第137話 哀れな盗賊(笑)

 温かい緑茶を飲み終え、ニコをぷにぷに突っついたり伸ばしたりしていると、不意に頭が重くなった。ハクがニコの代わりに頭の上に乗ったのだ。どうやら自分の定位置にニコがいるので、ニコの定位置に自分が来たようだった。


 いわゆる、私もかまってほしいという事らしい。かまってちゃんのハクを頭の上からニコの上におろして、収納の腕輪からブラシを取り出し全身を梳いてあげる事にした。キュイキュイ気持ちよさそうな声を出すので、娘たちと一緒にその姿に癒されていた。


 いやがらせのためにしていた時間つぶしだが、たき火を囲んだまったりとした時間が、あまりにも心地よかったため予定の時間より三十分もノンビリしてしまった。


 本隊の敵は寒いのかイラついているのかマップ先生で見ると、小刻みに光点が移動しており斥候の人間も同じ状況だった。


「さて、お腹の調子も問題なさそうなので出発してあげようか。あちらさんがそろそろ待ちかねてると思うので。それとこれからは、タブレットの使用は無しね。この馬車で五分もいかないところで襲撃の準備してるみたいだからそのつもりで!」


 俺の合図と共に野営場所の撤収作業が始まり、五分程で綺麗に片付けられ出発を始める。


「そだ、ニコ。先行して奴らの後ろから、俺たちとタイミングに合わせて攻撃して欲しいからもう出発してくれ。ハクは、俺たちが攻撃開始する前に上空から奴らの周辺に氷のブレスをはいてくれ、その後は自由に攻撃していいけど指揮官は絶対に殺しちゃだめだからね」


 俺のお願いを聞いたニコとハクは移動を始める。そういえばこの二匹を離れた位置で戦闘に参加させるの初めてか? 勝手に行動していたことは良くあったが……って、おい! こいつらの移動方法に少し目を見開いてしまった。


 ハクが飛び立つとその足につかまれているのか、くっ付いているのか分からないような状況なのニコが空を飛んでいく……普通に移動してもかなり早いはずなのに、運んでもらうのかな? 後ろからとは言ったけど、上から落とされんじゃねえか?


 盗賊(笑)から視認できる範囲になったのか、動きが慌ただしくなったように見える。隊列を組んでいたのがあわててバラけ出したのだ。あくまでも盗賊としてこっちを襲うのかな? まぁヒキガエル男爵の兵隊です、なんて言えるわけねえもんな。


「そこの馬車、止まれ!」


 盗賊(笑)に止まる様に言われたので、御者をしている二人に止まるよう指示をする。


「そうだ、わかってんじゃねえか。見て分かるように俺たちゃ盗賊だ、死にたくなかったら荷物と馬車……お? 可愛い娘もいるじゃねえか、そいつら全部よこしな!」


 自分たちで自分たちの事を盗賊っていう奴ら本当に居るんだな。ここで待ち構えてりゃ状況的に盗賊なんだろうけど、自分たちを盗賊だと思わせるための伏線かな? まぁいいや、やることは一つ。


「断る!」


「そうか、わかってりゃあ……はぁ? てめえ、死にてえのか?」


「お前らの言うとおりにして、命が助かるとは思わん。こんなに可愛い娘たちだ、捕まったら何をされるかもわからん。だったら命を賭して戦う以外に選択肢はないだろう」


「へっへっへ。自分たちの未来の事がよくわかってることで、男おめえはいらん。男など邪魔なだけだ、それに奴隷にしても高く売れるような人間じゃなさそうだしな。娘たちは、たっぷりと可愛がった後に……」


 俺の周囲から絶対零度と言わんばかりの雰囲気が八つ放たれている。何か怒ってるみたいだな。そりゃゲスイ奴らの慰み者にされることを考えれば、怒っても仕方ねえよな。俺の指示を聞く前に、シュリが行動を開始した。


「あなたたち、放っておくとあの下品な盗賊共に私たちのご主人様が汚されてしまいます。身の程というのをわからせて差し上げましょう。じゃぁ手始めにイリアあなたからいきなさい。イリアの攻撃が終わったら戦闘開始です」


 シュリが淡々と戦闘の狼煙を上げていると、盗賊たちはあまりにも様子の変わった娘たちを見てわたわたとしていた。


 こうなったら、止められない。止めるつもりもないが、地獄への片道切符だ。


「ちょっと待て! 何いきなり攻撃しようとしてんだ! 普通はもっと違うだろ!」


「そんなこと知りません。ご主人様を侮辱した罪、命をもって償いなさい。あ、それとどうせ盗賊ですので遠慮する必要もないですし、むしろ盗賊なら殲滅したほうが後々の為にもなりますしね。では、存分に運命にあらがって見せなさい。全力で叩き潰してあげます」


 う~ん、シュリが絶賛暴走中。めっちゃキレてるんですけど……俺そんなに侮辱されたか? 見た目は確かに普通だし、商品価値が無いのは事実だもんな。まぁ、多少暴走しててもあの程度のやつらに、娘たちがやられるわけもないから状況に任せよう。


