第47話 挨拶
「あれは敵じゃない! 同盟国である夏風国だ!」
敵兵だと思い武器を構える兵たちに静止するように叫ぶ。兵たちは花琳の指示に従い、武器を下ろして彼らを出迎えた。
「秀英! 来てくれてありがとう!」
「はは、オレは約束を守る男だからね。ちゃんと秋王さまの言うとおりになったおかげで、難なくここまでやってこれたよ。それにしても随分とぼろぼろだけど……?」
「お恥ずかしながら身内とごちゃごちゃしててね。でも、無事に決着がついたよ。ところで、冬宵国は?」
「あぁ、我々で片付けてきた。病を蔓延させられた怨みも含めて撃退してきたよ。全部キミが言っていた通りになって驚いたくらいだ。それで、そっちの春匂国は?」
「あぁ、たった今壊滅させたところ。残りは撤退したようだし、どうにか守りきることができた」
「そうか。それはよかった」
「おい、秀英。いつまで朕を放っておく気だ?」
秀英と話していると、奥の馬上から声がかかる。そして、一人の男性が降りてきたかと思えば、彼は厳かな衣服を身につけていた。
「あぁ、悪い兄さん。つい話こんでしまった。秋王殿。こちらが我が兄、夏王こと
「挨拶が遅れたが、夏風国の王である秀杰だ」
秀英よりもさらに背丈は高く、威圧感が凄い。秀英の軟派な調子とは違って、秀杰は王としての貫禄が凄まじかった。
「わざわざお越しいただき感謝します。おかげさまで春匂国と冬宵国を撃退することができました」
「礼は不要だ。我々は秋王殿の策に乗らせてもらっただけだからな。戦力を多大に削げたことはこちらとしても好都合だ」
「本来なら城へ歓迎し、宴を開きたいところですが……あいにくと身内のゴタゴタで城が燃えてしまいまして。宴は後日開催ということでもよろしいでしょうか」
花琳が申し訳なさそうに白状すると、秀杰は一瞬面食らったあと、強面の顔を一気に破顔させた。
「はははは! 城が燃えたならしょうがない。何、宴などいつでも開ける。では、我々は撤収するとしようか」
「埋め合わせはまた後日必ず致しますので」
「あぁ、期待しておく。そうさな。別嬪である花琳殿という姫の舞でも見せてもらおうか。それで貸し借りはなしとしておこう」
今度は花琳が面食らう。
夏王は見た目によらず冗談を言う人なのだと気づいて、花琳も口元を緩めた。
「えぇ、承知しました。ではまた後日必ず」
夏王と約束すると、彼らは踵を返して自国へと帰っていく。それを見送ったあと、花琳も自国の兵に向かい後片付けを促すのであった。
◇
あれから数ヶ月が経った。
上層部の仲考派だった不穏分子は一掃し、上層部の人員を刷新した。そのおかげでだいぶ顔ぶれが若返り、己の私利私欲にまみれた人員は減り、以前よりも国が機能するようになった。
雪梅は勾留し、尋問にて仲考から秋波国に来れば自分の思い通りに国を動かせるよう唆されたこと、峰葵の子として偽って自分の子を身籠りその子を次代の王とするよう命令されていたこと、それらいずれも吉紅海は全て承知の上であり、金品などを秘密裏に送り便宜をはかっていたことまで洗いざらい吐かせた。
その後、雪梅は国家反逆罪により処刑。
また、吉紅海も仲考や雪梅を幇助した制裁として重い課税並びに交易の制限をかけられ、雪梅の一族含めて全ての権利を剥奪された。
雪梅は最期のときまで反省の弁はなく、呪詛を吐きながら逝ったらしい。
そして、花琳は城の再建まで隠居している林峰の家に身を寄せながら、秋王として復興に励んだ。
秋波国内の被害は少なくはなかったが、花琳の的確な指示と国民の協力、また夏風国にも協力を得たことで想定よりも早く復興。城も再建することができ、花琳は先日ようやく城へと戻ってこれたのだった。
そして今日、花琳は秋王として重大な話があると国民に事前告知して、城の前に国民を集めていた。
「本当にいいのか?」
「もう今更でしょう? どう、似合う?」
花琳が峰葵の前でくるりと回って見せる。その姿は以前のような男装の姿ではなく、色鮮やかな美しい漢服を身につけていた。
その姿が誰が見ても見惚れるほどに美しく、まさに天女のようで、峰葵すらも惚けるほどであった。
「あぁ、とてもよく似合っている。こっちに来てよく見せてみろ」
「いいけど、触ったらダメよ? 化粧が崩れても困るし、服も乱れたら良蘭に怒られちゃうから」
「……別に減るわけじゃないだろ」
「減るの。白粉だって紅だってすぐに取れるんだから……っん、もう」
引き寄せられて無理矢理口づけられる。花琳が頬を赤らめていると、峰葵は満足げに笑った。
「ダメって言ったのに」
「可愛い花琳が悪い」
「何よ、その理不尽な言い訳。はぁ〜、それにしても緊張する」
「なら、緊張をほぐすためにももう一度するか?」
「ダメに決まってるでしょ!」
国民の前に立つことは今まで何度もあった。けれどこの格好で人前に出るのは初めてで、花琳はいつになく緊張する。
もし何か言われたら。
もし暴動が起きたら。
負のことばかりが頭をよぎって自然と手が震えてくる。
すると峰葵がその手を取り、しっかりと握っていてくれた。
「大丈夫だ。俺がついている」
「……ありがとう」
(我ながら、峰葵に励まされただけで大丈夫な気がするなんて単純ね)
けれど、峰葵の存在は心強く、花琳にとっては何よりの支えであった。
「そういえば、聞くのも今更だが……どうして夏風国はあんなに早く応援に来れたんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ」
言ったつもりであったが、近頃バタバタとしたせいですっかり説明するのを忘れていたらしい。
峰葵が「聞いてないぞ」と不満げにしているのを見て、まだ呼ばれるまで時間はありそうだと花琳はことの顛末を話し始める。
「以前始めた意見箱にかこつけて無断で発注されていたものの中に、春匂国との国境にかかる川に橋をかけるというものがあったのよ。以前からあそこに橋が欲しいとは散々言われていたけれど、国防のためにわざとかけてこなかったの。それなのに、今回その橋をかけたと聞いておかしいと思って探らせてたのよ。それで、上層部に忍び込ませていた李康を使って春匂国と冬宵国、それぞれ仲考が国内の情報と交換に彼らと交渉している事実や仲考は国をあちらに明け渡す代わりに、自分が治める領土を要求してたことを知ったの。だから、事前に春匂国と冬宵国近辺に待機してた兵たちに動きがあり次第、夏風国にも伝えろと言ってあってそれで彼らがすぐに来れたってわけ」
「だが、なぜ夏風国に?」
「元々そういう契約だったの。彼らとしては二国の戦力を削ぎたいって。だから、多分仲考の策略を利用すれば挟み撃ちにして一気に叩けると思って同盟を組むときに提案したのよ」
「そこまで事前に考えていたのか……」
「ふふ、凄いでしょ?」
自慢げに笑う花琳をギュッと抱きしめる峰葵。花琳は「服が、こらっ」と言いながらも暴れるとさらに乱れることがわかっていたので大人しくされるがままになっている。
「俺の花琳はさすがだな」
「秋王ですからね」
「あぁ、さすが余暉を超える立派な王だ」
峰葵の言葉に一瞬呆然となったあと、だんだんと理解した花琳が頬を赤らめる。そして、照れながらも「ありがとう」と微笑んだ。
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