第1960話 短い戦闘の中で
俺とライガは5メートルの距離で対峙している。お互いに構えてはいるが、先手をどうするか悩み見つめ合っている状態だ。
長くもあり短くもあり、不思議な感覚になる。意識が加速する時と近い感覚だと思う。周囲の動きが遅くなり、1秒が通常の何倍にも引き延ばされるが、実際は大して時間が経っていない……そんな状況だ。
そんな中、ライガが短く「ふっ」と息を吐き、距離を詰めてきた。縮地法とか神歩の類ではなく、純粋な肉体能力で距離を詰めてきた。
初手は、右手による正拳突き。鳩尾にめがけて、すざましい勢いの正拳突きが放たれた。
回し受けに近い要領で、左手で右手首を払うように動かすと、予想していたのか全速の右拳を止め、引き戻し左手のフック気味のパンチに切り替わる。
受けるための右腕は空いているが、真正面から受ければ力の差で吹き飛ばされるのは、目に見えている。
ライガは俺より15~20センチメートルほど身長が高い。その身長で筋肉もしっかりとついているので、ヘビィ級ボクサーも真っ青なほどである。試合前の減量中の様な見た目だが、呪いのおかげで脂肪が付き辛くなっているだけだ。体脂肪率を計れば、おそらく一桁前半の数字が出るだろう。
俺はぐうたらな生活を送っているように思われがちだが、しっかりと訓練しているので、体脂肪率は10パーセント前後だ。
ステータスはあまり変わらないのだが、体重差にすれば3倍は下らない俺とライガの差は、こういったところで顕著に表れてくる。ステータスが同等であれば、質量が物を言うのだ。
ステータスが質量を覆すことはあるが、それは相手のステータスが自分より低いことが前提だ。同じであるなら、直接的な破壊力は質量の影響を受ける。
ならば正面から受けるのは下策中の下策である。
躱すことは決定しているが、どの方向へ躱すか迷う。
後ろ、下、左、前の4つが候補だろうが、後ろと左は、俺の動きに合わせて距離を詰められたら、後は正面から受けるしかなくなってしまう。受けて攻撃方向に飛ぶのも手だろうが、こいつの力でやられると、しばらく腕が痺れてしまうので避けたい。
ならば、下か前……フックは横軌道なので、上下に移動すると当て難くなる。前に出るのは、攻撃範囲の内側に身を寄せて、攻撃を無効化するという方法だ。
どちらも一長一短。下なら比較的安全にこの攻撃を回避できるが、距離が少し遠いため攻撃にすぐ映ることができない。前にでて距離を詰めるのは、反撃をしやすい位置には来るが、それはライガも同じである。
前は受けに回りすぎて、攻め切られた感じがあったから、今回は前に出て手を出そう。
右足に力を籠め、ライガとの距離をゼロにする。その際にただ前に出るだけではなく、前かがみになり胸付近に頭突きをする勢いで接近した。タックルに近い何かと言えばいいかな?
頭の位置が低く、ライガからすると横わき腹や背中に攻撃するか、組み技に移行するか、俺の体を押して距離を取るか……この辺だろう。
ライガの性格からして、距離は取らないことが多い。ならば組み技か、手の届く範囲を殴るかのどちらかだろう。組み技は苦手だから、打撃か?
ライガの選択した方法は、組み技だった。2分の1の確率で外れを引いたな。
少しだけ反応が遅れ後手に回るが、ライガのレスリングみたいな上からのかぶりつきにたいして、俺はライガの両足を取り体を浮かせる形になる。
かなり無理がある体勢だが、俺の3倍はある体重であっても、ステータスを考えれば大したことは無い。とはいえこのままの耐性ではこちらが不利なので、どこかで巻き返す必要がある。
前に倒そうにもガッチリとホールドされているので、前に倒そうとしたところで、尻餅をつかせたところで締め技に移行され、締め落とされるのが目に見えている。
ならば、ステータスの力に任せて体を起こし、バックドロップの様な形を意識して、ライガを地面に叩き落とす。
普通ならここで力が弱まるのだが、離さないという意思を強く感じ、更にきつく締め付けてきた。
背中側から腰付近を掴まれているので、俺が上にいるといっても不利なのには変わりがない。
体を回されマウントポジションを取られる。レスリングで言えば守る以外の方法がない状態だ。
レスリングはスポーツ格闘技なので、ルールの範囲内でやる必要があるが、俺たちにルールは無い。体を回されホールドされても、反撃して相手を倒せるのであれば、何でもありなのだ。
俺は慌ててホールドをロックしている右手首を両手でつかむ。
ライガは疑問に感じただろうが、マントポジションをしっかりと確保するために俺の足の位置を、自分の股の間に来るように動き始める。
俺が両手でライガの右腕を思いっきり握ったことにより、ライガに異変が起きる。
手首付近を強い力で握られると手が開かなくなることは良く知られているが、手首の内側にある筋を親指で強く押すようにすると、かなり強い痛みが走るのだ。
親指を人差し指の下に入れて2本の指を強く握り、中指を伸ばしたまま手の甲の方へそらそうとすると、痛みが走るあの部分を強く圧迫したのだ。
頑丈な筋肉に守られているライガの肉体でも、同程度の力の持ち主で、指を建てるように強く押し込まれれば、痛みと肉体的構造の限界によって、ロックを外せるようになる。
一気に引き剥がして、ライガの体を巻き込むように強引に回転する。
不意な行動に対応できなかったライガは、堪えられずに転倒する。
距離を取り、ライガの方を向くが、既に体を起こして俺に接近してきていた。
体勢を低くしたライガは、俺の鳩尾付近に肩があたるような軌道で突っ込んできている。
頭を殴りつけようと思ったが、素手に間に合わなかった。リーチの短い肘なら何とか当てられると思い、最短距離で振り抜く。
当たったかと思った瞬間、俺の肘が金属の塊を殴ったような痛みが走る。
ライガは何もしていない……硬い何かで受けたわけではなく、頭がそこにある。
捕らえたと思っていた俺は、その痛みと異常な状況によって動きが止まってしまう。
そのまま体にタックルをくらい、マウントポジションを取られた俺は、降伏する。
「1分もかかっていない試合なのに、内容が濃かった気がするでござる。某は魔法専門なので、門外漢でござるが、色々な考えがめぐらされていたのは、何となくわかったでござる」
午前中は戦闘をして、お互いの動きを評価しあった。3時間の内、戦っていた時間は1時間もないが、その間に10戦も戦っている。8対2で負け越した。やっぱり、無手の接近戦だとライガには勝ち越せなかった。
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