第35話:魔獣との遭遇 8

 その場でキャロラインとリザベラと別れた明日香たちは、冒険者ギルドを出るとこれからどうするべきかを話し合った。


「俺は一度、王城に戻ろうと思う」

「その方がよいでしょう。こちらでは得られなかった情報が、王城にはあるかもしれませんし」

「もしかすると、俺も駆り出されるかもしれないな」

「……え?」


 イーライの駆り出されるという言葉に、明日香は何とも言えない不安が込み上げてきた。


「俺はこの国の騎士だからな。今はアスカの護衛として行動しているが、国の一大事となればそちらに加勢するしかない」

「……そっか、そうだよね」

「……なんだ、心配なのか?」


 イーライは少しおどけた調子で口にしてみたが、明日香からの答えを聞いて反省してしまう。


「……当たり前だよ。だって、大型の魔獣って言っていたんだよ? それって、とっても危ないって事だよね!」

「あぁ、そうだな。まあ、俺たちはそう言った魔獣を倒すために鍛えているし、問題はないさ」

「それでも、怪我をするかもしれないじゃないのよ!」


 命の危険がある事だと、カフカの森でキャロラインたちを叱りつけていたイーライを見ている明日香は理解している。

 だからこそ、おどけた調子で話しているイーライに苛立ってしまった。


「まあまあ、アスカさん。イーライは、あなたに心配させたくなかっただけですよ」

「……分かっています。でも……それでも、心配なんです」

「……アスカ……その、すまん」

「……ううん。私も怒鳴っちゃって、ごめんね。ほら、王城に行ってきなよ」

「……あぁ」


 これ以上足止めするわけにはいかないと、明日香はイーライの背中を押した。

 まだ話足りない様子のイーライだったが、何も情報がない状況でこれ以上話をしても意味がないと判断し、踵を返して王城へ走っていく。

 その背中を見送った明日香の肩に、ジジが優しく手を置いた。


「大丈夫ですよ。騎士の方々も、冒険者の方々も、強い方ばかりですから」

「……そう、ですね」

「それに、アスカさんにもできる事があるじゃないか」

「……私に、できる事ですか?」

「えぇ。儂の弟子として、ポーション作りを手伝ってもらえませんかな?」

「……あ」


 リンスからも頭を下げてお願いされているポーション作り。

 今の明日香にできる事といえば、これくらいしか思いつかない。

 ならば、マゼリアで暮らす民のためにも、騎士や冒険者のためにも、何よりイーライのために、明日香は自分のできる事をやらなければと気持ちを切り替え、瞳に溜まっていた涙を力強く腕で拭った。


「……分かりました! 行きましょう、ジジさん!」

「えぇ。今日は徹夜になりそうですねぇ」


 先ほどまでの弱々しい言葉はどこへやら、明日香は力強く返事をすると、ジジと一緒に道具屋へ戻っていったのだった。


 ◆◇◆◇


 その日の夜は遅い時間まで道具屋の光は灯り続けていた。

 帰ってきてからずっと調合を続けており、明日香がポーションを中心に、ジジがマジックポーション、キュアポーション、カースポーションを中心に行っている。

 それぞれのポーションで十本以上は出来上がっているが、それでも二人は調合の手を止める事をしなかった。

 そんな中、裏口のドアがノックされたのでジジが外を覗き込むと、外の人物を見てすぐにドアを開けた。


「夜分遅くにすみません、ジジさん」

「いいえ。そちらは大丈夫なのですか、イーライ?」

「え、イーライ?」


 王城に戻っていたイーライがこちらに来たと聞いて、明日香は顔を上げた。


「殿下とバーグマン様からの伝言を持ってきた」

「それって、私にだよね?」

「あぁ」

「アスカさん。一度、休憩にしましょうか。そちらは儂が引き受けましょう」

「あ、ありがとうございます、ジジさん」


 イーライの雰囲気から急ぎであると察したジジは、すぐに明日香から柄杓を受け取るとかき混ぜ始めた。

 壁際に置かれていた椅子に腰掛けると、テーブルを挟んだ向かいにイーライが腰掛ける。


「それで、アル様とリヒト様はなんて言っていたの?」

「単刀直入に伝えると、安全が確認されるまでは王城に戻っていて欲しい、という事だ」

「嫌です」


 前置きなしで伝言を伝えたイーライだったが、明日香も即答で否定を口にした。

 その表情は決意に満ち溢れており、自分に何ができるのか、そして何を成すべきなのかをしっかりと見定めている者の顔だった。

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