第41話 嫉妬

「そういえば、峰葵は何しにここに来たの?」

「あぁ、そうだった。花琳に明龍が目を覚ましたと伝えるために来たんだ」

「何よ、それ!? すごく大事なことじゃない! もっと早く言ってよ!」

「それはそうだが、俺としては花琳が他の男と口づけしようとしてたほうが由々しき事態だったからな。仕方ない」


 しれっと言われて言い返すことができない。そんな花琳たちを良蘭がニマニマしながら見ていた。


「とにかく、行くわよ。良蘭、留守をよろしく」

「いってらっしゃいませ〜。あ、帰りは遅くなってもいいんですよ?」

「普通に帰ってくるから! いらぬ気を回そうとしないで!!」


 花琳は揶揄われて耳まで真っ赤に染めながら、峰葵を引っ張って明龍のところに向かうのだった。



 ◇



「明龍〜!」

「陛下! ご無事で何よ……っぎゃあああああ!」

「あ、ごめんなさい。つい勢いあまって抱きついてしまったけど、怪我したのそこだったわよね」


 明龍が起きてるのを見て、つい感極まって抱きついてしまったが、明龍が悲鳴を上げたので慌てて花琳は身体を引いた。


「とにかく、明龍が死なずに済んでよかったわ。長い間目を覚さなくて心配したけど、体調はどう?」

「寝たきりだったせいかまだ頭がはっきりしない部分はありますが、一応どうにか」

「そう。傷口は?」

「一応致命傷は避けたつもりでしたが、相手も手練れだったようで……面目ないです」

「そうだぞ。お前の失態のせいで、花琳に良からぬ虫がついてしまったのだからな」

「はぁ……? 虫、ですか……?」


 峰葵からの横槍に、首を傾げる明龍。花琳が簡潔に秀英のことなどを説明すると「理不尽すぎるんですけど!」と明龍が叫んだ。


「それって僕のせいじゃないじゃないですか!」

「いや、明龍のせいだ」

「陛下〜! 理不尽すぎじゃないですか? 僕は無実です〜!!」

「よしよし。わかってるわかってる。峰葵の言いがかりだから気にしないでいいわよ」


 花琳が明龍の頭を撫でると、峰葵がムッとする。そして、花琳の手を掴んだ。


「他の男に触れるんじゃない」

「別に明龍なんだからいいでしょ。それに減るもんじゃないんだし」

「ダメだ。減る」

「しょうもないこと言わないで」

「あれ? えーっと、あのぅ……お二人は仲直りなさったんですか?」


 今までのように二人が言い合う姿に困惑する明龍。それもそのはず、暴漢に襲われる前には花琳は峰葵を遠ざけるよう明龍に指示を出していたにも関わらず、目が覚めたらなぜか二人は仲睦まじくしているからだ。


「まぁ、そんなところ、かな?」

「そういうことだ。だからいくら明龍と言えど、花琳に触れることは許さん」

「何がどうしてそうなったかは知りませんけど、横暴すぎるんですけど……! というか、僕、今まで峰葵さまに言われて色々と頑張ってきたのにその仕打ち、酷すぎません?」

「うん? 色々頑張ってきたってどういうこと?」

「それがですね。峰葵さまは僕に陛下のことを逐一報告しろって厳命していて、毎日の様子を詳細に……痛っっっっっっっってぇぇぇぇ!!!」


 峰葵がにっこりと微笑みながら明龍の傷口を押すと、明龍は悶絶しながら傷口を押さえて蹲った。


「明龍、大丈夫!? 峰葵、何やってるの!!」

「煩い。主人を敬わないのが悪い」

「もう、子供じゃないんだから! 謝りなさい!」

「ふんっ」

「あの、とりあえず痴話喧嘩するなら帰ってもらえません?」

「あ、うん。そうよね。とりあえず本当に無事でよかったわ。でも、まだ安静にしてるのよ」


 明龍のもっともな言葉に申し訳なく感じながら、花琳は行きと同じように峰葵を引っ張り、明龍の部屋を出て行く。

 明龍は二人が出て行ったあと、布団に身体を沈めると「僕って振り回されてばかりだなぁ」と自虐した。



 ◇



 いつにもまして静かな花琳の室内。そこには、花琳、秀英、そして峰葵がいた。

 花琳と秀英はお互いに書簡を見つつ、それぞれ同盟に関して齟齬がないかどうかの最終確認をしているのだが、明らかに峰葵は秀英を敵視していて場にそぐわない鋭い視線を秀英に送っている。


「うん、これで問題なさそうだね」

「そうですね。お互いの国にとって折衷案ができたと」

「だよね。我ながらよい出来だと思うよ。……ところで、花琳。さっきからあの美丈夫の視線がすごく痛くて気まずいんだけど、どうにかならないかな?」

「申し訳ありません。その……この密会に参加するとどうしても譲らなくて」


 ちらっと峰葵を見ると、不機嫌そうな様子で未だに秀英を睨むように見つめていた。


「同盟を組むのであれば、この会に私が参加するのは宰相として当然の権利では?」

「まぁ、それはそうかもしれないけど。オレ、キミに何かしたかな?」


 苦笑気味の秀英。峰葵はそんな秀英に態度は変わらず、未だに不機嫌をあらわにしたまま。それに対して申し訳なさそうに頭を下げる花琳。


「申し訳ありません」

「陛下が謝ることじゃありません」

「そうそう。花琳が謝ることじゃないよ」

「陛下のことを花琳と呼ぶのはやめてもらいたい」

「どうして? オレは彼女の恩人であり、よき友人なはずだけど」


 無言で見つめ合う二人。そんな二人におろおろするしかない花琳。この状況をどうすればいいのかわからず、ただ見ているだけしかできなかった。


「さすがに察しはいいつもりではあるけど。……男の嫉妬は見苦しいと思うなぁ」

「大事な王をみすみすよその国にはやれないだけだ」

「ふぅん。ま、そういうことにしてあげるよ」


 秀英はそう言うと立ち上がった。


「あの……どちらへ?」

「同盟の内容はもう訂正も何もないでしょ。オレもこれを本国に持ち帰って色々としなくちゃいけないからね。ということでおいとまさせていただくよ」

「すみません。お構いできず」

「いいよ、しょうがない。では、またね。花琳」


 秀英はポンと花琳の肩を叩くとそのまま頬に口づける。


「ふふ、油断大敵」

「なっ」

「貴様……っ!」


 今にも飛びかかりそうな峰葵に抱きついて彼を止める。


「止めるな、花琳……っ! 不敬でしょっ引いてやる!!」

「秀英さまは治外法権だからやめて! 同盟潰す気!?」

「あんなことをされたらやぶさかでもない」

「こらっ!」


 そんなやり取りをしていると、秀英はいつのまにか姿が見えなくなっていた。


「ほら、もういなくなったから諦めて」

「ふんっ、こっちを向け。清める」

「え? 何よ、っん……っ」


 抱きしめられたかと思えば、そのまま顔中に口づけされる。


(案外、峰葵ってヤキモチ焼きだったのね)


 呆れつつも嫌じゃない自分がいて、つくづく自分は峰葵のことが好きなんだと実感するのだった。

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