魔具師ヒスイ
あべやすす
止時は動く
この世の誰しもが持つ力、『魔力』。そしてそれを動力として使う、『魔具』というものがある。人が作ったもの、自然から生まれたもの、太古の遺跡から発見されたもの。種類は様々だが、どれも手に入れたものに特殊な力を与える。
だが、忘れてはいけない。本来魔力というものは、人などの手に負えるものではないのだ。不完全な魔具を使えばたちまち魔力に飲まれ、人の心を無くし、必ず破滅を招く。
そういう者達を救うため、彼らはいる。魔具を持ち、魔具を知り、魔具と共に生きる。彼らのことを、人々はこう呼んだ。
『魔具師』、と。
これはそんな一人の魔具師の物語。
平原の一本道を、一人の男が歩いている。歳は二十代の中頃、長いコートを羽織り、背中には大きい鞄。
「そろそろか……」
進む先に建ち並ぶ家々を見て、男は呟いた。
「へえ兄さん、魔具師なのかい。若いのにすごいね」
「そりゃどーも」
村に着いた男は、村長の家に迎えられていた。周りには村人たちが集まってきている。
「えーと、ヒスイさん。すみませんねえ、この村に客が来るなんて珍しいことですから。みんな気になってるんですよ」
村長の妻が申し訳なさそうに言うと、ヒスイと呼ばれた男はゆっくりと首を振った。
「いやいや、お構いなく。慣れてますから」
「それで、どうしてこんな村なんかに?」
「そのことなんですがね。知り合いに頼まれまして。この村に、魔具があるでしょう」
「ああ、わしも持っておるし、他にも数人持っておる奴はいるな。便利なものだ」
「普通に使ってりゃ、問題はないんですがね」ヒスイは神妙な面持ちで言う。
「普通と違う使い方か、壊れた魔具を使ってる者はいると思うんですが」
村長と妻の顔色が変わる。
「……その様子じゃ、何か知っているようですね」
「……ああ。ついてきてくだされ」
村長は、ヒスイを村のある一つの家へと案内した。入ってみると、人が住んでいるわけではなさそうだが、なぜか一つの部屋だけ綺麗に保たれている。
「まずは、これを見てくだされ」
村長はその部屋の扉を開ける。中には、一人の男がいた。
だが、様子がおかしい。立ち尽くしたまま、微動だにしないのだ。
「ほーう、こいつは……」ヒスイは目を細める。
「そしてこれが、目の前に落ちておった」
村長は部屋に置いてある箱から取り出したものをヒスイに見せる。それは一見、ただの壊れた金時計。
やはりそうか。ヒスイは自分の考えが正しいことを確信する。
「わかりますか?」
「ああ、これは確かに魔具です。名前は『
「これは、直るのですか?」
「ええ。そこまで複雑でもないので、俺でも直すことは出来ます。ですが少し時間がかかるので、一晩泊まれるところはないですか?」
「では、うちに泊まっていかれるといい。しかし……」
村長は少し言いよどむ。
「今まで村に立ち寄った魔具師の中にも、それを直そうとした者はいました。しかし、皆次の日には怯えた顔で逃げて行ってしまうのです。それもその魔具の仕業かと思っておるのですが……」
ヒスイは首を傾げる。
「……いや?そんな記録は聞いたことがありません。とりあえずやってみますよ」
「おお、ありがたい。どうか頼みます。そして実はもう一人、会ってもらいたい人がおっての……」
村長はまた別の家へとヒスイを連れていく。そこには、一人の女性が住んでいた。
「この子はあの男の妻での。旦那があんな風になってしまったのを見て、少し気を病んでしまった。今でも毎日あの家を掃除しに行っとる。あの男を最初に発見したのもあの子なんだが、助けてくれ、夫の時間が止まってしまったと……。話を聞けば、なにか手がかりになるかもしれん」
「へえ、それは気の毒に……。だから部屋は綺麗に保たれていたんですね。しかし、無理に合わない方がいいんじゃないですか?」
「いや、最近はだんだん心を開いてきての。村人たちとも接せるようになったし、一度知らない人と話すのもいい刺激になるかもしれん。様子がおかしくなればすぐに切り上げよう」
「それなら、会ってみますか」
村長は呼び鈴を鳴らす。すぐに女性が出てきた。
「やあ、マリー。調子はどうだ?」
マリーと呼ばれた女性は、少し生気のない顔で答える。
「あ……村長。おかげさまで、最近は随分よくなりましたわ。そちらの方は?」
「どうも、魔具師のヒスイと申します。実は、旦那さんのことで少し伺いたいことがあるんですが……。まあ、無理にとはいいません」
マリーは少し黙り、やがて口を開いた。
「……中へ、どうぞ」
家の中へ迎えられ、机に座る村長とヒスイ。正面にはマリーが座っている。
「すみません、急なことでしたのでお茶しか出せなくて」
「いや、とんでもない。それで、お聞かせいただきたい。あの日、何を見たのかを」
マリーは、ぽつりぽつりと語りだした。
「私はもともと、夫と二人であの家に住んでいました。幸せな毎日だったんです。ですが、ある日夫が家にいるときに少し出かけ、帰ってくるとあんな風に……。夫の時間は止まっていました。こんな話が手がかりになるかはわかりませんが、本当にこれだけなんです」
「なるほど……。ではこれに見覚えは?」
ヒスイは『止時』を取り出してマリーに見せる。
「はい、あの日夫の目の前に壊れたそれが落ちていました。きっと何らかの魔具なんでしょう?」
