第42話 騒めく
「一体どういうことですか!」
仲考が珍しく怒りを隠さずに声を荒げる。
いつにも増して騒めく朝議。
それもこれも、花琳の「夏風国と同盟を組むことになった」という言葉がきっかけだった。
「どういうこと、とは? 何だ、我の言葉がよく聞き取れなかったか? ならばもう一度言おう。我は夏風国と同盟を組んだと言ったのだ」
言い放つ花琳に再び騒めく。
上層部は仲考の顔色を窺いながら、自分のほうに飛び火せぬように距離を置き始めていった。
「そんな……我々の承諾もなく勝手に!!」
「勝手に、だと? 我が言ったところでどうせずるずると決断を引き伸ばすだけだろう? それか、頑なに反対するかのどちらかだ。違うか? そもそもまず、我の話を聞いてから文句をつけよ」
そう言って花琳が夏風国との同盟内容について、書簡を見せつつ粗方の説明をする。
交易物の内容や法権、軍備のことや助力のことなど、その内容は互いの国にとって申し分ないものだった。
仲考たちは何かしら指摘しようと荒探しをするが、もちろん花琳がそんな下手を打つはずがない。
そのため、仲考は苦虫を噛み潰したような表情で書簡を睨んだまま動かなかった。
「これでもまだ何か文句があるというのか?」
文句があるなら言ってみろ、と言いたげな様子で言ってのける花琳。すると、仲考が何かを思いついたのか口を開いた。
「差し出がましいようですが、陛下。夏風国が裏切る可能性は? そもそもこのような都合のいい約束をどのようにこぎつけたのか、はなはだ疑問でございます」
「ほう、なるほど。では、そなたは我が騙されていると?」
「恐れながら」
難癖をつけないと気が済まないというのは花琳もわかっていた。だからこそ、懐から新たな書簡を出して掲げる。
「これでもまだ我が騙されていると?」
「な……っ! これ、は……」
そこには今回の同盟に関して反故事項があった場合のことが書き記してあり、それには大きく夏風国の印が入っていた。つまり、この書簡が偽ではないことを証明するものである。
「そんなバカな……どうやって……」
「我を見くびるでない。全て今後のことを想定して行動しておる。今回同盟に踏み切ったのも、春匂国と冬宵国がよからぬ動きをしていると耳にしたからに他ならない。最近では病も流行っているというからな。もしかしたら、我を殺めようとした毒も、彼らの手先の可能性もあるかもしれんな」
「それは……っ、あれは陳の仕業だとお伝えしたはず!」
「あぁ、朝議での逆恨みだとかどうとか? だが、我は陳に直接聞いてはおらぬし、ヤツが彼の国の手先であった可能性が皆無でもないだろう? 我は念には念を入れないと気が済まないたちなものでな。よからぬ芽は摘めるうちに摘んでおくほうがいい」
仲考に釘を刺すように、花琳はにっこりと微笑んで言いのける。まるで、お前の悪事はお見通しだとでも言うように。
仲考も誤魔化している手前、あまり強くできることはできず「左様ですか」と、苦々しい表情をしつつもあえて引き下がった。
「あぁ、そうだ。ところで、世継ぎの件はどうなっている?」
まさか花琳にその話を振られるとは思わなかった仲考が、驚いた表情で彼女を見る。
花琳にとって世継ぎのことは鬼門だったはず、と己の読みが外れたせいか、珍しく動揺していた。
「……まだ確認が取れておりませぬが、恐らくもうすぐ……」
「もうすぐ、何だ? 子ができているのであれば祝福せねばならぬが、まだそのような話は聞いておらぬが? まさか、憶測で我に言ったのではなかろうな?」
「それは……」
「何だ。いつになくはっきりしない口ぶりだな。もうよい。では、聞く相手を変えよう。峰葵、世継ぎの件はどうなっている?」
「雪梅さまにはまだ懐妊の兆候はございませぬ」
「ほう? あれだけ我に大見えを切っていたわりに、まだ子をなせぬのか」
「申し訳ありません」
峰葵はハッキリと謝罪しながら深々と頭を下げる。花琳はそれを一瞥すると、今度は仲考に視線を移した。
仲考は二人のやり取りに何がどうなっているのかと内心困惑しながらも、何も言うことができずに花琳と視線も合わさずに俯く。
「雪梅を召喚したのは仲考、貴様だと聞いているが?」
「間違いありません」
「そうか。このまま成果がないようでは、色々と考えねばならんな。なぁ、仲考?」
「…………っぐ、はい」
花琳の言葉に、歯を食いしばりながら返事をする仲考。
想定外のことばかり起きる怒りで震えそうになるのをどうにか堪えているようだが、仲考が憤っているのは誰の目から見ても明らかだった。
「さて、他に報告のあるものはいるか? ないなら失礼する。我はなさねばならぬことが多いからな」
「はっ」
「あまり時間はないかもしれぬが、成果を期待しておるぞ。……なぁ、仲考?」
「…………ご期待に添えるよう努めます」
仲考を散々煽った花琳はそのまま部屋を出て行く。
部屋を出た瞬間に背後から何かが割れるような音を聞いた気がするが、そのまま自室へと戻っていくのであった。
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