第4話 空心僧侶

 あくる朝、辰斗王は、黄陽国から学びに来ている高僧の星水せいすいを王府へ呼び寄せた。


「お忙しい所申し訳ない。他でもなく星水様にご相談したい事がございまして、お呼び立て致しました。」

「私は、黄陽から蒼天へ学びに参りお世話になっている身です。辰斗王のお呼びとあれば直ぐ参るのも礼というもの。私で力になれる事であれば、お話しくだされ。」

「星水様。感謝致します。いささか急を要する為、遠慮なく申し上げます。実は昨夜、そこに居ります文世と龍峰山へ参りまして神仙様に会って参りました。」


「ほう。霊峰名高い龍峰山の神仙様ですか。して、何故に?」


「実は、文世に娘が生まれまして、その娘の身を守って頂きたくお知恵をお借りしに参ったところ、娘は奇怪な病を抱えていると知らされました。その病を治すには、黄陽国へ行き吉紫山の桜葉と竹葉を煎じた薬を七季に渡り二度、飲み続けなければ治らぬと云われたのです。」

「それは何とも不運なことで・・・」


「それで我々は、娘の病が治るならば黄陽国へ行かせようと思いました。つきましては、星水様が黄陽国からお越しになっているのも天の計らいと思い、ご相談している次第でございます。その治療法というのが・・・」

辰斗王は、神仙から云われた治療法を星水にも詳しく話した。



「辰斗王。お話は分かりました。

 私がこの折に蒼天国に身を寄せたのも神仙様の導きかもしれません。このご縁を私も大事にしたいと思います。吉紫山であれば、此度供をして参りました弟子の空心くうしんの寺がある処でございます。空心ならば土地にも明るく、信頼できる弟子でもあります。

 如何でしょう? 辰斗王、文世様。これより空心に話し彼を先に帰国させ、蒼天での学びを書にまとめさせようと思います。ですので娘子を空心に預けてみては・・・」


「それは有り難い。星水様のご信頼厚いお弟子とあらば、我らも安心して娘を預けられます。」

文世が深々と頭を下げた。

「星水様。感謝致します。」

辰斗王も礼を述べた。


 身分を顧みず深々と頭を下げる辰斗王の姿は、文世と共に子を想う父親の姿だった。その二人の姿に星水も深く心を打たれた。


「では早速、空心に話しに帰りましょう。」

星水は空心の待つ庵へ急いだ。



 

 庵は、とても静かだった。


「空心、空心はおらぬか?」

「はい。星水様。ここに居ります。庭でございます。」

「おぉ、空心。居ったか。んっ? 何をしておる?」

「はい。今日、村を歩いておりましたら民が種を蒔いておりました。〈朝顔〉という花の種だそうで、夏には鮮やかな青紫色の花を咲かせるそうです。葉や種は薬にもなるとか。ならば私も蒔いてみようと思いまして、少し分けて頂き蒔いてみたところです。何でも七夕の節句の縁起のよい花だそうです。」

「ほう。七夕の縁起とな・・・ 葉が茂り花が咲き種が採れれば薬にもなる。楽しみじゃな。」

「はい。植物を育てるのもまた、楽しみな修行でございます。」

「そうだなぁ。空心よ。そなたに話したい事があるのじゃ。仕度をして部屋へ参れ。」

「はい。かしこまりました。すぐに仕度をして参ります。」


そう言うと空心は、蒔き終えた種の周りを整え残りの種を丁寧に包み仕度をすると、星水の部屋へ急いだ。




 空心は戸口に立ち声をかける。


「星水様、空心が参りました。」

「おぉ、入りなさい。さぁ、中へ。」

空心は中へ入り、星水に促されるままに目の前に座った。

「空心よ。大事な話がある。よく聞いておくれ。」

「はい。心得ました。」

空心は、今一度居住まいを整えた。


「実は今日、辰斗王に呼ばれ王府へ行って来たのだ。そこで大事な頼まれ事を預かって来た。いいか? よく聞いておくれ。

 辰斗王の重臣である文世様の生まれたばかりの娘子が奇病を抱えている。龍峰山の神仙様がそう云われたそうじゃ。その病を治すためには、我が黄陽国の吉紫山にある桜葉と竹葉を煎じた薬が必要だというのじゃ。」


「それはまた不運な事で。吉紫山といえば、我が寺がある処でございます。確かに裏山には数千本の桜木があり、麓には竹林もございます。」

「やはり。昔そなたに、そう聞いた覚えがあったのじゃ。それで空心よ、その娘子と守役と共に帰国し、治療に力を貸してやってはくれぬか? そなたは弟子の中で誰よりも聡明で覚えも早い。蒼天での学びもだいぶ進んだ。我々が手にした経典もあらかた読み終えてしまったな。筆も立つゆえ、どうかその経典を世の民にもわかるよう書き記して欲しいのだ。

 空心よ。そなたは私が最も信頼する弟子。文世様の大切な娘子を安心して任せられる。どうか先に帰国して、娘子の世話をすると共に経典の仕事を頼まれてはくれぬか?」

星水はゆっくりと諭すように空心に持ちかけた。


 すると空心は、

「星水様にそこまで信頼して頂き、もったいのうございます。しかし、桜葉と竹葉なら娘子を黄陽へ連れて行かずとも葉を取り寄せればよろしいのでは?」

「そうなのじゃが・・・ そうもいかんのだよ。桜葉も竹葉も特殊な葉でな、その葉を七季続けて煎じて飲み、一季休んで再び七季続けて飲まなければ治らぬそうだ。」

「そうでしたか・・・ 特殊と云われますと、どのような葉なのでしょう?」


「辰斗王が云うには、上巳節を過ぎ次の満月までの間の朝に紅く光る桜葉と、七夕節から次の満月までの間の夜に白く光る竹葉だそうだ。もし、この頼みを引き受けてくれるなら明日、私と一緒に辰斗王の屋敷へ参り詳しい話を聞いてはくれぬか?」

