第45話 戦闘

 __ガキン……!!!


 貫かれると思った瞬間、刀が別の刀によって弾かれる。そして、返す刀で男を斬り伏せた。


「峰葵!!」


 峰葵に腕を引かれて立たされる。そして、ぐいっと抱きしめられた。


「ありがとう、峰葵」

「間に合ってよかった。花琳が無事でよかった」

「鍛えた成果が出てよかったわ」


 明龍と共に襲撃されたあと、花琳は自らの弱さを実感し日々鍛錬に取り組んでいた。そのため、今回の大立ち回りができたというわけである。


「それで、現状は?」


 感動の再会をしている場合ではないと身体を離す。そして花琳はすぐさま峰葵に現状を確認した。


「市井のほうは官吏だけでなく民も協力して消火に当たっている。だが、城の火の回りが速く、厄介だ」

「火は雪梅の女官たちがつけて回ってるみたい。早く止めないと」

「何だと? それで雪梅は?」

「さっきまで拘束してたけど、戦闘に入ってしまったから離したら逃げて行った。良蘭は無事?」

「えぇ、おかげさまで。多少身体は痛みますが、無事です」


 ふらふらとふらつきながら腹部を押さえている良蘭。どうやら思いきり蹴られたせいか、かなりの痛手を負ったらしい。


「はい、これ。借りたけど、使いやすかったわ」

「それはよかったです。……さて、新たな客人がお見えになりましたよ」


 振り返るとそこにはまた男たちがずらりとやってきていた。先程よりも多い人数に、ごくりと生唾を飲んだ。


「ここは私に任せて、花琳さまは先に行ってください」

「でも……っ!」

「このまま城だけでなく国も燃えたら困るでしょう? ほら、ちょうど明龍もやってきましたし」


 言われて視線を向けると、そこには明龍が数人の増援を引き連れこちらに向かってくるのが見えた。確かにこの人数なら、彼らに対抗できるかもしれない。


「気をつけてね」

「もちろんですよ。私はまだこんなとこで死ぬつもりありませんから。花琳さまこそ死なないでくださいね。峰葵さま、花琳さまをよろしくお願いします」

「あぁ、命に変えても」

「さぁ、行ってください!」


 良蘭の掛け声と共に峰葵に手を引かれて一緒に走り抜ける。

 途中追手がこちらに向かってきたが、花琳は峰葵と共に連携を取り、次々に斬り伏せていった。そして、火をつける雪梅の女官たちを発見しては斬り捨てていく。


「これで全部か!?」

「火の回りが想像以上に速い! ん、あれは……?」


 廊下で、何やら大荷物を引きずりながら運んでいる男の姿が目に飛び込んでくる。煙や炎でよく見えず目を凝らせば、そこには見知った男がいた。


「くそっ、あのバカ女め! 城に火を放つなどと、正気の沙汰じゃない!! そのせいで金目のものを急いで城から持ち出すはめになったではないか……くそっ!」

「仲考、貴様何をやっている!」

「っ! なぜお前たちがここに!? 刺客は……どうなっている!?」


 死人でも見たかのようにギョッとする仲考。あまりに驚愕しているその姿は滑稽だった。


「あいにくと我も峰葵も生きている! 残念だったな!」

「くそくそくそくそ……っ! ここまで入念に仕込んでおいたのにしくじるとは! つくづく目障りなヤツらだ! 仕方あるまい。だったらワシ自らがお前たちを死地にやってやる!!」


 荷物から手を離すと、仲考が刀を引き抜く。それに合わせて花琳と峰葵も刀を抜いた。


「ここで決着をつけてやる!」

「はっ! 望むところだ! 返り討ちにしてやろう! そして国はワシのものだ!!」


 仲考が床を蹴り、一気に距離を縮めてくる。


(速い!)