「その通り。これを使ったものの時間は止まります。止めたままで壊れてしまったから、旦那さんも止まったまま戻らなくなったというわけです。ですが安心してください、俺はこれを直せます。もう一度これを使えば、旦那さんはもとに戻るでしょう」
マリーの目が揺らぐ。
「本当ですか、ぜひともお願いします。礼はきちんとしますので」
「なに、そう難しいものでもありません。明日になればまた旦那さんとの毎日が戻ってきますよ」
村長に案内された部屋で、ヒスイは『止時』を修理しながら、それに関する情報を調べていた。
(どういうことだ……?どの文献にも『止時』を修理しようとすると恐ろしい目に合うなんて記述はない。しかも、これは壊れたというより……)
ヒスイは頭を掻く。
「さて、直るにゃ直ったが……。まあ、明日になればわかるかね」
夜。月の光が雲に隠れ、何もかもが闇に包まれた頃。ヒスイの部屋の窓が音もなく開いた。そして静かに入ってきた人影の手元には、ギラリと光る刃物が握られている。
その人影がヒスイの眠るベッドの近づき、その刃物を大きく振り上げ……
そしてヒスイの鞄から飛び出た鎖に巻き付かれた。驚愕し、取り落とした刃物を跳ね起きたヒスイがベッドの下に蹴りこむ。
人影は必死に鎖を解こうとするが、固く絡まったそれが自分の力では歯が立たないことを悟ると、諦めたように脱力した。
「便利なもんだろう、その鎖は。『生きる鎖』、それには魂がこもってるんだとよ。使いこなすには時間がかかったが、こうやって放しておけば侵入者を捕らえてくれたりもする」
ヒスイは灯りをつける。
「さて、やっぱりあんただったか。説明してもらおうか?」
鎖に捕らえられた人影。その正体は、マリーだった。
「まあ違和感は感じてたんだ。あんたはあの男のことを、時間が止まったと言っていたからな。単なる例えの可能性もあったが、これではっきりした。あの男の時間を止め、『止時』を破壊したのはあんただろう」
ヒスイはベッドの下をちらりと見て続ける。
「こうやって魔具師を追い払っていたんだな。そして直った『止時』はまた壊して。あれには、何回も壊された跡があった」
マリーはキッとヒスイを見据え、吐き捨てるように言った。
「そうよ、全ては私のやったこと。あの人を止めて、時計を壊し、あんたみたいな魔具師を脅して追い払ってたのは私よ」
「なぜ、そんなことをしたんだ」
マリーは笑う。
「なぜ?なぜって、私はあの人を心から愛していたからよ!でも、あの人は違った。私以外の女に心を奪われた。そして、その女と一緒になりたい、私とは一緒にいられないなんて言い出した!」
ヒスイは黙って聞いている。
「だから、それを使ったの。それであの人の時間を止めて、ずっと私と一緒にいれるようにしたの。幸せだったわ、あの毎日は。あの人は私だけを見てくれる。私もあの人を愛する。それがずっと、ずっと、続いていたのよ」
「一つ聞く。あの時計は、どこで手に入れた」
「あれはこの村に来た旅商人から買ったの。だって、永遠を手に入れたくはないか?なんて聞かれたら、欲しいに決まってるじゃない!あれがあればあの人の時間は私のもの。私だけが、自由にできるのよ!」
「時間を自由にする?ふざけるのもいい加減にしろよ」
ヒスイは冷たい声で言い放った。
「昼夜の巡り、星々の動き、そして人々の時間。それは誰のものでもない。自然の理は、誰かが自由にしていいものじゃないんだ。思い上がるな、あんたは神でも何でもない。ただの、魔具の力に溺れた哀れな人なんだよ」
ヒスイは『止時』を持ち、上のボタンに触れる。
「待って、お願い、やめて!」
「いいや、駄目だ。止めた時間は動かさなきゃいけない。そしてすべてをちゃんと皆に話すんだ。そうすれば……」
「止まったあんたの時間も、動き出すだろうよ」
そしてヒスイは、ボタンを押し込んだ。
「ありがとうございました、ヒスイさん。あいつも動き出したようで」
次の日、出発しようとするヒスイを、村長が見送っていた。
「これが生業ですから。それよりもマリーさんのことを気にかけてやってください。もう二度と、変なものには手を出さないように。歪んでいたとはいえ、あれはあの人なりの愛なのでしょうから」
「ああ、しっかりと見ておくよ。村のみんなで、いつかはあの子が誰かを愛せるようになるまで。でも、本当にいいのかい、報酬がそれだけで」
村長は、ヒスイの手の金時計を指さす。
「十分ですよ、これを欲しがる者もいるんでね……。世話になりました」
「ああ、ヒスイさんも達者でな」
村を出て、ヒスイはまた一本道をひたすら歩く。気づけば日は真上より少し傾いていた。
「ここらへんで少し休むかね……」
腹を満たし、草原にごろりと寝転がる。すると心地よい日差しのなか、ついつい瞼が重くなり……
はっと飛び起きる。気づけば、もう日は山の間に隠れようとしていた。
(しまった、今日中には国に着こうと思っていたんだが……)
ヒスイは沈みゆく太陽を恨めしげに見る。だが、その光は周りのものをすべて橙色に染め上げ、幻想的な景色にヒスイは思わず釘付けになった。
「へえ……。やっぱり、時間は動いていたほうがいいねえ」
伸びをひとつし、ヒスイは太陽に向かって歩いていった。
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