幽かなカオス
長谷河 沙夜歌
第1話
6歳になるであろう、少女が居た。
見た目は何処にでもいる、普通の少女であるが、唯一点だけ、違うところがあった。
…彼女には、「感情」という概念が存在しないのである。
彼女の両親がその事に気づいたのは、生後3ヶ月ぐらいだった。
彼女は赤子であったが、全く泣かなかった。そして笑いもしなかった。
彼女の両親は不気味に思いながらも彼女を育てた。
しかし…、彼女がきっかけで両親の関係も悪くなり、両親は彼女が6歳の誕生日の時に離婚を決意した。
離婚をきっかけに彼女を施設に預けようという考えに至り、彼女を施設に連れていった。
―児童施設。
施設に着き、両親達は施設長に話をして「彼女をここで預けて貰いたい」と施設長に言った。
施設長は面食らった表情をして、預りを受理しなかったが両親が彼女の状態を説明して、施設長は嫌々ではあったが受理した。
施設の門が開き、施設長は少女だけを門の内側へ招いた。
少女の両親は門の外側で少女と施設長に一礼をして、その場を去った。
その姿を見た施設長は、呆れたような口調で「酷いわね…。もう少し、やることがあるでしょうに…」とぼやいた。
「自分の子供を捨てるんです、この場から早く逃げたかったんでしょう」
少女の口から、酷く冷たい口調で言葉が発せられた。
「まあ…ここはそういう施設なんだけどね…」
施設長は、いきなりの少女の言葉に驚愕を隠せなかったが冷静を装った。
「そういえば、お嬢ちゃん。名前。なんて言うんだっけ?」
施設長は目線を少女に合わせ、尋ねた。
「有栖(ありす)…父親がイギリス人で、日本でもイギリスでも使える名前にしたかったらしいです」
少女の言葉はやはり冷たく、淡々とした口調だった。
「アリスちゃんか…可愛い名前だね!」
施設長はそう言って、有栖に笑いかけた。
「そうですか…」
しかし、有栖は笑いも恥ずかしがりもせず、淡々と返答した。
「………」
施設長は少々面食らったが、事情は知っていたので表情には表さず、有栖を部屋へ誘導した。
―有栖の部屋。
「…じゃあ、今日からここがアリスちゃんの部屋だから。これからはここを自分の家だと思って、自由に使っていいからねー」
施設長はそう言って、有栖を部屋に入れた。
部屋の中は全体的には、生活感の無い殺風景な場所に布団と数個のぬいぐるみが置かれているだけだった。
「今日はもう夜も遅いから、その布団で寝てねー」
施設長はそう言って、部屋のドアを閉めた。
「ふぅー…」と施設長は大きくため息を吐いた。
「どうしたんですか?」と別の従業員が施設長に尋ねた。
「ああ…。実は、感情を持たない子を預かってね…」
「感情が…ですか…?」従業員は驚いた。
「それがきっかけで、この施設に捨てたみたい…。可哀相に、本来なら悲しむところでも、彼女は泣くこともできない。…本当に辛いだろうね」
施設長は同情するように、つぶやく。
「でも、この施設でみんなと関わることによって、彼女に芽生えるべき「感情」が芽生えるように頑張るのが私達の仕事ですよ!!」
従業員は、施設長を元気づけるように、言った。
「そうね…!頑張るわ!!」
施設長は、そう言って廊下を歩き始めた。
数歩歩いたところで、施設長は視線を感じた。
恐る恐る、後ろを振り向くと、後ろには有栖の部屋のドアがあるだけで、誰も居なかった。
施設長は首を傾げ、また歩き始めた。
『…貴女がどう頑張っても、私に感情が芽生える事は無い…。無理な願いはするものでは無い…』
次は施設長の脳に直接、声が届いた…。
しかし、振り向くと、そこには有栖の部屋のドアがあるだけ…。部屋の中の有栖が言ったとしても、脳に直接言いかけるようなことは出来ない。
「…疲れているのかな?私…?」
施設長は、自分の部屋に急いで行った。
「いるの…?」
有栖の声が部屋に薄く響く。
その瞬間、部屋の中が黒に包まれた…。
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