第36話:魔獣との遭遇 9

「……まあ、アスカならそう言うだろうと言っておいたよ」

「……え?」

「それで、これはアスカが断った時の伝言だ。イーライが護衛としてジジ様の道具屋に泊まる事が可能であれば認める。そうでなければ、力づくでも連れ戻してこい。だそうだ」


 内容は強気なものであるものの、その全てが明日香を心配してのものだとすぐに分かった。

 明日香はポーションを混ぜているジジへ視線を向けると、話が聞こえていたのかジジはニコリと微笑み大きく頷いた。


「部屋は階段を上った正面を使ってください」

「え? ですが、息子さんの荷物があるんでしょう? 俺はどこかの床で構いませんよ?」

「いえいえ、泊まっていただくのですから、床で寝かせるだなんてできませんよ。それに、息子の荷物が置かれているだけで、必要なものはありませんから」


 このタイミングでポーションが完成したのか、ジジは柄杓を寸動鍋から取り出して脇に置く。


「少しだけ片付けをしてくるので、しばらく話をしていてください」


 そう口にしたジジはそのまま二階へと上がっていった。

 残された明日香とイーライはしばらく二階へ続く階段を見つめていたが、椅子に座り直すと明日の事を話し合った。


「そういえば、イーライはガゼリア山脈に行かないの?」

「殿下から免除された。アスカの護衛も立派な任務だからな。ただ、マゼリアが本当の意味で危機的状況になったなら、向かわざるを得なくなるだろうがな」

「本当の意味での、危機的状況か……」


 それはつまり、大型の魔獣がガゼリア山脈を下り、カフカの森を抜けて、マゼリアの間近まで迫っている状況の事だと明日香は考えた。

 そして、その状況になっているという事は、その時点で多くの騎士や冒険者が犠牲に遭っているという事でもある。

 そうならないためにも、やはり多くのポーションを作っておく事は大事なんだと実感した。


「……私、もう少しだけ頑張ってポーションを作ってみるよ」

「だが、もう深夜だぞ? ジジさんも辛いだろうに」

「ううん。だって、今を頑張らないと、誰かを助けられないかもしれないんだもの。ただの徹夜なんて、へっちゃらだよ」


 そう口にした明日香が微笑むと、イーライは自然と彼女の事を絶対に守らなければ、という気持ちが湧き上がってきた。


「……まあ、そんな事には絶対にならないさ」


 だが、湧き上がってきた気持ちを振り払うかのように話題を膨らませていく。


「どうして?」

「我ら騎士団が屈強だからさ。それに、前回の魔獣狩りでは殿下も出ていた。あの方も一流の剣の使い手でもあるしな」

「……まさか、アル様も出るのですか?」


 アルの名前が出た事でまさかと思い訪ねてみたが、イーライは苦笑しながら首を横に振った。


「いや、それはさすがにないよ。ただ、殿下も凄腕の騎士なのだと伝えたかっただけさ」

「……あ、そっか。それもそうだよね、あはは、ごめん」


 早とちりだと苦笑いを浮かべる明日香を見て、イーライは勘違いをしてしまう。


(……やはり、アスカは殿下の事が好きなんだ。俺なんかが想いを寄せていい相手じゃない)


 アルの事を心配する姿を見て、明日香の気持ちがアルに向いているのだと思ってしまった。

 そして、イーライは自分の気持ちをさらにひた隠すようになってしまう。


「……とにかく、アスカは心配しなくてもいい。それでも心配するのなら、ポーションはあればあるだけ助かるだろうから、しっかり働くんだな」

「もちろん! これでも社畜生活がずいぶんと長かったんだもの、一徹や二徹くらい、どうって事はないんだからね!」

「いや、そこまで頑張らなくてもいいからな? 無理だけはするなよ?」


 二徹と聞いた時点でイーライが慌てて止めに入った。

 ちょうどこのタイミングでジジが下りてきて部屋の準備ができたと告げに来た。


「ジジさん! 絶対にアスカに無理はさせないでくださいね!」

「何を言っているのよ、イーライ! 二徹とか普通だからね! 頑張りましょう、ジジさん!」

「お前! ジジさんにまで徹夜をさせるつもりか! さあ、もう寝ろ、いいな!」

「ダメだよ! せめて、一回くらいは上級ポーションに挑戦したいし!」

「……いったいなんの話をしているのですかな?」


 話について来られないジジが困惑している中で、明日香とイーライはしばらく言い合いを続けていたのだった。

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