第6話 シープ&ゴートにて(3)
俺はもう一度羊元を見た。あのやり取りの間に柳崎が加勢していて、彼女は結構ボロボロになっている。助けたい。助けなきゃ。そう思うけど、今の俺は無力だ。何もできない。銃も使ってない。剣だって持ってない。軍人が使っているのは警棒みたいなものだ。だから、これはきっとこの世界の戦争は、戦争というよりも、喧嘩や闘争に近いんだと思う。喧嘩なんてしたことないけど、それなら俺にだって何かできるはずなんだ。
勇気はない。力もない。頭脳なんて言うまでもない。ただ、正義感だけはまだ残っているはずだ。俺にとって、羊元を助ける動機はそれで充分だった。
でも、何か契約しなきゃ助太刀しても、羊元が契約破棄者となってしまう。それは良くない。無い頭をフル回転させる。目の前で戦う羊元は完全に劣勢で、彼女の持っていた巾着袋も酷く邪魔そうだった。そこで気付く。
そうか、その手があった。
有効かどうか解らない案を持って、闘争の中に向かって走り出す。
「有須っ!」
宝亀が俺の名前を呼んだが、振り返らない。
本当に、羊元の事しか見えていないようだ。軍隊に俺が紛れ込んでも、誰も俺を襲ってはこなかった。それもそれで怖いけど、今は好都合だ。雲がかかり、空が紫色に染まったせいで、白の群れの発色はさらに良くなり、目をチカチカさせる。
さっき彼女が見えた位置に行くと、いきなり巨大な編み棒が旋回してきた。俺は思わずしゃがんで避ける。喧嘩は慣れてないし、運動神経は悪いけど、意外と反射神経はあるみたいだ。ここにきて新発見。
「羊元ッ!契約しよう!」
そう叫ぶと、周りにいた兵士たちが静止画のように止まる。え?俺なんか変なことした?柳崎も、振りかぶった本を下してるし・・・。
戦闘の中紛れ込んでおいて、おどおどと情けなく動いていると、羊元も編み棒を下した。何が起きたんだ?
「・・・なんで止まったの?」
「あんた、契約を持ちかけるんじゃないのかい」
「いや、そうなんだけど・・・」言いながら周囲を見る。この世界においての契約の威力は理解したはずだった。だが、まだ過小評価していたらしい。戦闘だろうと何だろうと、契約締結の邪魔をしてはいけないようだ。まさかここまで威力があるとは。安全でいいけどね。
俺は羊元の前まで行くと、自分の考えをぶつけてみた。
「助けるから、武器をくれ」
・・・脅迫みたいだ。もうちょっときちんと本を読んでおけばよかったと後悔。もう高校生なんだよ、俺。
当然かと思うけど、羊元は眉間にしわを寄せた。被害妄想かもしれないけど、「何言ってんだ、こいつ」って言われてる気がする。メンタル面意外と弱いんだよ?俺ってやつはさ。
「なるほどねぇ」
しばらく考えた羊元が零したのは、それだった。かかった時間は、俺の言った言葉を理解する時間だったのか。そこまで如実に表現しなくでもいいじゃないかっ!
ひそかにいじけていると、羊元が手に持っていた袋を投げつけてきた。まあ、武器が入ってるわけだから予測は出来たけど、まあまあ硬くて痛い。
ぶつかったところをさすりながら、袋を開けて逆さまにする。ころん、と可愛らしく出てきたのは、何と卵だった。恐竜の卵とか、ダチョウの卵とか、そういう武器になりそうなものじゃなくて、ただの鶏卵みたいなサイズだ。ウズラじゃないだけマシだと、前向きに捉えるべきか悩む。
・・・いや、そうじゃない。武器としての使い方も推察できないじゃないか。
「あの、羊元さん?これの使い方は?」
「知らん」
そりゃないぜ。
「ともかく武器は渡した。契約成立だよ、この戦いから、あたしを守りな」
羊元の宣言とともに、兵士たちが一斉に動き出した。そうだよな、契約締結のために止まっていてくれていたんだから、動いていいことになるもんね。でもちょっと待ってくれ。武器貰っても、使い方わかんなきゃ俺戦えないんだって!
今の契約で、俺も戦闘参加者となった。戦闘参加者になった、ということはつまり、攻撃対象になったというわけで・・・
「ちょっと待て!たんま、たんま!」
容赦なく兵士たちが襲ってきた。手にはあの警棒を持っている。あれで叩かれたら、剣じゃなくてもひとたまりもない。男は女より痛みに弱いんだ!あんたらだって男だからわかんだろうが!!