「分かりました。空心、尽力致します。ただ・・・ 今しがた種を蒔いたばかりの朝顔の世話ができなくなります。この朝顔を、星水様に預けてもよろしいでしょうか? それと、私自身も朝顔の成長を楽しみにしておりましたので、残りの種を持って行ってもよろしいでしょうか?」

「はははっ。もちろんだ。私はこちらで、そなたの蒔いた朝顔の成長を見守ろう。」




 翌日、辰斗王の屋敷に着いた星水と空心は広間に通された。中ではすでに辰斗王と文世が待っていた。辰斗王は二人の姿を見ると立ち上がって、


「星水様。空心様。感謝致します。」

と頭を下げ、文世も立ち上がり礼を述べた。


「辰斗王、文世様。これが吉紫山に寺を持つ我が弟子、空心でございます。」

星水が、両名に空心を引き合わす。


「空心でございます。」

師に従い、空心も頭を下げた。


「空心様、突然のお願いにさぞ驚かれたことでしょう。此度は、誠に申し訳ございません。私と文世のたってのお願いでございます。どうか、お力をお貸しください。」

辰斗王が空心に深々と頭を下げた。文世も後ろに控え深々と頭を下げる。

「あぁ、どうか、お顔を上げてください。もったいのうございます。何でも娘子が奇病を抱えておられるとか・・・」

空心は、恐縮しながらも話を進めようとすると、文世が答える。


「はい。胸と子宮に網が張ったようになる病で、このままでは毎月痛みに苦しみ将来は世継ぎも望めぬと龍峰山の神仙様に云われまして・・・」

「それは何とも不運な事でございます。して、吉紫山の桜葉と竹葉が病に効くとか。我が寺はその吉紫山に在りまして、確かに裏山には数千本の桜木があり麓には竹林がございます。」


「おぉ、真であったか。神仙様の仰った通りだ。桜葉は、上巳節から次の満月までの若葉で、しかも朝に紅く光る葉を七枚摘み二刻以内に煎じ七日飲み続ける。竹葉は、七夕節から次の満月までの間の夜に、白く光る竹葉三枚を摘み二刻以内に煎じ三日飲み続ける。これを一対一季とし、七季続け一季休み再び七季続ける。これで治るというのです。」

辰斗王は、空心に向けて詳しく説明した。



「なるほど。病も奇怪なら治療法もまた奇怪ですな。」


空心が言うと、文世が、

「そうなのでございます。非常に手間のかかる手法なのでございます。ですが、我らはこの手法に頼るより他ありません。空心様のお手を煩わせますのが心苦しいのですが、星水様の信頼が厚く土地にも詳しいお方。なにとぞお願い致したく・・・ 娘の身の回りにつきましては守役の者を伴わせますゆえ。」

文世の言葉を重く受け止めた空心は、しばらく黙り込んだ。



 そしてようやく口を開き、

「分かりました。辰斗王も文世様も、さぞお心を痛めた事でしょう。またこれからは、寂しい想いをされる事でしょう。私といたしましては、実のところ無事に黄陽へたどり着けるのかもわからぬのが船旅でございます。安否は海の様子にかかっております。そのような旅に、私のような者が大事な娘子をお預かりしてよいものかと・・・」

空心が心に重く座している不安を述べた。


「空心様のご心配は最もな事でございます。船旅は危険ではありますが娘を・・・ 七杏を黄陽国に行かせたいのは他にも訳がございます。

 実は秘かに、七杏を我が皇太子である泰極の許婚にと考えております。泰極はいずれこの王座を継ぎ、蒼天国を導いて行く身となるでしょう。それ故、未来の王妃の座を望む者はあまたおります。その利に絡む者らの悪しき心によって、七杏の身が危ぶまれます。安全に成長させ二人を無事に添わせてやりたいのです。」

辰斗王は、そう切々と話した。

「なるほど。そうでありましたか・・・ どこの国も権威や王座には利や悪心が絡むものですなぁ。真の国の栄には、やはり真心が伴うもの。そう考えてしまうのは、神仏の教えに浸りきっているからでしょうか?」

「いいえ、星水様の仰る通りだと思います。私も文世もそのように考えております。ですから、利もなく悪心もなく真に語り合える。真心で繋がり合える相手が、泰極の側にも必要だと。そう思えばこその七杏だったのです。」

辰斗王が胸の内を正直に語った。


「分かりました。私が星水様より先に帰国しまして、経典の仕事をしながら七杏様の成長と治療に尽力致しましょう。」

決意を固めた空心は、力強く言った。


「あぁ、空心様。ありがとうございます。この御恩は、必ずお返し致します。」

目に涙を溜めた辰斗王の言葉に、文世も深々と頭を下げた。



 そして、辰斗王は顔を上げると、

「空心様、一つお願いがございます。実は、この紅真導符フォンヂェンダオフを七杏に持たせます。これには龍峰山の神仙様の法力が封じられております。七杏の身を守ると共に、泰極とどんなに遠く離れても再び出逢えるように導き二人の縁を守ってくれる。情絲の守りの護符でございます。どうかこの護符を七杏の身から離さぬよう、よく言って聞かせてください。

 ただ、何処で素性が明らかになるか分からぬ故、念のために蒼天の両親の話、許婚の話は内密に。名前も黄陽国らしいものを付けてやってください。」

と最後に強く頼んだ。




 この四日後、十六夜の月に見守られながら空心は、七杏チイシン、守役の静月ジンユエ陽平ヤンピンと共に蒼天国を発った。




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