氷塊都市

海鼠さてらいと。

第1話 始まり

「.......それで」


とある薄暗い事務所の一室。デスクを挟んでソファに腰掛けた2人の男が居る。一人は小太りの、貫禄のある男。もう一人は赤い髪をした若い男だ。赤髪の男はにぶっきらぼうに尋ねた。

「厄介事だってんならそれなりの金は貰うからな」

「あぁ、解っている」

小太りの男はニヤリとそう言うと、アタッシュケースをデスクの上に置いた。赤髪はそれを開けて中の札束を確認すると、息を飲んだ。

「こいつぁ、相当厄介事なんだな?」

「そうでもなければ前金でここまで出さないだろ」

男は小さく溜息を吐くと、チラッと壁に設置された時計に目をやった。時刻は午後2時になろうとしていた。

「で、依頼は?ケチなお前がこんなに積むんだ。どっかの大統領を暗殺して来いって言われても驚かねぇよ」

赤髪が皮肉気にそう言うと、小太りの男は「おい!」と声を上げた。すると赤髪の後ろの扉が開く。二人の黒服に手を引かれて出てきたのは、小さな少女だった。

「あ?なんだこのガキ」

赤髪の露骨な反応を他所に、小太りは言った。

「お前にはしばらくこの子の面倒を見てもらう」

「.......はァ?」

何が出るか身構えていた男はその余りにも突飛な「依頼内容」に顔を顰めた。

「なんで俺が?他に適任なら幾らでも—」

「これはお前にしか頼めない依頼なんだよ」

赤髪の抗議を遮る様に、小太りは言った。

「だからって知ってんだろ?俺ァガキが嫌いなんだよ」

「だからこその、コレだろ?」

小太りはアタッシュケースを指差す。赤髪はそこに入っている破格の報酬を一瞥し、小さく舌打ちをした。

「あー分ぁったよ!ガキのお守りをするだけでこんなに貰えんならな!」

で.......と赤髪は続けた。

「何時までなんだ?1ヶ月か?2ヶ月か?」

「残念だな、無期限だ」

小太りの男は肩を竦めて言った。

「あァ!?」

「そう声を荒らげるな。毎月始めに養育費と報酬を送る。それにそいつはただの子供じゃない。いずれ来る世界に備えて、お前に鍛えて欲しい」

「いずれ来る世界?なんだソレ?」

赤髪の質問に対し、小太りはわざとらしく口を手で押えた。

「おっと、今のは忘れてくれ、さ、持ってけ」

そう言われ、赤髪はアタッシュケースを手に待ち、立ち上がる。そして振り返り、怯えた様子で震えている少女に目をやった。

「話聞いてんだろ?来いよ」

「は.......はい」

か細い返事に赤髪は苛ついたが、何も言わず部屋を出た。少女は赤髪に遅れないようにと必死で後をついていく。



赤髪と少女は外に出た。太陽の熱が容赦なく降り注いでいる。セミの大合唱が鳴り響く。世界は正に夏真っ盛りだった。

赤髪は無言で汗を垂らしながら歩く。少女はあまりの気まずさに何か話しかけようかと思案したが、赤髪の逆鱗に触れるかもしれないと思い、ただ黙ってついていく。

数分程歩き、赤髪は足を止めた。「掃除代行クイックルーン」と書かれた店の中に入る。店内には様々な掃除道具が所狭しと乱立していた。赤髪は店の奥まで歩くと、そこにあった地下室へと続く階段を降りていく。階段を降りた先は先程とは打って変わって広い空間になっていた。広い部屋の片隅にポツンとベッドだけが置いてある。その隣に木箱があり、そこには武器が立てかけられている。広い部屋にも関わらず、それ以外は何も無かった。赤髪は汗を拭うと、適当な場所にアタッシュケースを乱暴に投げ捨てた。


「お前、ただのガキじゃねえんだろ?」

ここで赤髪は初めて口を開いた。きょとんとした表情の少女を他所に、赤髪は続ける。

「アイツが態々あんな大金を払ってまで依頼したんだ、だから—」

赤髪はポケットからナイフを取り出し、おもむろに少女に斬りかかる。不意打ちに面食らった少女は左腕に凶刃を受けた。ダラリと血が垂れる。少女は蹲って腕を抑えた。

「特別なチカラでもあるのかと思ったが.......やっぱりただのガキか」

赤髪は興が削がれたようにそう言うと、血のついたナイフをしまった。

「こんなんを鍛えるなんて、ヤツも無茶なことを—」

赤髪が言葉を続けようとした時—少女は飛び上がって赤髪に襲いかかっていた。左手に負った筈の怪我は治っており、右手には氷の塊のような物を握っている。少女はその塊を振り翳す。その軌道は赤髪の胸に一直線だ。

「うぉっ.......!」

赤髪はギリギリの所で避けた。氷の刃は胸ではなくコンクリートの床に突き刺さる。それが突き刺さった周囲は瞬く間に凍り付いた。

「なんだよソレ!?」

赤髪は少女の謎の武器に驚きつつも、面白いと笑った。少女に対して興味を取り戻した赤髪は再びナイフを取り出し、構える。

刹那、少女の第2刃が飛んでくる。横薙ぎで振るわれた氷の刃を、金属の刃で迎え撃つ。

ギンッと鈍い音がしたかと思うと、赤髪のナイフが凍り付く。刃が砕け、床へ落ちた。赤髪の武器が無くなった事を確認した少女は振るった刃を「燕返し」をするように再び逆方向に振るおうとした。が、それは適わなかった。腹部に赤髪の足がめり込む。強烈な蹴りを受けた少女は後ろに吹き飛んだ。

「アイツが金を出す理由が解ったよ」

赤髪はそう言い、ゲホゲホと噎せている少女にトドメの拳を振るおうとする。少女はもうダメかと目を瞑る—

「終わりだ」

拳の衝撃が来ない事を疑問に思った少女が目を開けると、目の前に赤髪の拳があった。寸止めをした赤髪は拳を解き、はぁと溜息をつく。

「お前は依頼品だ。殺しちゃ拙いからな」

赤髪はそう言い、手を差し出した。少女はその手を取り、ふらふらと立ち上がる。

「俺の名はダスだ。ゴミのダストから取った。覚えておけよ」

それだけ言うと、赤髪は.......ダスは掃除道具のある1階へと登っていった。

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