卵を片手に、何かほかに武器がないか探す。宝亀と鷲尾を見たが、武器になりそうなのは宝亀の剣くらいだ。でも、剣なんかで攻撃したら、加減を知らない俺は、バンバン人を殺してしまうだろう。それだけは何としても避けたい。
一人の男が警棒を振り下してきた。出来たためしもないのに、真剣白刃取りを試みる。
まさかの成功。取れちゃったよ、どうしよう。そう思うも考える猶予はない。どんどん襲ってくるため、早く逃げないと袋叩きに遭う。そうなると、思ってたよりも自分の判断は速かった。
警棒を横取るように掴むと、相手の脛を勢いよく蹴った。さすがは弁慶の泣き所と言うべきか。相手はすぐに警棒を手放し、その場にうずくまった。これで何とか武器を得た。そのまま漫画や映画の動きを真似て、次の兵士が振りかぶってきた警棒を、それで受け止める。グイと薙ぎ払うと、いとも簡単に相手は倒れた。そのまま腕を押さえてうずくまる。
俺が意外と喧嘩に強いのかもしれない。けど、妙に兵士たちが弱かった。どう言うことだ?軍隊の兵士なんだから、もっとしっかりと訓練されてんじゃないのか?軍隊とは縁遠い人生を送ってきたので、詳しくは解らない。本を読むのも好きじゃないから、二行読んだら眠るという催眠にかかる。だからそこからの知識もない。
不思議がりながら戦っている様が面白かったのだろう。奥で宝亀が笑っていた。思わず大声で怒ってしまう。
「何笑ってんだよ!」
「すまない、我慢できなくて・・・」
口元を隠して肩を震わす彼女を、物珍しげに隣で見ていた鷲尾がフォローする。
「珍しいことだから、許してやってくれ。能力者と非能力者の力差に慣れてないお前が愉快なんだそうだ」
嫌味か、このやろう。
ともかく、どうやらこの力差は、能力の有無にかかわるらしい。どんな能力なんだか分らんが、とにかく俺はやっぱり能力者のようだ。あの卵さえ使えれば、俺も能力が発動するのに・・・
「貴様ら、何をもたもたしているんだ!」
羊元の相手をしながら、やきもきした柳崎が声を荒げた。兵士たちはざわざわとしながら、何人か同時に攻撃したりしてきたが、やはり同じように武器を取り上げたり、肘鉄みたいなちょっとした攻撃で、すぐに相手は倒れて行く。すげぇ、なんかアクション俳優になったみたいに強い。スーパーマンとは言えないけどな。
俺が能力者だと気付いた柳崎は、羊元の編み棒を勢いよく払うと、方向転換してきた。
「下がれ、僕が直々に相手をしよう」
現実にいるんだな、「僕っ娘」って。俺には魅力が解らないけど。巨大な本を担ぎ、柳崎が俺の方に走ってきた。やばい。かなりやばい。俺能力ないんだよ?解らないんだよ?
「アリスっ!」
羊元が叫ぶ。結構緊迫した言い方で、危機感が煽られる気がした。あ、やっぱり俺、ピンチなのね。
柳崎が本を持ち上げて、俺の方に振りかぶってきた。ちょっと頑張れば避けられるかも。そう判断して、横によけようとする。が、気付くべきだった。相手が持っているのは本だ。下りてきているのは背表紙側で、細く見える。けれども、本には他の武器とは違う特性がある。
横幅が広がるのだ。
逃げ切れると判断したのに、バッと本が開かれ、逃げ切れなくなった。やばい。そう自分で解ったころには、防衛本能が働いて、警棒を構えていた。
ガッ
多少の衝撃こそあれど、思ったよりも少なかった。本の重さに怪力の彼女の振りおろす力があれば、かなりの衝撃があると思ったんだけど、思い違いか?
次の攻撃がいつあるか解らない。少し本と距離を置いて、柳崎を見た。そこで、彼女の妙な姿を目撃する。
柳崎は座り込んで、茫然と本を見つめていたのだ。いや、これじゃ伝わらないな。なんて言えばいいのか・・・。ああ、予想外って感じだ。どうやら本を落とす気がなかったらしい。それにしても驚きすぎだろう。手を滑らせることだって珍しい話じゃないし、あれだけ重たそうなものなんだから、それも尚のことだ。いくら怪力で、握力に自信があったとしても、やっぱり滑らせることはあるしな。
たぶん今が攻撃どころだったのだろうけど、無防備な女の子に攻撃なんて卑怯な真似は出来ない。悩んでいると、彼女が声を漏らす。
「なん・・・で・・・」
何が?
