1 新入生歓迎会殺人事件(2)

 誕生日が終わって数日、俺は着慣れた制服を身につけ、高校に向かっていた。通学路の桜はとうに散って葉っぱが大きく広がっている。家から学校まで約三キロ、自転車通学したい距離だが、学校が高台にあるため、徒歩でテクテク。学校に近づくにつれて、制服の数が増える。

 私立ざくら高校。校名の由来は、言うまでもなく学校まで続く坂道にれいに並んだ桜並木だろう。桜といっても一般的なソメイヨシノと違って、山桜に近い品種で花と葉が同時に出てくる。だから、薄紅色の美しい桜の風景はなく、花びらが散ったあとの緑が美しいとされる。

 正直物足りないといえば物足りない。入学式といえば桜の花びらが舞い散る中というのは、定番中の定番だ。

 微妙な名所を持つ高校だが、校則が比較的緩やかで女子の進学先として人気が高い。さらに、普通科に加え、特進科、商業科、調理科とあるので、少子化の今では珍しい一学年千人を超えるマンモス高校だ。

 俺はなだらかかつ心臓破りの坂を歩く。横目に学校前にまるバスが通り過ぎるのが見えて憎らしい。何度か誘惑に負けてバスに乗りたいと思ったけど、また痴漢えんざいを吹っ掛けられてはたまらない。

 俺は、いやおか家の男子全員、すこぶる女運が悪い。それこそ、サイコロを転がして偶数の目が出る確率くらい、悪い女に当たる。知っているよ、世の中の女性がみんな悪いわけじゃないことくらい。でも、真丘家男子の場合は、それこそそういうフェロモンを出しているのかというくらい悪い女性を引き当てる。当てるというより当たってくる。

 なので俺は今警戒している。前を、後ろを歩く生徒たち、その半分は女の子だ。何かしら言いがかりをつけられないか常にビクビクしている。

 そんな俺に……。

「りーく!」

「うぎゃぁ!」

 驚いて、思わず近くの電柱によじ登ってしまった。恐る恐る下を見ると、あきれ顔のユキがいる。

「そこまで驚かなくてよくない? こっちも傷つくんですけどー」

「ごめん。ってか、珍しいな、こんな時間。いつもなら朝練だろ?」

 ユキはスポーツバッグと竹刀を抱えている。空手、合気道と色んな格闘技をたしなむパワフルなおさなじみだが、ざくら高校では剣道のスポーツ特待生だったりする。

「今日は休み。久しぶりに一緒に行こうかと思ったら、さっさと出かけてるから」

「あー、なら連絡入れといてくれよ」

 俺はするすると電柱を降りる。

「クラス替え一緒になれるといいなー」

 軽く言ってくれるおさなじみだが、俺はズドーンと重い石がのしかかった顔をする。

「クラス替え、また女子の傾向と対策考えなきゃ」

 俺は分厚い手帳を取り出す。過去に俺を襲ってきた女性たちを自分なりにデータベース化して、近づくと危ない女子と距離を取っている。不思議と、今まで加害者となった女の子は極端で、ギャルゲーで言えば話しかけるだけで好感度がぐんぐん上がった。昨日まで路傍の石扱いだったのに、ある日突然一言話しただけで意気投合し、そのまま病んでいる方向にハンドルを切りまくる。

 今のところ、襲ってくる女の子の傾向はわからない。ただ、年齢は俺と前後十歳もかわらず、既婚者ではないというのはわかっている。いや、もっと狭めようよ。

 そのため、俺はより接触が多い同じクラスの女子たちのかすかな情報さえ聞き逃さない。好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、部活、誰と仲がいいか、誰と付き合っているかなどなど。

 そんいわく、『敵を知り、己を知れば百戦あやうからず』。

 結果、高校に入ってからだいぶ学校生活が安定した。でも、学校外では対処しづらい。痴漢えんざいとか最たる例だ。

「気持ち悪いね」

 ユキは、誰もが爽やかと評する笑みで辛辣なことを言う。

「何とでも言え」

「へいへい」

 ユキは気軽に俺の肩に手を乗せる。チラチラと視線が気になってきた。

「なにあれ?」

 横目で見る女子高生二人組。まだ雰囲気が幼く俺も見たことがない顔。今年の新入生だろう。まだ入学式前だが、スポーツ特待生なんかは数日前から学校に来ることが多い。

「一人はかっこいいけど」

「もう一人はモブだよね」

 聞こえてるよ! とても聞こえているよ!

 ユキはその声を聞いているのか聞いていないのか、目が合った新入生にニコリと笑いかける。

「きゃあっ」

 黄色い声とはよく言ったものだ。もう彼女らには俺というモブの存在は見えておらず、ユキだけが背景に花を背負って映っているに違いない。

「じゃあね」

 ユキは二人組に手を振りつつ、俺の肩を抱いたまま前へと歩く。足が長いのか身長は変わらないのに、俺のほうだけ少し早歩きだ。

「なー、いいのか?」

 俺は二人組をちらりと見る。やはり、どちらも新入生だ。ユキは有名人なので、学校で知らない人はいない。

 だまされている、お前らユキに騙されているぞ!

 口にしたところでモブの話になど聞く耳を持たないだろう。

 俺はまた被害者が増えたことを痛感しつつ、学校へと向かった。

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