第58話 娘たちのピンチ
ヘビーグリズリーの攻撃を受けていたのは、年少組のタンクであるメルフィーだった。小さな体で踏ん張りもきかない空中で攻撃を受け止めた為、弾かれるように吹き飛ばされた。一五メートル程吹き飛ばされたところにあった木にぶつかり、ドゴンッ! という音をたてた。
キリエが駆け寄り回復魔法をかけると、弾かれた際のダメージや木にぶつかった際のダメージが少し回復したようで、メルフィーが立ち上がっていた。メルフィーに弾き飛ばされたクシュリナは、戦闘を続行できるような状態ではなかったためピーチが引きずって俺のところまで連れてきた。
このままだと危険と判断した俺は、DPで2個目のベースからここまで地下通路を作りプチダンジョン三個目を作成する。できた入り口にクシュリナを連れて行き、中に入っているように促した。
クシュリナは、初めて強敵と相対して命の危険を感じて動けなくなってしまったのだろう。温室で育ててしまった弊害ではあるが、恐怖を感じても立ち向かっていける仲間がいるのだから、時間がかかっても戻ってこれるだろう……もしダメだったらメイド専門でもいいしな。
今はそんなことを考えている場合ではない。俺が介入してどれだけの効果があるかわからないが、ここで誰かを失うわけにはいかない。体に魔力をみなぎらせ戦闘状態へと気分も体もシフトしていく。
「ご主人様、まだ私たちに任せてください」
「ピーチ! みんなが危険なんだぞ!」
「分かっています。でも、私たちはご主人様のお荷物にはなりたくないのです! このくらいの敵を倒せないでご主人様を守るなんて言えません! もうしばらく時間をください」
「……後一回だ。後一回誰かが大きなダメージを負ったら問答無用で俺も戦闘に介入する」
「わかりました。みんな聞こえましたね? これからはダメージを負うことは許されません。各自最善を尽くしてください」
シュリは、強化魔法を受けヘビーグリズリーと打ち合っている。押されるわけではないが、やはり体重差があり体力の面でも勝てないため、この均衡がいつ崩れてもおかしくない状態だった。
シュリが必死に攻撃を耐えている所に、イリアが木の精霊を呼び出して体に蔦を巻き付けた。多く魔力を使ったためか、引きちぎるのに苦労をしている。一度に魔力を使いすぎたイリアは、フラフラしており近くにいたサーシャに抱えられてプチダンジョンの中に避難する。
シュリは、蔦に絡まっているヘビーグリズリーをスキルで挑発し、怒らせていた。力まかせに引きちぎろうとするが引きちぎれず、イライラをつのらせている。
様子をうかがっていたアリスが風魔法を付与して、死角から全力で移動し足へめがけて剣を突き立てる。
風付与は、武器の貫通力を高める。
デバフによって防御力の下がっていた所に勢いの乗った風付与した全力の突きが右足の膝辺りに突き刺さる。
今回の戦いで初めて与えた外傷だろう。ヘビーグリズリーは、痛みに耐えかねて咆哮をあげ膝に剣を突き刺したアリスを攻撃しようとしたが、右足が上手く動かないのに強引に動こうとしたため、剣が突き刺さったまま根元から折れてしまった。
アリスを攻撃しようと動き出すが、シュリの盾のシールドバッシュをくらい、挑発もされたためシュリに向き直っていた。お互い見つめあい少し出来た空白の時間
ヘビーグリズリーの後ろから雷をまとって高速で移動してきた影が、その勢いのまま後頭部へ攻撃を入れる。
攻撃をくらったヘビーグリズリーは、膝が砕けたように体勢を崩して前のめりになり両手を地面についていた。
後ろから雷をまとって来たのは、うちの中でも暴走しがちなシェリルだった。雷魔法付与を全身にしながら、スピードに乗った状態で後頭部に浸透勁を打ち込んだようだ。