「油断するな、花琳! 仲考は腕が立つぞ」

「ワシを本気にさせたことを後悔させてやる!!」


 まさに斬撃の嵐だった。

 一振り一振りがとても重く、受け止めるのがやっとの状態。

 花琳を集中攻撃しつつも、刀や鞘で峰葵の攻撃をいなしている辺り相当な手練れだということがわかる。


(仲考は元々、武勇が優れてるということで重用されたのだものね……っ! 普段前線に出なくなったとはいえ、腕は衰えてないということか)


「どうしたどうしたぁ? 決着をつけるのではなかったのか? ん? 王さま……いや、姫さんよぉ!」

「っく!」

「花琳!」


 刀を弾かれる。

 どうにか仲考の振り上げる刀を避けながら距離を取ろうとするも、周りに充満する煙や炎のせいで上手く距離が取れない。


「もう終いか? ワシはこんな弱い小娘に従わされていたのかと思うと反吐が出るわ」

「……っ」


 花琳を庇うようにして彼女の前に立ちはだかる峰葵。既に疲労のせいで呼吸は乱れ、肩で息をしている状態だ。


(どうしよう。峰葵も満身創痍だし、このままでは峰葵諸共斬り伏せられてしまう。何か策は……っ)


 キョロキョロと視線を彷徨わせる。だがあるのは煙とすすと炎のみ。


(どうする。どうする。どうする)


 花琳は必死に考える。


 このまま何もせずに死ぬわけにはいかない。自分が死んだらこの国は全ておしまいだ、と思ったときに天井から焼け落ちたであろう梁の一部が目につく。

 炭になってしまったそれはまだ火を蓄えているのか赤々としていて、触れるだけで熱そうだと思った。


「はっ、さすが忠臣殿。いや、愛し君だからこそ、このように命を張っているのかな? 実に美しい」

「黙れ!」

「ははは、その美しい愛に免じて二人一緒に屠ってやろう。さぁ、死ね!」


 仲考が刀を振り上げた瞬間、花琳はダッと峰葵の背後から飛び出ると、赤々と燃える炭のような梁を手に触れぬよう服の上から引っ掴み、すぐさま仲考に向かって投げた。

 投げた梁は仲考の目に当たってさすがの仲考も怯む。


「うがっ……! 熱っ、く、目、目が……っ!」

「峰葵!」


 峰葵がすぐさま仲考と間合いを詰めて刀を弾くと、そのまま腹に深々と刀を突き刺した。


「っぐ、ふ……っ! そ、んな、バカな……」


 さらに深く峰葵が刺すとそのままバタリと倒れ込む仲考。花琳はゆっくりと彼の元に行くと、仲考は笑い出した。


「はははは、これで勝ったつもりか!? だが、もう遅い。春匂国も冬宵国もここを落としに一気に攻め込んで来るだろう。貴様の国はもう終わったのだ!」

「言いたいことはそれだけか?」

「言いたいこと? 腐るほどあるわ! お前らなど地獄へ堕ちろ! 惨たらしく死ね!」


 呪詛の言葉を延々と吐き続ける仲考。その姿はとても哀れだった。


「花琳……こいつはどうする?」

「殺しておきたいのは山々だけど、聞きたいことがいっぱいあるから、とりあえずもうちょっと生かしておく」

「そうか」

「ふんっ、ワシは何も喋らんぞ! それで温情をかけたつもりか? さすがは優しい姫だ。片腹痛いわ!」


 ギャンギャンと無駄吠えする仲考の腕を縛り上げる。さすがの仲考も腹を突き刺されては抵抗ができないようだった。


「行くぞ」


 そう言って仲考を引っ張り、城を出ようとしたときだった。不意に視線の先に何かが揺らめく。


「雪梅……」


 そこには服や髪を乱し、夜叉のような姿をした雪梅がいた。手には刃物があり、恐らく花琳が投げたものを拾ってきたのだろう。

 ぺた、ぺた、ぺた、とゆっくりとした足取りで、こちらに向かってくる姿は恐怖であった。


「雪梅、今だ! こいつらをやれ!」

「仲考、貴様!」


 まだどこにそんな力があったのか、グッと腕を掴まれ振り解こうとしても離れない。峰葵も同様に腕を掴まれ、逃げるに逃げられない状態になっていた。


「離せ……っ!」

「仲考!」

「誰が離すか! 逝くなら道連れだ! さぁ、雪梅来い!」


 だんだんと近づいてくる雪梅。

 煤で汚れ、表情のない彼女は何を考えているのか全く読めなかった。

 そして、雪梅は大きく刃物を振りかぶる。


「殺せ、雪梅! こいつらを殺せ!!」

「っく!」

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