高校

第36話

 そして……やってきた。

「大島先生、ご無沙汰しております。髙橋です」


 髙橋は猫背であいも変わらず頭に寝癖をつけて。こいつは職員室に来る時もそんな感じで、朝礼でようやく気持ち切り替えるもののドアに顔からぶつかって鼻血を出すやつだ。毎回そうではないが。


「もう一年なんだね。でもトモっちの彼女さんの旦那さんだった人が僕の上司ってなんか奇遇だねぇ」

「だよだよ、高橋氏が先生ぽくないからすっかり忘れてたよ」

「そぉおおー? ひどいよぉおおお、トモッちぃ」

 たしか髙橋な方が倫典より年上だろ……少し。年下に、さらにこんなヘタレな倫典にバカにされるお前はどんだけなんだ。それに2人の喋り方がなんだか変な気もするがその辺は黙っておこう。黙っているが。


「にしてもトモッちのタイプ変わったね」

「え、なにが」

「あんな美人で可憐な感じ、美玲ちゃんと全然違うよー」

「まぁ。それとあれとは違うしー」

 ……だからその美玲とやらは誰なんだ。まぁそれはさておき。倫典、はやく例のものを髙橋に渡せ。


「でさ。髙橋氏にお願いしたいんだけどさ」

「なんであるっ! トモッち!」

 朝からテンション高いな、それくらいのテンションで職員室来いよな。


「今日一日、このキーホルダーを預かっていて欲しい」

 そうきたか。


「この猫ちゃんのキーホルダー? あ、美玲ちゃんのマスコットキャラは猫だもんね。くれるの?」

「あくまでも預かってて欲しい、だ。首にぶら下げておくから……また仕事帰りに返してくれ」

「よくわかんない……そもそもネックレスしちゃダメだ……」



「……ふぅ、納得する前に乗り移り成功」

 目の前には倫典。やっぱり背が高いな、髙橋は。あ、倫典がチビなだけか。こういう目線だったな。もともと。背が高校時代から変わっておらん。

「さすが乗り移り慣れされておりますなぁ」

「いやぁ、それほどでもぉー。あぁ、快適だな! よく考えたら俺歩けてるのって奇跡じゃないか?」

 やはり足を動かしたくなる。意識的に。

「今更気づいたのかよ。てか子供みたいにはしゃいじゃって。とりあえず今日中に終わらせておけよ」

「おっす! 喋り方はこんなんでええか?」

 こんな感じで高校に行けるなんて嬉しいなぁ。高橋とは教科は違うが数学はなんとかなる。バスケの顧問だがほぼ指導もしてなくて外部に委託している。

 一応これでも20年近く教師をやってきたんだ。一日くらいなんとでもなるぜ! 


「お茶よかったら飲んでくださいね」

 三葉、相変わらず美しい。そうそう、この目線。髙橋、同じくらいの身長でありがとう。少し高いけどこれくらいだよ……。

「あ、ありがとうございます……」

「主人に手を合わせていただきありがとうございます」

「い、いいいえ……」

「髙橋さんのこともよく主人から聞いてましたわ。とても優しくて生徒たちに好かれる、自分に持ってないものがあるから羨ましいって」

 ……その言葉、乗り移る前に髙橋に聞いてもらいたかった。自分で言うのが恥ずかしい。


「では行ってきます」

「朝早くからありがとうございます。いってらっしゃい」

「はい! またきます!」

 倫典は三葉の後ろでグッと親指立ててる。ありがとうよ!


 それに三葉に行ってきます、いってらっしゃいのやりとりで高校に行くのは実にひさしぶりだ!!!

 なんか楽しみになってきたぞ! 乗り移り史上一番ワクワクしてきた!!






 にしても自転車で高校まで行くのは辛い。俺は車で通っていたがまさかの髙橋は自転車っ。意識して足を使うようになってからの久しぶりの自転車、ある意味運動はしんどい。

 こんなんでへこたれるな……まぁ髙橋自身が30中盤だからそのおかげでなんとか高校前の坂も登ってこれた。


 行く途中で何人か登校中の生徒に会った。もちろん挨拶したが、俺が最後に受け持った生徒たちは卒業してしまったから全員知らない生徒になるのか。でも一部卒業生の妹か弟かいるだろうけども。


 はぁはぁ、息があがる。そうだよな、こんな思いして学校行ったらヘトヘトで疲れるよな、髙橋。

 そしてこんな時に職員室が二階にあることを恨む……あれ? 職員室が一階に?

「おっす、髙橋」

「うわあっ!」


 背中痛いからやめろっ。誰だ叩いたの! ……って……。

「……朝からうるさいな、髙橋。おはようさん」

 湊音! そうか、高橋は湊音の直属の上司だったもんな。相変わらずチビで陰気臭いやつだが少し見ないうちにまた雰囲気変わった気もする。

 てか高橋の机は……どこだ?


「何ウロウロしてる。それよりも昨日残してた書類、さっさと校長に提出しないとやばいだろ」

「しょ、書類?」

 また仕事やり残してたのかよ、高橋。相変わらずだな。

 職員室に入ると見慣れた顔がいくつか。うちの高校は私立だから滅多なことがない限り転勤がないからみんな同じ顔ぶれで、かつやや最後に見た時よりも少し老けている。


「ほーらっ、これっ」

 なんだ、この散らかった机……ってここか、高橋の机は。昔から変わってないな。わかりやすい……。


 にしても書類……修学旅行のとか、バスケ部の遠征の同意書、なんだいろいろ溜め込みやがって。相変わらず変わってねぇな。

「まぁ僕も手伝うから。主任一年目だし、まだ序の口だよ」

 なんか部下だった湊音に上から目線で言われるのも腹立つが今は高橋なんだから……って……今なんつった? 高橋が主任? 学年主任だと?!

「主任ーっちょっとお電話が」

「主任! 昨日の件ですが……」

 ……高橋ぃ、お前すごすぎるぞぉおおお。


 湊音は高橋の主任の業務を補佐する役割でお互い担任は受け持ってはいないようだ。授業も3時間目までとのこともあって書類の山は片付いた。

 しかしそんなにすんなり行ったわけじゃない。電子化も進んでいていろんな手続きも学校支給のパソコンやタブレットを使わなくてはいけない。授業もほぼパソコンでパワーポイントを使用する。


 ログインがまずできなくて焦ったが高橋のキャラを生かしてパスワード忘れたとのことでなんとか乗り切ったが。

 にしても電子化とか言いながらもなんだこの書類は。これも電子化しないのかっ! とキレながらもこなしていたわけで。事務作業が本当に嫌いだった。こんなことするなんて学生時代知らなかったぞ! ってキレていたもんだ。


 で、なんとか終えた。湊音もやれやれとした顔でタバコを吸いに行った。


 俺もタバコを吸いたくなる……事故してから吸えてないんだが……あ、髙橋はタバコ吸わないのか。よく湊音とタバコ吸いに行ってたけどなぁ。そいや喫煙室無くなったんじゃ……。


 って湊音が吸いに行くところと言ったら……あそこしかないだろ。俺はこっそり湊音についていく。


 

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