意識がおぼつかない状態のヘビーグリズリーに、マリーが接近し双剣に風魔法を付与して両目に突き立てる。剣の先しか刺さらなかったが、両目を潰すことには成功した。後は娘たちの集中攻撃をくらって絶命した。
ほとんど動くことのできなくなったヘビーグリズリーに止めをさしたのは、ライムの雷魔法だ。大量の魔力を消費して、文字通り全力で雷魔法を頭に流し込んで倒したのだ。
絶命したヘビーグリズリーは、そのままドロップアイテムになり戦闘が終了した。今の状態のまま戦闘を続けるのはよくないと判断した俺は、プチダンジョンへ入るように指示した。ギンにシルキーたちへ伝言(手紙)を頼んで走ってもらった。
みんなの気持ちを和らげるために、お風呂に入るように促した。初めての強敵に遭遇してみんな思うことがあるだろう。俺にどんなフォローができるかわからないけど、戦いを強制したのは俺だからできることはしようと思った。
それにしても、Aランクの魔物って本当に強いんだな。冒険者のAランクとSランクに隔絶した実力差があると聞いていたが、魔物のAランクとBランクにも隔絶した力の差があるんじゃないだろうか?
Sランクの魔物を倒せる実力のある冒険者とかって、どれだけ強いんだよ……絶対会いたくねえ。
シュウの考えは微妙に的を射ていた。Cランクの魔物は基本的に1対1で倒せる実力があってCランク冒険者だが、Bランク以降はパーティーでの戦闘が基本になってくるのでAランク冒険者とAランクの魔物が一対一のガチンコで戦えば、十中八九魔物側が勝つのだ。
ブラッドオークの変異種でAランク相当のホモーク(冒険者ギルドはシュウの報告を聞いて命名してしまった)を一人で倒したシュウは、はっきり言ってBランクの実力ではない。とはいえ、冒険者は腕っぷしで何とかなるのはCランク以下かBランクの一部のクエストだけだ。
Aランクの魔物は、基本的にステータスの2~3個がぶっ飛んでいるため戦いにくいのだ。今回のヘビーグリズリーでいえば、体力・力が圧倒的に強く、物理も魔法に対しても防御力が高くとても戦いにくい相手であった。
ヘビーグリズリーの様なタイプは倒す方法として、ダメージを積みかさねるか圧倒的火力で押しつぶすかのどちらかになる。圧倒的火力は、シングル以上の冒険者であれば可能になるであろう、本当の意味での力業なのだ。
二個目と三個目のベースを繋げた通路からウォーホースに跨ったシルキーたちが現れた。
「急いできてもらって悪いけど、大変な戦いの後だからみんなの好きな食事を作ってほしいんだ。食事で何とかなるとは思わないが、腹が減っててはいいことがないし、美味い物を食べればそれだけで気分が落ち着くことだってあるから……頼む」
「了解しました、ご主人様。ですが気に病むことはございません。あの娘たちは、自分でこの道を選んだのです。メイドになる道もあったのに、冒険者になりご主人様を守る盾となることを選んだのです。いくらご主人様でも、あの娘たちの思いを無駄にしてはいけませんよ」
スカーレットに言われ、俺が気に病むことで娘たちの思いを踏みねじっている可能性に思い至った。いつもながらスカーレットには頭が上がらないな。困っているときに的確なことを言ってくれるんだからな。
お風呂から上がって食堂に集まった娘たちは、自分の好物である食事を目にして黄色い声を上げて喜んでいた。現金な娘たちだと思わないが、これで少しでもいい方へ改善してくれれば安いものだ。
それより、Aランクの魔物の強さが予想以上だった。
このまま獣道の森を探索するのは難しい。原因がわからない状態で街に戻ってもクエスト失敗になるだけだが、安全と引き換えにはできない。違約金が発生してもDPでいくらでも金をだせるんだ、気にする必要はない。
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