侵略


 ここは宇宙局。その名の通り宇宙空間における治安や秩序を保つ国際機関だ。


「局長、大変です」


 慌てた様子で、部下が局長の部屋に入り込んできた。息が上がっていて、額には汗の雫が浸っている。


「どうしたんだ、君は。そんなに慌てて」


「緊急事態です。謎の物体が地球に急接近してきています」


「なんだと」


 局長は目を見開いた。部下はすばやくコンピューターを操作し、部屋の大型スクリーンに宇宙空間の光景を映し出した。


「これは……」


 まるで彗星のように、光を灯らせた物体がまっすぐ地球へと進んでくるではないか。いや、これは宇宙が作った自然発生的な物質ではない。一つの星ぐらいの巨大な乗り物で、表面には地球では見たことのない材質が取り付けられてある。そして浮遊物体の額のあたりには、特殊なマークがほどこされてあった。


「なんてこった。あれは本当にこちらに来ているのかね」


「はい。軌道の方向からして間違いありません」


「奴らの目的は何だ。まさか、戦争を仕掛けるんじゃあるまい」


 部下は苦虫を潰したような表情を見せたあと、「そのまさかです」と歯ぎしりの音を立てながらいった。


「おい、待て。彼らは戦争ではなく、地球との友好を目的にしているのかもしれないぞ」


「いいえ。あの宇宙空母の額にあるマークを見てください。間違いありません。あれは、ここ数年でいくつもの惑星の侵略活動を繰り返しているカイザス星の紋章です。奴らは支配した星の生物を洗脳し、奴隷として従わせる能力を持っています。宇宙局も警戒を強めていましたが、まさか次の標的が地球になるとは……」


 部下の声は、映された宇宙のだだっ広い暗がりに吸われ、消えていった。


 そこからはもうてんてこ舞いだった。関係各省と連絡を取り、各国の防衛システムを発動させるよう呼びかけ、宇宙を乱す悪の集団を迎え撃つ準備が急ピッチで進められた。普段はいがみ合ってる国々も、ここでカイザス星の奴隷にされてはなるまいと一時的な協力体制をとった。国民への発表は、混乱を避けるために控えられた。


 向かってくる戦闘空母とのコミュニケーションを取るべく、超遠距にも届く通信機器が設置された。会話主は、局長が選ばれた。戦争ではなく本当に友好が目的だったら御の字だ、と彼は思いながら通話ボタンを押した。


 ザザザッと掠れたノイズのあと、「カイザス星の者だ」という声が返ってきた。通信機器には、自動翻訳機が取り付けられてある。


「私は地球の宇宙局局長だ。初めまして、だな」


「堅苦しい挨拶はやめてくれ。用件は」


「ずいぶん白々しいじゃないか。我々の計算だと、あと二日でそちらの宇宙空母は地球に到着するようだが」


「その通りだな」


「何が目的だ」


「決まっているだろう。まさか、我々カイザス星のやり方を知らないわけではなかろうな」


 局長は、グッと拳に力が入った。


「やめてほしい、というのが地球側の総意だ。もちろん、タダとはいわない。金でも資源でもいくらでもやろう」


「はっはっ。カイザス星の力を舐めないでほしい。地球にあるような資源なんざ、我々にとってはゴミ同然だ。必要なのは、人間とやらの生物、これだけだ。貴様も分かっているはずだろう」


「まさか、他の星と同じように我々を支配するつもりじゃあるまいな」


「それ以外の目的があると思っているのか、愚か者め」

 

 卑屈な笑い声が通信機の奥から聞こえた。


「我々は、仲間を欲しているんだ。宇宙にカイザス星を轟かせるほどの仲間、がね。聞いたところによると、人間という生物は実に知能が高い生物じゃないのか。こちらとしては、喉から手が出るほどの欲しいものなのだよ」


「待て。考え直してくれないか」


「残念だが、これも運命だ」


「やめ――」


 通信が途切れた。


 局長は大きく項垂れ、周りに取り囲んでいた人々は恐怖と絶望で震え上がっていた。避けられない前面戦争の気配を誰もが感じ取っていた。


 勘のいい国民の一部も異常事態に気付き始めていたが、大多数が懐疑的な立場な考えを持っていたため、爆発的なパニックになることはなかった。


 カイザス星の宇宙空母は、とどまることのないスピードで直進してくる。あの巨大な戦闘機には、どれほどの威力を持っているのだろうか。おそらくは、一つの大陸を吹き飛ばすほどのパワーを兼ね備えているだろう。どこかの大陸を焼き尽くし、抵抗しても無駄だという恐怖心を植え付け、残りの人間を服従させる寸断に違いない。


 地球到着まであと数時間。局長は机に座り込み、じっと下を向いていた。戻らない運命に抗う力も残っておらず、ただ時が過ぎるのを待つだけだった。


 突然、空気が変わった。


 いままで止まることのなかった宇宙空母が、ゆっくりとスピードを落としたかと思うと、進行方向を逆向きに変えて、今までつたっていたルートを戻っていった――。


 宇宙局は、感動と安堵で包み込まれた。地球は救われた。誰もが口々に「良かった」と叫び、喜びを分かち合った。局長も絶望感から解放され、机に深々ともたれかかった。この世にまだ生が保てることを、身に染みて感じていた。


 数日間における地球最大の危機は、国民に伝わることなく、終焉を迎えた。



       〇         〇         〇



 カイザス星の宇宙空母。その中で、部下がリーダーに話しかけていた。


「リーダー、本当に良かったんですか」


「ああ、すまん。私の見当違いといったところだ。事前調査をもう少し行うべきだった」


「そうですかね」


「ああ、そうだとも。あんな手に持ってる機械に夢中になって、首を下に向けている生物なんて、知能が高いわけがなかろう」









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