 ニコたちが介入する前に戦闘が始まりそうだから、ニコには斥候と思われるここにいない二人の捕縛に向かってもらおう。あえて姿を見せて追うように指示する。従魔ってこういう時テレパシーみたいに指示できて便利だな。


【アイスフィールド】


 イリアの魔法が完成し発動される。氷? どんな魔法かわからなかったが、しばらくすると答えが出る。魔法の効果範囲内の温度が急激に下がっている。盗賊(笑)が急に震えだした。魔法使いがいないためか、レジスト出来る人材がいないようだ。


 まだ寒い時期に更に寒い状況を作り出すとは、恐ろしい子や。そうしている間に、状況を察したキリエから【炎の祝福】を受けていた。バフの環境適応魔法の一つで、寒いところでも炎の加護を受け問題なく活動できるようにするものだ。


【アンカーチェインバースト】


 イリアの魔法が終わるとシュリが敵の真ん中に突っ込んで、初めて聞くスキルを発動していた。アンカーは留めるスキルで、チェインバーストは複数にチェインをかける技だったな。


 シュリの周囲にスキルで作られた光った鎖状の物がまき散らされる。全員に鎖がついたことを確認すると、囲まれない位置まで戻ってきた。バーストは範囲的な意味があったのかな? 魔物の時は挑発で意識を集めてたけど、これって範囲に物理的に逃がさない様にするためのスキルかな?


 メアリーがすかさず、リーダーと思わしき人物に弓を放ち、膝に命中する。まさかこのネタを現実に見る事になるとは! 逃がさないために打ち抜いただけだと思うが、それでもちょっと面白かった。マリーとシェリル、クシュリナも矢に合わせて突っ込んでいき、足を重点的に攻撃している。


 シェリルに関しては、浸透勁もあるので足だけじゃなかったが、タンクのシュリとリリーは、なんていうか打ち上げてる? と言っていいのかな人がポンポン飛んでいる。


 何だろ? 娘たちが全員怒ってるためか、非殺傷武器なのに死にそうな盗賊(笑)が多い。そのためキリエが死なない程度まで、慌てて回復しているのが可哀そうになってくる。


 会話を始めて五分もしないうちに、三十人が無力化され二人の斥候がニコとハクに引きずられて来た。用意しておいたロープで後ろで手を縛り腰にも巻き付ける。各自の首にロープを巻いてつなげ、下手に動けば首が絞まる様にしておく。


「よっし盗賊も捕まえたし、ジャルジャンに連れてくか。誰か後ろの馬車の荷物しまってくれ。そこにシートひいてこいつら重ねておいておこう」


「ちょっと待て! 俺たちを連れていくならリブロフの街の方が近いだろ。何でジャルジャンに連れていく必要がある?」


 慌ててリーダーっぽい人間が俺に話しかけてくる。


「え? 何でってジャルジャンの方なら、領主と知り合いだし有らぬ疑いもかけられないしな。自分に有利な所に連れて行くのは当たり前だろ?」


「なっ! 俺たちは、ライチェル王国の人間なのに、中立地域に強引に連れて行くのは犯罪だぞ!」


「待て待て、そもそもお前らの盗賊行為が犯罪だろ? それにライチェル王国の法律には、盗賊も国民であり犯罪を犯しても殺してはならない、なんていうのがあるのか?」


「そんなの知らん! 連れていくならリブロフに連れていけ!」


 娘たちが笑い始める。


「あ~やめやめ、お前らが何でライチェル王国側で盗賊行為してるかやっとわかったわ。ここでとらえられてもリブロフとやらが近いから、そっちに連れていかれるって事か。


 それで、グルのヒキガエル男爵が捕まえてきた人間に、我が領の兵士を殺したとか危害を加えたとか言って逆に捕まえて処刑ってところだろう。思ったより考えられてるな。とりあえずお前らの行先はジャルジャンだ」


「ふざけるな! リブロフに連れていけ! ライチェル王国での犯罪なんだからそれが普通だろ!」


「少しは黙れよクズが! 殺されるかもしれないのに、リブロフに連れていく意味は無い。盗賊はどこで捕まえても、冒険者ギルドに報告すれば問題ない。そして最後に、お前らを捕まえるのが今回の俺たちへの依頼だったんだよ。


 残念だったな、ジャルジャンについてから同じ主張をして頑張れよ。お前らがヒキガエル男爵とつながっていようがいまいが、ジャルジャンで引き渡すことになってるんだからな。自害されても困るから猿轡かませとけ」


 娘たちによって引きずられていく。荷物の様にポンポン投げ込まれ、途中でウグッ等と苦しそうな声が聞こえる。ジャルジャンへ引き返そうとしたところ、イリアが盗賊(笑)に向けて魔法を使っていた。驚いて何をしたか聞くと、後ろの馬車からイビキが聞こえてきた。眠らせたのね。


 ウォーホースには少し頑張ってもらいジャルジャンへ移動してもらう。途中でシェリルとイリアに「頑張って」と言われて撫でられていたウォーホースは、喜んでやる気をみなぎらせて走っていた。これが幼女パワーか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る