第23話:ラクシアの森 5

 冬華の周囲にいくつもの魔法が展開されていく。

 それを見たイーライは持久戦が不利だと悟ったのか、踏み込んでいく足へさらに力を込めて前に進んで行く。


「ファイアアロー!」


 魔法を飛ばして先手を取ろうとしたものの、その時には冬華が展開した一つ目の魔法が放たれてファイアアローを相殺してしまう。

 爆発と共に黒煙が広がるが、そこへ躊躇なく飛び込んでいったイーライ。

 そして、黒煙から飛び出たと同時に鋭く剣を振り抜いた。


 ――ガキンッ!


「ちいっ!」

『ハアアアアァァッ!』

「イーライ、飛んで!」

「わかった!」


 明日香の声が耳に届くと、迷うことなく指示に従って大きく飛び退く。

 すると、先ほどまでイーライが立っていた場所に地面から鋭い土の槍が飛び出してきた。


「助かった!」

「まだ来るよ!」

「おう!」

『ハアアアアァァッ!』


 魔法が避けられたからといって冬華の攻撃が止まるわけではない。

 まるで感情がないのか、変わらない咆哮をあげながら魔法を放っていく。

 火、水、風、土、木といった様々な魔法が間断なくイーライに襲い掛かる。


「アースウォール!」


 魔法に対して複数の土の壁を展開して相殺していくが、いくつかはアースウォールを破壊して一直線に突き進んでくる。

 しかし、この時点でイーライはアースウォールを目隠しにして移動しており空を切る。

 手応えがないと感じたのか、冬華は姿が見えないイーライを見つけるために全方位へ魔法を放っていく。

 アースウォールが砕かれ、土が吹き飛び、大木がなぎ倒されていく。

 それでも姿が見えないイーライは、気づけば冬華の背後に迫っていた。


『ハアアアアァァアアァァッ!?』

「はあっ!」


 放たれた袈裟斬りが冬華の背中を切り裂き血しぶきが飛ぶ。

 だが、傷は浅く致命傷には至らない。


「周囲が爆発するよ!」

「ば、爆発!?」

『ガアアアアアアアアァァッ!』


 風魔法を周囲に纏わせたイーライは普段よりが飛び退くと、風に乗って冬華から大きく距離を取る。

 直後には冬華を中心にして地面が外側へ抉れていき、続いて炎と衝撃波を伴った爆発が広がっていく。


「きゃあっ!」

「イ、イーライ!」

「大丈夫だ! 自分を気にしていろ!」


 アースウォールだけではなく風を周囲に吹かせて飛んでくる石や枝を受け流していくイーライは、明日香の呼び掛けに対して声をあげる。

 明日香と夏希は聖女の守りによって炎や衝撃波を防いでいたが、守りの外側が酷い有様になっていたことで不安を覚える。


『……ゲゲ、ゲギャギャギャギャッ!』

「気味の悪い声で笑うんじゃないぞ! シルフブレイド!」

『ギュガアアアアアアアアァァッ!』


 剣身に纏わせた風の刃だったが、冬華へ届く前に雷が彼女の周囲を覆った。

 このままでは雷撃を受けてしまうと判断したイーライは間合いの外から剣を振り抜く。

 すると、剣身から風の刃が飛び出した。


「ウインドエッジ!」


 飛び出した風の刃、飛ぶ斬撃が冬華へと迫っていく。

 途中で雷撃と接触したのだが、飛ぶ斬撃はそれすらも切り裂いて真っすぐに突き進む。


『ガ、ガガガガアアアアアアアアァァアアァァッ!!』


 魔法に対しては対策を講じることができていた冬華だったが、魔法と物理攻撃が融合された飛ぶ斬撃には成す術がなかった。

 それでもただ斬られるだけで終わる冬華ではない。

 実際の剣の間合い外に立っているイーライに向けて、斬られることを覚悟の上で雷撃を消して攻撃魔法を殺到させる。反撃を受ける可能性が限りなく0に近いからだ。


「イーライ、前に出て!」

「わかった!」


 しかし、イーライには明日香がいる。

 明日香のメガネが冬華の動きを読み解き、雷撃を消して攻撃魔法を放つことを看破した。

 反撃されないと高を括っていた冬華の攻撃魔法をかいくぐり前に出る。

 全てを完璧に回避することはできずに皮膚を切られ、火傷を負い、肉を抉られるが、それでもイーライは前に進む足を止めることはない。

 そして、ついに冬華を剣の間合いに捉えた。


「イーライ――右の胸を貫いて!」

「任せろ!」

『ガ、ガガガガ、ギギガガガガアアアアアアアアァァアアァァッ!!』


 明日香の指示を耳にしたイーライは剣を持ち直し剣先を前に出すと、鋭い刺突で右の胸を貫いた。


 ――バリンッ!


 肉を貫く感触とは異なり、硬質な何かを打ち砕く音が耳に響いた。


『アアアアアアアアァァアアァァ!? ……アアァァぁぁ……ぁぁぁぁ」


 魔獣の声になっていた声音が徐々に人のものに変わっていくと、漆黒の煙が冬華の体から抜け出ていく。


「な、なんだ?」

「冬華、ちゃん?」

「冬華さん!」


 漆黒の煙が完全に消えると、そこには気を失った冬華が倒れていた。

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