第46話

 シャワーから出ると三葉がご飯を作ってくれていた。麻婆丼に餃子、わかめたまごスープに野菜炒め。

 彼女のお母さんは中華料理店の娘だったらしく、母だけでなくて祖父母からよく食べさせてもらい、作り方も教えてもらっていたそうだ。

 お父さんは生真面目だが気さくなところもあり、堅物で手強い、というところはなかった。

 娘である三葉をしっかり育て上げ、もうあとは依存することなく2人でこれから家庭を築いてくれ、俺らに子供ができなくても2人で手を取り合ってと言ってくれるご両親だった。


 生徒たちの親をたくさん見たが一番しっかりしていて自信満々に送り出した人たちだと思う。

 俺の親も2人とも教師で忙しいからあまり家でのことはよくわからなかったが、受け持った生徒たちの親のほとんどが悩み、心配し、自分たちの育て方が違ったのではないかと自信がなさすぎる人たちばかりだった。一応アドバイスをしてみるものの、若い頃は年下の未熟な教師に、独身の頃は結婚もしてない教師に、結婚して子供がいなかった頃は子供ないない教師に何がわかる、と言われたこともあった。


 何故に三葉の両親たちはそんなに自信に満ち溢れていたのだろうか。ぶつかって悩むこともあったろうが。そんなことは聞いたことがなかった。

 俺たちにも子供ができたとして将来的、自信を持って子供を世に送り出せるのだろうか。


 ってシャワー浴びてる時に思ったりもした。ああ、子供を持つことはできなかったのは肉体がない限り乗り移っても叶うことはない。


「何かまた難しいこと考えてたりしてない?」

「……わかったか」

「いつもそうよ。仕事のこと、今後のこと、若菜さんのこと、自分のこと。考えながらモリモリ食べて……倫典くんに乗り移っても変わらないのね。ってわたしに乗り移った時もそんな顔してたら眉間に皺が寄っちゃうわー」

「多分してたかもな」

「あー、寝る前にクリームたっぷり塗っておこう」

「そんなん塗らんでもいいって」

 ああ、そうだ。ご飯食べて三葉と喋って懐かしいな。料理もうまいからさらに会話も弾む。もしそこに子供がいたら遮られてたんだよな、だったら子供いなくてもいいか。なんてな。


 数回料理を作ってもらった後に三葉に乗り移ってご飯食べたが、それよりもこうして三葉目の前でご飯を食べる、しゃべる、幸せだ。よかった。それができて。


「美味しいね、和樹さん」

「ああ、幸せだ。美味しい……」


 子供の頃は家帰っても親たちはいなかった。若菜と二人きり、作り置きしてくれたご飯をチンして食べていた。でもだんだん妹と食べるのが恥ずかしいってそれぞれの部屋で食べるようになったっけ。


 土日も親は部活動の顧問で月に数回4人ようやく揃ってご飯食べたっけ。その時はファミリーレストラン。それもいいけどお母さんの手料理食べたかった。でも仕方ない、忙しいから。


 でも結婚して三葉の手料理食べて、一緒に食べてこの上なく幸せだった。ああ、幸せだ……幸せだ。


 なんだ、なんだっ? なんかしゅわしゅわとしたこの感覚は……あ、やばいこのまま……俺は成仏してしまうのか。まだ全部食べてない、やり残したことまだある、若菜にもあってない……やだやだやだ!!!!!


「和樹さん!!!」

「……三葉……っ……」

「息が荒くなってる。脈も早いわ」

「あ、うん……なんか額から汗が。この麻婆が辛いからか……多分」

「……辛いの平気なくせに。つい手を握っちゃったわ」

 三葉はゆっくり俺の手から手を離した。彼女が握らなかったら俺はそのまま成仏しているところだった。ついって……なんだろうか。

「あなたが死ぬ時もずっと手を握ってて震えてる手を見たらその時を思い出しちゃって。だめね、スッキリしたとか言ってまだ……」

 そういうことか。俺はティッシュで口を拭き、額の汗を拭って席を立つ。

「ご飯もまだ食べたいがそんな場合じゃない。俺の不用品を売りに出してローンやら借金に充てるんだ……今からそれを整頓しよう」

 そういえば俺は乗り移ってから他の部屋に入ってない気がする。寝室とか。……寝室はもう三葉と倫典の愛の巣だろうから入りたくないけどもそこに俺の私物やらなんやらあるからな。


 三葉はもう一回俺の手を握った。少し今度は悲しい顔をしている。

「……ごめん、そのね」

「なんだよ」

「もうほとんど売っちゃったの」

「はっ?! い、いつの間に……」

 嘘だろ、どういうことだよ。

「……だって、だって……あなたが死んだ後に本当に足りなくて。でも正直いうとあまり高く売れなくて。親が見かねて一部立替えてくれてなんとか今はギリギリ。車がやっぱり一番高かったかな。……ごめんなさいっ」


 俺の愛車……まぁ、それも売ってもいいかと思ってはいたがすぐ売られたのか。車椅子が入る車にも変えたとか言ってたがそれも売ったんだろうな。

「大丈夫だ、それよりもお前にちゃんと残せてやれなくてごめん。俺が悪い。お金も、子供も……こんなに往生際悪いのにさ」

 三葉は悪くない。俺はギュッと抱きしめると三葉は泣いた。

 その後少し落ち着いて話をしたら今度倫典と彼の実家に行くそうだが、金銭面の話もするとのことだった。まぁそう簡単にいくものではないが俺には何もできなかったから倫典がなんとかしてくれる、そう信じよう。


 そして彼女は少し横になるそうだ。疲れただろう。俺に付き合ってくれたし、その後ご飯作って……泣いて。


 若菜への手紙はというと何回か書き直したが納得いかず、今書き直している。相変わらず字が汚いから読みにくいかもしれないが……。どうか残ったみんなは幸せでいてくれ。


 倫典も体貸してくれてありがとうな。乱暴に使ってしまったが申し訳ない。どうか俺の代わりに守ってやってくれ、一緒に手を取り合って……新しい家族を作ってくれ。


 手紙を置いて寝ている三葉の頬を撫でた。あぁ、美しい。


 さて、仏壇に戻ろう。

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