第21話「抗うための力」

 どす黒い赤色の剛毛に全身を覆われた、大型犬フォルムの獣が二体。


 ただしそいつが犬どころか真っ当な生物でさえないことは、頭部に目も耳も鼻も痕跡さえなく、不揃いな乱杭歯らんぐいばの並ぶ大きな口だけが真っ赤に裂けているのを見れば、明らかだった。


 ──瘴犬コボルドと呼称されるタイプの魔物だ。


 そしてもう一体、後方からは人型に近いフォルムの魔物が、遅れて悠然と迫り来ている。こっちがおそらく襲撃の首謀者リーダーだろう。

 つまり、こいつさえ討てば終わりにできる。


 逆方向に駆けてゆく子どもたちとすれ違いながら、敵を分析していた私は、最後尾しんがりで小さな子の手を引く少女と目が合う。──大丈夫、いま助けるから。


「うん、この子をお願い!」

「ッ──!?」


 そこで想定外の言葉を放った少女は、連れていた子供の背中を押し出しながら、自身はその場で振り向いて瘴犬コボルドに向き合う。


 つんのめる子供をしゃがみ込みながら抱きとめる。

 見ればその小さな男の子は、裸足の右脚から右腕、首筋にかけて、瘴犬コボルドの剛毛と同じどす黒い赤色に肌が染まっている。

 魔瘴の侵蝕だった。


 ふらつく彼をその場に座らせ、私は立ち上がる。

 幼い子供の体力と魔力でこれだけ広範囲を侵されたら──おそらくもう、手遅れだ。


「──こっちだ!!」


 腹の底から怒りを込めた声とともに、魔力を一気に解放する。

 押し倒した少女にのしかかり、乱杭歯を柔肌に突き立てようとしていた二体コボルドの視線──と言っても目はないのだが、鼻先が同時にこちらを向いた。

 魔物は、魔力を糧とする。まずは反撃する力のない弱者、そして何より魔力の大きい相手を優先して襲う習性があるのだ。


「ちょっと何してるの! はやくその子を連れて逃げて!」


 地面に這いつくばったまま、驚くほど我が身を棚上げして言う少女に半ば呆れ、半ば敬服しつつ。

 男の子を背にかばって私は右腕を──鐡色くろがね纏装輪具ブレスレットを曇天に向けて、すっと掲げた。


纏装てんそう──」


 目前に迫る異形の獣。私は意外なほど落ち着いていた。

 現実感のない怪物は特撮で見慣れたCGのようで、恐怖感は薄い。

 擬神化皇子アズライルのそれとは比べものにならない。


 纏装輪具ブレスレットに添えた左の指先で鷲獅子紋グリフィンを押し込み、私はそのを──父がおしえてくれた母のやりようならって──誇らしくも高らかにさけんだ。


「レイ! ジョー! ガーッ!」


 魔力が輪具そこに、胸奥から吸い上げられるよう急激に流れ込んでいく。

 それは激しい紫の炎に転じて鷲獅子紋グリフィンから噴出し、私の全身を一瞬で包み込んだ。


 ミオリが着せてくれた服が炎上する。

 しかし実際は、炎の中で魔鎧マガイの構成要素として再構築されるだけだと、父から基礎講義レクチャーを受けたのが昨日のことだ。


 講義内容それを再現するように、炎はまず肌に密着する紫色の素体スーツを形成して全身を覆い、その各所で漆黒の装甲パーツが次々と実体化し、魔鎧を組み上げてゆく。


 しかしそこで、迫っていた瘴犬コボルドの一体が跳躍し、鋭い前脚の爪で猛襲した。


 いまどきの特撮では、敵は変身を待ってくれたりしない。

 ヒーローは変身ポーズ中でも戦うし、なんなら変身の余波エフェクトで吹き飛ばす。


 なので私も慌てることなく、掲げていた右手を手刀として瘴犬コボルドの頭部に振り下ろしていた。

 その軌道上で炎は漆黒の籠手に変じてゆく。それは魔玄籠手マガントレットの面影を残し、指先には兇々しく尖った爪が並ぶ。


 ギャゲギゲッ……!


 直撃を受け地面に叩きつけられた瘴犬コボルドは、耳障りな苦鳴を上げた。

 すぐ背後には子供がいる。動きを封じるため私は、ちょうど漆黒の装甲に覆われたばかりの右脚で、その頭部を踏みつけた。


 ──抑えつけるだけのつもりだった。しかし尖った鉄踵ヒールにあっさりと脳天を貫かれた瘴犬コボルドは、全身が崩れるように赤黒い霧と化し、見る間に蒸発していった。


 これが、真っ当な生物ではない魔物かれらの死にざまである。

 

 間髪入れず、残る一体の限界まで開かれたあぎとが、喉笛に喰らいつこうと襲い来る。

 しかしいま私の体は、素体スーツのサポートによって信じられないほど思い通りに動く。


 開いた顎の上下それぞれを、籠手に覆われた両手で乱杭歯ごと掴み、その爪を涎の溢れる口腔内に食い込ませる。

 そして躊躇なく下顎と上顎に逆方向の力を掛け、瘴犬コボルドの体を真っ二つに引き裂いていた。


 きれいに二分割された魔物の体は、その場で赤黒い霧になって消滅する。

 同時に私の頭部を飲み込んで立ち昇った火柱が、仮面と兜を形成し──魔鎧を完成させた紫炎は、花弁が散るようにフワリと拡がって、風に運ばれ消えていった。


 道端の、まだ苗の植えられていない水田。鏡のような水面に映る、漆黒の魔装甲でよろわれし私の姿──。


 魔戦士ダンケルハイトの鎧の面影を残しつつ、エリシャ わたし の体形に添って自動調整されたそれは、禍々しさの中に少女的な繊細さを兼ね備え、どこか中性的な美しさもまとっている。

 側頭から天を衝く双角はより鋭く長く、仮面の中央では紫水晶アメジスト色の双眸に加え、額にも縦に第三の目サードアイ耀かがやいていた。


 ジブリールの試製壱型プロトワン同様、特撮ヒーロー的な雄姿スーツに我ながら惚れ惚れする。

 ただしそれは決して主役にはなり得ない、悪魔の如きダークヒーローだ。


 これぞお父様とお母様の夢の結晶、そして私が運命に抗うための変身ちから──その名は、レイジョーガー!


 ──さあ、初陣と行こうじゃないか。

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