第309話 雨の中の訓練

 準備体操が終わったようで、みんながくじ引きを引き始めた。ただカエデとリンドは、二人で戦うのを決めていたらしい。


 他の二十四人の妻たちは、くじで対戦相手を決めていた。気になる対戦は、シュリとシェリルだろうか。素手の戦闘訓練なので、これ以外のカードは普通? だろうから対して目を引くものが無いな。


 半分程の戦闘訓練が終わった。内四人がぬかるみに足をとられて転んでしまっていた。リリー・ライラ・メアリー・イリアの四人が転んでしまったのだ。別に不注意だったわけじゃなく、格闘戦をしている時に、力を殺せずにぬかるみで足がとられて転んだ形だ。


 次は俺が期待していたシュリとシェリルの対戦カードだ。


 二人が対峙して格闘戦が始まる。しつこい様だがステータスではシュリの方が圧倒的に有利だ。でもシェリルは妻の中で格闘戦の名手なので、うまく雨を利用できれば、シュリを倒せるかもしれないな。


 二人が一気に距離を縮めて肉薄する。シュリは右上から振り下ろすようにシェリルの左肩付近を狙っているようだ。


 それに対してシェリルはもう一歩踏み込んで、シュリの振り下ろす腕の内側へ潜り込む。潜り込んだ内側で右拳で突きを放っていた。


 シュリはあいていた左手で、シェリルの右の拳を受け止める。


 少し時間の止まった二人だったが、打ち合わせをしていたかのように同じタイミングで距離をとった……と思ったら磁石が引き合うようにまた距離を縮めていた。


 漫画のような殴り合い蹴り合いが行われているが、今の所クリーンヒットは一回もない。かすったりガードの上から吹っ飛ばしたりという事はあったが、決定打になるものは無く三分ほど打ち合っている。


 やはり力の差でシェリルにダメージがたまってきている様子が分かるが、シュリの方もシェリルの攻撃を受けて厳しい表情をしている。


 力で外を壊すシュリに対して、シェリルは内側に響く攻撃をしているようだ。シェリルの得意技の浸透頸は内側を破壊する攻撃であり、スキルを使わなくてもそれに近い攻撃を行っているのだろう。なんたる子供の成長スピードと応用力だろうか……


 体格差があるのにシュリの蹴りを真正面から受け止め、力を受け流しているシェリルの集中力は異常に高いだろう。


 俺でも初めから受け流すために、攻撃をはじくとかなら問題なくできるのだが、スキルなしでシュリの蹴りを真正面から受け止めてから、力を受け流すことは出来ない。それをしているシェリルの異常さは、実際に見てみないと分からないものがあるだろう。


 開始から七分ほどだが全力で戦っているうえに、ダメージが蓄積されているためか動きが悪くなっているのが見て分かる程に遅くなっている。


 二人の訓練の終わりは奇しくも始まりと同じ形になっていた。


 二人は一気に距離を詰めて、シュリは右上から殴りつけシェリルは、その内側に強引に入り込もうとしていた。だがここから先は初めの時と全く違う結果になった。


 シュリの攻撃はシェリルの左肩にめり込み、シェリルの右拳はシュリのお腹にめり込んだ。シェリルは左肩を押さえて座り込んでしまうが、シュリはまだ戦闘続行できる様子で構えを解いていなかった。


【勝者 シュリ】


 う~ん、シェリルも惜しかったな。やっぱり元のステータスに差がありすぎて無理があったかな。でもシュリが苦戦していたのは間違いないから、今のまま順調に成長していけば、体格はシュリと同じくらいにまで成長するだろう。


 ステータスの差はどうにもならないが、体格の不利は少なくともなくせるのだから、格闘戦であれば肉薄できるかもしれないな。


 残りの素手による戦闘訓練でもやはり転ぶものが出てきた。蹴り上げた足を完璧にブロックされて軸足が滑って転んでしまったり、殴ろうとして空振りして踏ん張りがきかずに転んでしまったりしている。


 次に始まったのは武器ありの訓練だ。何かの偶然か同じ武器を持つ者同士が戦闘になっているのが面白いところだ。


 弓同士のメアリーとマリアの試合は面白いというかすざましいの一言だった。マリアはレイピアを使った近接戦もできるが、メアリーに合わせて弓だけで戦ったのだ。


 どんな試合になったかといえば、真正面から弓の打ち合いになったのだ。


 視認して回避する異様な光景の上に、その回避先を読んでそこに先に矢を打ち込むという離れ業をしているのに、矢が飛んでくることを予測して回避するのだからおかしいと言わざるを得ない。だけど、雨のせいで少し射線がずれて体にかするシーンが見られた。


 他には、棒術のミリーと斧槍のクシュリナの長物の試合も面白かった。


 二人とも間合いはほぼ同じなので違いがあるとすれば、武器の重さだろう。重量的には木を使っているのでそこまで大きな差はないのだが、それでも少しの差があるので武器のスピードに差が出るのだ。


 ミリーの方が早く攻撃に移ってそれをクシュリナが受ける形になっているのだが、斧槍に少しスピードがついてくると力が均衡してくるが、次第にミリーの棍棒がはじかれるようになるが、不利を感じたミリーが払い等を中心に攻撃していたのを、突きに変更すると形勢が一気に傾き決着がついた。


 戦闘訓練を長く続けていたミリーの方が一枚上手だったようだ。


 模擬武器による戦闘訓練が終わったので、集団戦闘に移っていた。やっぱりヒーラーのいるパーティーが継続戦闘能力が高く、相手にシュリがいたとしても持久力で攻め勝っている姿が見られる。


 圧倒的に強い人間が一人いても継続戦闘能力がなければ、やはり勝てない場面が多くなってくるのだ。ただこれはいい情報だと俺は思っている。この世界には圧倒的な戦闘力を持っている、SSランク以上の魔物やダブル以上の冒険者は本当に化け物なのだ。魔物ならSランクでもかなり危険なのには違いない。


 おそらくだが、今でもフェンリルと遭遇すれば苦戦は必至だろう。あの時ですらあの人数でスタングレネードを使って何とかしたのに、真っ向勝負で勝てる見込みは薄いと言わざる負えないだろう。


 まぁ真正面から戦っても勝てないなら、からめ手でも卑怯でも何でも来い! 生きるためには、妻を守るためにはなんだって使ってやるさ。


 全訓練が終わったので冷えた体を温めるために、妻たちはみんなで仲良く風呂に向かった。俺は妻たちに飲ませてあげるホットミルクの準備を進めていた。クインハニービーの献上してくれたハチミツを使った、極上のホットミルクだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る