短編集 『ワンシーン』

七瀬 祥太郎

閃光

 閃光が弾ける。

 音の雫が飛び散っていく。

 さざ波に溶ける火の残り香。



 それは、夏めいた光景だ。



 果てしなく続く夜闇の砂浜に、ひっそりと佇む手持ち花火。数人の高校生グループ。はしゃぐ声と海の飛沫が混ざり合って、それを見る自分が夏の真っ只中にいることを否応なく自覚してしまう。



 俺とシオリは砂浜の隅っこでうずくまっていた。

 彼女が休憩したいと言い、俺もそれに同意する形で一旦グループを抜け出したのだ。

 今は遠巻きに花火を見て、物思いに耽っている。



 ・・・耽っている、ふりをしている。



「綺麗だね。遠くから見る、花火っていうのも。」



 シオリが唐突に口を開いた。



 夜の静寂にポツリと放たれ、残響を残して消えていく。そんな寂しげな声だった。



「そうだな。いつもみたいに近くから見てるだけじゃ、気づかなかったかもな。」



 俺の声は小さく掠れる。彼女の声とは大分違う、低めの声。彼女はそんな俺の顔を眺め、少し微笑む。



「・・・なんだよ。」



「いや、君ってそんな真剣な顔もするんだって思ってさ。ちょっぴり新鮮。」



「悪かったな。俺は自分で思うより、間抜けな顔をしてるみたいだ。」



「そんなこと言ってないよ。ただちょっと、おかしくて。」



「おかしい?」



「いつもと違う皆の一面が見れるのが、おかしいんだ。普段は真面目な子が花火片手にはっちゃけたり、いつも賑やかな人たちがここぞってときに悲しい顔したりしてさ。そんな日々の生活じゃ想像できないようなクラスメイトの別側面を見れちゃうのが、結構楽しいんだよ。」



 彼女はそう言ってクスっと笑う。

 その視線の先には花火片手に踊るクラスメイトたち。俺とシオリと、同い年の連中。



「けど、どうしてだろうね。なんで皆、そういう風になっちゃうんだろう。必要以上に暴れたり、物思いに耽っちゃったりさ。」



「・・・夏だからじゃねえの。」



「適当なこと言ってー。そんなこと言ったら、何だって夏のせいとか夏のおかげとか、責任転嫁し放題じゃん?」



「そうかもしれねえ。」



「私は別の理由があると思うな。」



 どんな理由だと俺は問う。



 シオリは少し思い悩んでから、小さく呟く。





 大人になるのが、怖いからかな。





 ポトリと落ちる線香花火。



 三十六秒。何となく数えた限り、最高記録はそんな感じだった。



「君はどう?」



 シオリは俺の顔をじっと見つめている。

 さらさらの砂。波の音。煙の香り。



「どうって、何が?」



「大人になる前に、やり残したことはある? もしあるのなら、早めにしておいた方が良いよ。後になってからじゃ遅いから、さ。」



 やり残した、こと。

 まだ出来ていないこと。

 後になって後悔してしまうこと。



 言わなければならないこと。



「まだ、やってないことがある。」



「へえ。何かな?」



「告白。」



「・・・それは随分と、大きく出たね。」



「ああ。」



「相手は? いつするかとか、もう決めた?」



「ああ。決めてある。」



「・・・そっか。結果、聞かせてね。」



「・・・ああ。」





 さらさらの砂。波の音。煙の香り。閃光とさざ波と、少年少女とふたりの男女。



 一体どれほどの夏が、今俺に加担してくれているのだろう。



 それはきっと、夏だからとか大人になるからとか、そんなことを飛び越えた先にある言葉だ。



 けれど、言わなければ伝わらない。口を開かなければ残りはしない。なぜならそれが、人間なんだから。





「シオリ。」



「うん?」





「好きだ。」





 沈黙。弾ける光の飛沫。

 それが彼女の瞳越しに見えた。



「・・・随分と、唐突なんだね。君は。」



「告白するって言っただろ。」



「・・・どうして? 夏だから? 大人になるから? どっちが君を、そうさせたの?」



 俺の中では決まっていることだ。そういう理由を飛び越えて、それでも俺が伝えたかったのは。



「ただ、好きだから。それだけだ。」



「・・・そっか。」



「ああ。」





 線香花火が全て落ち、俺たちの夏は終わりを迎える。手持ち花火を使いきった彼らは、談笑しながらこちらへと歩いてくる。



 きっとこの景色は、この先何があったとしても二度と見ることは出来ないだろう。



 だからこそ俺は、焼きつけたい。

 そんな淡い想い出があったのだと、後になって笑うために。



「・・・ねえ。」



「何だ?」



「もしかしたら、君の言う通りかもね。夏のせい、ってやつ。」



 青臭くてしょうがない。泥臭くてしょうがない。けれどそれが、たまらなく愛おしい。



 そんな想い出が、今日を彩る。



「そんな理由で、構わないなら。君がそれでも良いのなら。」



 彼女は立ち上がり、空を見上げる。



「私も少し、気づいてみようかな。」



 そう言って彼女は、クスッと笑った。

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