第12話「超越」
「くっ、ふははっ! こいつは傑作だ!」
手首までを覆う黒い
こちらに伸ばしていた手を止めて、わざとらしく腹を抱えてのけぞる仕草までしながら。
「どうやらエリシャ嬢は
彼は、机の反対側で腰を抜かしているはずの我が父に、仮面の下で二ヤついているのがわかる厭らしい口調で問いかける。
「ダンケルハイトの血族である
私は彼の偉そうな講釈に耳を傾けつつ、ぴくりとも反応しない籠手とは逆の左手で、胸元の
「しかしクラウス殿、あなたの愛娘はどうだ? お世辞にも魔力が高いとは言えなさそうだが。たしか
この世界の貴族の間には、子供が五歳になったときに「オマモリ」と呼ばれる
そこから五年間、日常で使う魔力に常時、緩やかな制約を設けたまま生活させる。
たとえば酸素の薄い場所で行う高地トレーニングのように、魔力量を底上げする鍛錬になるというわけだ。
そして五年後、十歳の誕生日にこれを手放す儀式をして、そこから後は一人前の貴族として扱われる。
このことから、儀式を終えた年齢でも魔力の低い者のことを揶揄し、まだオマモリ付けっぱなしなの? という意味で「オマモリつき」と
私も
というか実際、通りすがりに耳にしたこともあった。
けれど、それは別にいい。呼ばれて当然なのだから。
「……ん?」
そこでジブリールが違和感に気付く。
机の傍らには、すでに父の姿はない。
私の後方、資料棚の影に、ミオリに抱えられるように避難していた。
「エリシャ、どうやら僕が間違っていたようだ」
棚を支えによろよろ立ち上がった父は、静かに私に語り掛ける。
「殻にこもったきみを、僕が守らなければいけないと、そればかり考えていた。でも、きみは僕が考えているよりずっと強い子に育っていたんだね」
「……やれやれ、クラウス殿まで何を言い出すのやら。そんなにも、目の前で愛娘が手足を引きちぎられる様が見たいのかなァ?」
「それも自分の研究から生まれたこの
しかし、父はまるっきり聞こえていないかのように、自分の言葉を続けるのだった。
「──その男に見せてあげなさい、きみと母さんの、絆の力を!」
お父様の言葉に背中を押されるように、私は
そして今日まで支えてくれたお母様との繋がりを、どうしても手放すことのできなかったその細い鎖を──思い切り、引きちぎっていた。
「ああ? 何をして……」
怪訝な声を上げるジブリールの前で、私は胸の奥から
「……! まさか、今のは『オマモリ』ッ?!」
そう、その通り。
「オマモリ」による魔力制約量は、魔力の成長にあわせるため、月日の経過に伴って加速的に増えていくようになっている。
たとえるなら、魔力のバケツが大きくなるにつれ、底に空いた穴もどんどん拡がっていくのだ。
そして魔力の成長が落ち着く十歳を越えるころには、通常ならば成長量を制約量が追い越してしまい、日常生活に支障をきたす。
いわばバケツの底が、ほぼぜんぶ抜けてしまうようなもの。
「バカな、その
確かに、私は馬鹿だ。
お母様との繋がりを途切れさせたくないばかりに、今の今まで「オマモリ」を手放すことを拒否してきたのだ。
それゆえの魔力量の低さだった。
周囲の子供たちより五年も長く、日々増えゆく
それをいま解き放った。
お母様との絆が育んだ、私の真の魔力を。
──余剰魔力が、黒髪をふわりと扇状に持ち上げる。
「くそっ、こんなもの
焦りも顕わに、ジブリールは再び私の右手、紫の燐光に包まれ始めた
そして、
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