神を祀っている祠なの」
え?地主神?この古いボロボロの祠が?この界隈町の地主神?ほ、ほんとに?じゃ、じゃあ。この地主神に頼めば、不方さんの呪いは解けるの?
私の質問に何度も笑顔で頷く玲奈。私は直ぐ様両手を合わせて祠にお願いをする。
「お願いします!不方さんの!不方泰山さんの呪いをどうか解いて下さい!!」
真冬の朝、私は白い息を吐きながら必死にこの界隈町の地主神にお願いをする。だが、祠からは何も反応は無かった。
玲奈が指で私の背中をつついている事に気付き、私は後ろを振り返る。すると、玲奈が人差し指を空の方向へ向けていた。私はその方角をなぞるように顔を上げた。
······空の景色の中に、その人影は浮いていた。驚いた私は尻もちを着いてしまう。朝日に照らされたその人影は、冷めた両目で私を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます