第28話:魔獣との遭遇 1

 住み込みで働き始めてから一週間が経過した。

 ジジからは調合についての指導も受けており、明日香の腕は順調に上達している。

 だが、一つだけ腑に落ちない出来事があり明日香は上手くいっているものの納得し難い状況に陥っていた。


「……どうして素材の名前とか、質とか、勝手に鑑定しちゃうのよ!」


 魔導具化したメガネがポーションの各素材を勝手に鑑定してしまうのだ。

 とてもありがたい機能ではあるのだが、明日香としては全ての調合師が苦労して得るだろう知識を魔導具一つの力で得てしまっている事に申し訳なさを感じているというわけである。


「ほほほ。別に気にする必要は全くありませんよ? むしろ、調合が成功する確率が格段に上がりますから良いではないですか」


 一方で指導しているジジは全く気にしておらず、質の良いポーションが沢山できて使用者にとっても良い事しかないと口にしていた。

 そんな日が続いたある日の晩。


「――え? 素材集めですか?」


 ジジから素材集めに同行しないかと誘われた。


「調合も問題なくできるようになっていますし、メガネのおかげもあって素材の知識も申し分ない。いつかは自ら素材を集めに行く事もあるでしょうし、一緒にどうかと思いましてね」

「ジジさんって、今も自分で集めに行っているんですね」

「若い頃は一人で行っていたのですが、さすがにこの年になっては魔獣と戦えません。今では護衛を雇って集めに行っていますよ」

「……魔獣、ですか?」


 明日香はこの世界に召喚されてからいまだに外壁の向こうへ出た事がない。魔獣から世界を救うために勇者が召喚された話は聞いているが実際に見た事はない。

 外壁の外に行くという事は魔獣と遭遇する危険もあるという事で、明日香は僅かながら恐怖を感じていた。


「魔獣とは言っても、マゼリア近くに生息している魔獣はそこまで危険度も高くありませんからね。ちゃんとした護衛がついていれば問題はありませんよ」

「そ、そうなんですか?」

「危険な魔獣が生息している場所に大きな都市を造るはずもありませんからね」

「……確かに、そうですね」


 魔獣が人間の天敵であると聞いていた明日香としては当然の反応なのだが、よくよく考えるとジジの言っている事が正論であると分かりホッと胸を撫で下ろす。


「それじゃあ、私も一緒に行きたいと思います」

「なら、俺も行こう。アスカの護衛だからな」

「それは助かります。では、本日はお休みにして冒険者ギルドまで足を運びましょうかね」


 ジジが冒険者ギルドへ行くと聞いてイーライは眉根を上げた。


「……俺だけでは力不足ですか?」

「ちょっと、イーライ」

「そういうわけではありません。実を言うと、ギルドの方から頼まれている事もありましてね」


 話を聞くと、ジジは冒険者ギルドからも信頼されている人物であり、駆け出し冒険者のために護衛依頼を出して欲しいとお願いされていた。

 ギルドからのお願いという事もあり、本来依頼主が出すべき達成報酬もギルド側が負担してくれるという事で、ジジも問題なくそのお願いを受けている。


「そのお願い、ギルド側にメリットってあるんですか?」

「冒険者の中で死亡率が一番高いのが、駆け出し冒険者なのですよ。ですから、なるべく安全に経験を積ませるためにも、難易度の低い護衛依頼というのは大事になってくるんです」

「ギルドが費用を支払っても駆け出し冒険者を育成したいってわけですね?」


 明日香の答えにジジは微笑みながら頷いた。

 事実、一時期の冒険者ギルドでは若い冒険者が育たずに依頼途中で死亡したり、質の悪い冒険者に使い潰されたりとその数を減らしてしまう時期があった。

 そのため、駆け出し冒険者を守り育てるためにと様々な働きかけがあり、ジジが受けているお願いもそんな働きかけの一つという事だった。


「儂らからすると懐が痛まずに護衛を雇えるのだから、願ったり叶ったりなんじゃよ」

「なるほどー。……そういう事なんだって、イーライ?」

「……もっと早く説明して欲しかったですよ、ジジさん」

「ほほほ。すまんのう」


 笑いながらそう口にしたジジが立ち上がったのをきっかけに外出する準備を始め、三人は冒険者ギルドへ向かった。

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