「君、何をした!」
何もしてないです。いや、ガードはしたけど、あれは正当防衛ってやつでしょ!俺だって死にたくないんだって!だいぶ前からそう何回か言ってるじゃん!言ってなかったっけ?
何も答えなかった俺に、柳崎はもう一度本を持ち上げた。
「答えろっ!何をした」
「お、落ち着けって!」
俺は本を押さえるように手を伸ばす。彼女は怪力だと言っていた。だから、俺なんかに支えられるなんて思ってない。ま、思わずってやつだ。
すると本を持っていた柳崎の膝がガクリと曲がった。重たい持ち物を頭上に掲げているときに、膝の力が抜けたらどうなるのか。それくらい馬鹿な俺にも解る。つぶされるんだ。いや、推察も甚だしいけど。
慌てて押さえるつもりだった本を、奥へ押すように力を加えた。同時に持ってた警棒を捨てて、柳崎の腕を引っ張る。勢い余って尻もちをついた上に、手を引いた柳崎の頭が勢いよく俺のあごにぶつかったことは目をつむってもらいたい。慣れないことをするからなんだけどさ。
本が音を立てて落ちた。真っ黒な土ぼこりが舞い、すこしむせる。衛生的にもより汚い気もする。目にも少し入ったようで、痛くて仕方ない。もちろん、あごもケツも痛いけど。柳崎は特に頭は痛くないようだ。今回ばかりは羨ましいな、石頭。普段は頭が堅いイメージ、いや、融通が利かないイメージがあるから、あまり石頭っていい感じしない。
「はは・・・、ははは・・・、あははははははっ!」
唐突に支配者張りの発声で笑い出したのは、宝亀だった。もともと楽しそうに見ていたけど、今の方がずっと楽しそうだ。何があったんだ?鷲尾がアメリカンジョークでもかましたか?俺の戦闘中にいちゃついてんじゃねぇよ!切ないじゃないかぁ!
柳崎をどけてから、鷲尾をちらり見る。すると彼も驚いた顔をしていた。疑問に思っていると、宝亀の笑いが引いていく。一度笑い出すとすぐには止まらないのに、よくこの短時間で止まったな。
涙をぬぐった彼女は、俺のところまで歩いてきて、手を貸してくれた。別に手がなくても立ち上がることなんてできたけど、美人と手を繋ぐ機会ってのはあんまりない。さっきは恥ずかしいとか言っておきながら、やっぱり俺って男なんだなぁと実感。いや、今はそんな場合じゃない。
俺が立ちあがったのを確認すると、柳崎の方を向いた。そして呆然とする彼女に、自信満々で尋ねる。
「能力が使えなくなったのだろう?柳崎」
「君の仕業だったのか」
「いや、違う。それは有須の能力だよ」
え、俺の能力しょぼっ!それだけ?もっとなんか格好いいこと出来るんじゃないの?念能力みたいなさぁ・・・。期待してた分だけ、ずっしりと残念に思う。
落ち込みながら、先ほど投げ捨ててしまった警棒を拾い上げた。武器はもらったものの、これがないと今の俺は戦えないし。すると宝亀から声がかかる。
「それにしても、敵を助けるとは面白いな」
「目の前で死なれちゃ困る。後味も悪いなんてもんじゃない」
結構本気で答えたのに、宝亀が涙目になって笑う。そっこまで変な行動したか?
奥で鷲尾が立ち上がった。彼まで歩いてくるようだ。宝亀は涙を拭いながら、俺の肩にもう一方の手を置いた。おかげで意識がそちらに戻る。宝亀は真正面から俺の目を捕えていて、俺は恥ずかしくなったが、視線が逸らせなかった。
「決めた」
何を?俺がそう聞き返す前に、宝亀が俺の前に膝をついた。奥では羊元が戦っている。いつまでも固まっているわけにはいかないんだけど・・・。
焦りを隠さない俺を、宝亀がにやりと笑って見つめてきた。
「私はお前に仕えよう。私にとって、お前にはその価値がある」
俺の知らないところで、何かが動き出した気がした瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます