第38話:エピローグ

 さあ、王様。選択を、と言いかけたところで、シャムロックが咆哮を上げた。


 ビリビリと体の芯まで響く咆哮に、皆が地べたに突っ伏したところで威嚇だと理解した。立っているのは、エヴァンとアルヴィーナ、それと意外なことに国王であるバルタだけだった。


 シンファエルはスカイの口に半身を突っ込んだまま、スカイもろともひっくり返っていた。侯爵令嬢に至っては泡を吹き、色々下から漏れていたので、こっそり洗浄魔法をかけて薬草畑に寝かせておいた。


『我は1000年を生きる緑竜である!お前達のような小賢しい人間どもに干渉する気は一切なかったが、森の民と地の民の血を引く者が現れたからには、その守護となるのは当然の事!我はそのエヴァンと血の契約を交わした者!逆らうものがあれば排除する!』


 血の契約!?契約はしたが、血は一滴も流していないよ!?


『血の契約とは、お前達の言う魔力契約のことだ、馬鹿者。人間の汚らわしい血をもらって我が喜ぶわけなかろう』


 あ、そう。魔力のことね。


 俺と意識を繋げた者にしか、念話することができなかったはずのシャムロックが、全員にそう伝えた。気を失うものも多数いたが、魔導士や騎士達は低頭に慄き震え上がった。王様に関しては、一人畑の真ん中で突っ立っているが、あれは。青ざめた顔が白く変わっているところを見ると、立ったまま気を失っているか、下手したら心臓も止まっているかもしれないな。


『ここにいるエヴァンとそのつがいであるアルヴィーナは、これから瘴気を殲滅させる義務がある。これは天命だ。この見窄らしい土地から、そのようなものが生まれでたことを誇りに思うが良い!国を立て直すが良い!だが王は要らぬ!なぜなら人間全ての王となるのは、ここにいるエヴァンとアルヴィーナ、そしてその血筋のものだからだ!逆らうものには神罰が落ちると心せよ!』


 えっ?ちょっと待って!?番とか人前で言わないでくれる!?

 天命?瘴気殲滅の義務?

 人間全ての王って、何それ!?

 神罰って、はあ!?


「色々聞いてないよ!?」

『やかましいわ。お前は黙っておれ』


 あれっ?俺、君の主人だよね?


『我が言葉は魂の言葉。この世界におる全ての人間に届いておる。もしもその言葉が聞けぬ、わからぬと言うのであれば会いに来るが良い。だがその時は命はないものと考えよ。森の主と地の主を怒らせると言うことは、この地上で生きてはいけぬと言うことを身をもって知るが良い』


 ちょっと!?なに言ってんの?怖いよ!?大軍が攻めてきたらシャムロックなんとかしてくれんだよね!?


『と言うわけだ。我らは森に帰る。行くぞ、エヴァン。アルヴィーナ』


 ええっ!?言いたいことだけ言ってずらかろうって魂胆?いいのか!?みんなそれで納得するの!?


「わ、私も行きますよ!竜様!アルヴィーナ様にはメイドがいなければ!」


 瞳をキラキラさせたサリーが、両手を胸元で組んで見上げていた。おう。この場に及んで強いな、お前。流石の緑竜もちょっと引いている。


『う、うむ。ではそこの羽虫も来るが良い』

「ハイっ!ありがとうございます!行きましょう!エヴァン様!アルヴィーナ様!」


 え、羽虫呼ばわりされても笑顔で頷くサリーって。この中で一番心臓に毛が生えているの、実はサリーだったりする?嬉々としてシャムロックによじ登ろうとするあたり、もしかしてドラゴンに乗りたいだけ?



「ちょっと待て!エヴァンを連れて行くことはこの私が許さないゾッ!」


 振り向くと、ようやくスカイの嘴の中から這い出てきたヨダレでベロベロのシンファエルが、仁王立ちしていた。


「エヴァンは私のものだ!」


 げっ。まだおかしいのか、こいつは。


『この唇で愛の言葉を紡いで、誰かにキスをしたのかしら……??エヴァンを私にちょうだい?』


 アルヴィーナが幽体離脱中に入り込んできたおかしな思念。あの時は、アルヴィーナにぶん殴られて有耶無耶にしてしまったけど、こいつには文句の一つも言ってなかった。


 シンファエルが一歩前に出た。スカイがグルルと威嚇の声をあげる。


 いや、俺が近づいてるんじゃないから。君のご主人が俺に近づいてるんだよ?嫉妬するのはお門違いだよ?俺が威嚇したいんだけど?


「そう…。私はいつもいつも、無条件で受け入れられているアルヴィーナが気に入らなかった。お前が婚約者になって以来、誰も彼もがアルヴィーナが、アルヴィーナがと褒め称えて、私がどれだけ頑張っても受け入れられることはなかった。母上もアルヴィーナだけを可愛がり、私が何をしても気にも止めなかった」


 皆が顔を上げ、シンファエルを見つめる。それなりに思い当たることもあるのだろう、困惑した視線が混じる。


「だから、それならば私は何もせず、全部アルヴィーナに任せればいいと思った。エヴァンが、私の側近になるまでは。エヴァンだけは、私を見捨てなかった。どれほど異臭を放っていても馬鹿な行動をとっても、笑顔で近づいて家族のように接してくれた。父上ですら向けなかった笑顔と愛情を注いでくれた」


 いや、愛情は注いでねえよ。


 悪臭には自分でも気づいていたんだね?6年にも渡る反抗って、実は結構我慢強いのか?別の方向で反抗心を燃やして欲しかったな。


 王子の家庭環境は、実はアルヴィーナとよく似ていた。寂しさから暴走して止められずにいたわけだ。全く伯爵夫妻も国王夫妻も一体何してたんだよ。親の責任くらい果たしてくれ。


「だから、エヴァンが近くにいるなら私も努力をしようとした。頑張って頑張って、エヴァンに呆れられないようにと努力をした。人のために何かをしようと思ったのは、これが初めてだったんだ」

「その前に、自分自身のために努力して欲しかったです」

「誰も私を認めようとしないのに、どうやって頑張れると思うんだ!そもそもアルヴィーナが有能すぎたんだ!伯父上は女の一人も守れないで、どうやって国を守るんだと私に問うた。だから私が守れる女を探したんだ!それがセレナだった。セレナは私を好いてくれる唯一の女だから!私はセレナを守ると決めた!」


 いつの間にかセレナ嬢も起き上がり、シンファエルの横で瞳をうるうるさせている。そっか。魅了にやられたわけではなかったんだ。愛は世界を救ったんだね?いやあ、よかったよかった。


 誤解から闇魔法ばら撒かれたら、俺対処できないからね。これからもうまく手綱を握ってくれよ。


 えっと言うことは、それはそれで丸く収まったと言うことなんじゃ?


「それは、よござんした。おめでとうございます」

「だが!」


 まだあるんかい。


「私にはエヴァンの愛も必要なのだ!」

「てめえに捧げる愛はねえ!」


 速攻で拒否した言葉に、王子は愕然とした瞳を向けてくるが、申し訳ない。


 はっきり言おう。王子に捧げる愛はない。


「私は宰相殿から押し付けられた役目を務めただけですから」

「そ、そんな、そんなはずはないだろう!毎朝あんなに優しく起こしにきてくれたくせにっ」

「誤解のある言い方はやめてください!規則正しい生活をさせるために必要であるからやっていただけのことですよ。これからはセレナ嬢にお願いしてください」


 ね?とセレナ嬢を見ると、顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。緑竜が言ったように彼女からは闇の魔力はもう感じられない。きっと、おそらく、本当に浄化されたのだと信じたい。アルヴィーナを見ると、俺の言いたいことを読み取ったかのように頷いた。


『綺麗さっぱり浄化したから大丈夫。ボンクラも浄化したはずなんだけど…』


「殿下。確かにあなたの両親は親としての役割を果たさず、人に任せきりであなたに見向きもせず、子供を政治の駒として使うような役立たずのボンクラだったとは思います。ですが、自分の置かれた環境を嘆く前に自分自身に目を向け、知識をつけるべきでした。知識を身につけ、自身を守る術を見つけていれば、周りに翻弄されることもなく自分を愛すこともできたでしょう。勉強は大切です。学ぶことで自分の可能性を広げ、人脈を増やし、知識を豊富にし、果ては自身に返って来る物なのです。それをうっかり手放して、只ひたすら嘆き6年も反抗していたあなたは、やはりボンクラです。


 私は、出来不出来は別にして、努力を怠る人間は嫌いです。努力をせず甘い汁を吸おうとする人間は、得てして悪知恵だけは働き、他者を貶め自身を讃えます。私はそんな人間を幾度となく潰してきました。私は博愛主義者ではないし、善人でもありません。欲しい欲しいと駄々をこねる子供にいつまでも甘い顔はしないのです。私は、これまでと見切った人間に甘くはありません。殿下は、どちら側の人間になりたいのでしょう」


 シンファエルは俺を見つめながら、必死に考えているようだった。下手なことを言えば、ドツボにハマると本能でわかったのだろう。


「ど、努力は、怠らない」

「良い覚悟です」

「……私は、エヴァンが……。エヴァンを、手に入れることはできないのか」

「そうですね。私は私自身のものなので」

「では、どうすればいい。私はお前を無くしたくない」

「……友人枠、でしたら空きがあります」

「友人…」

「ええ。たまに会って遊んだり、悩み事を聞いたり、お互いに助け合える存在です」

「友人、か。いいな。では、私を友人に」

「ああ、その前に」


 そうそう簡単に俺の友人枠は譲れないんだよ。覚悟してね?


「私が作ったトレーニング、こなして下さいね。それから学園にもきっちり通うこと。ずっとサボっていたんで、多分一学年からやり直した方がいいでしょうね。成人までに卒業目指して下さい。そのためにはセレナ嬢、あなたも付き合ってあげて下さい。殿下の手となり足となり、人格を磨くお手伝いをお願いします」

「はっ、はい!頑張りますわ!」

「それから、スカイとの愛情も深めてあげて下さい。スカイはちょっと殿下を誤解しているところもありますから、セレナ嬢とスカイの関係も改善を。王宮はもう瓦礫の山で住めそうもありませんから、セレナ嬢のご実家に転がり込んではどうでしょう?元はと言えばフィンデックス侯爵夫人が引き起こした事件でもありますからね、責任は取ってもらいましょう」


 王子は指折り数えながら、復唱していく。すでに汗だくって、そんなに必死にならないと覚えられないことか?こりゃまだまだ時間がかかりそうだ。あとで紙に書いておこうか。


「殿下。これから月に一度、様子を見に伺いますから、自分磨きに励んでください。もし侯爵家からの仕事がなければ、それなりの仕事にも斡旋しますよ?家族を持つと言うことは、簡単ではないのです。頭が悪ければ仕事がありません。仕事がなければ金もない。金がなければ、贅沢もできず、美味しいものも手に入らないのです。ですが」


 俺はそこで会話を区切り、アルヴィーナの手を取った。


「愛があれば、大抵のことは乗り越えられますよ。きっと」


 言いたいことを言い切った俺は、スッキリとして笑顔を見せた。アルヴィーナが真っ赤になって俺の胸に頭を預け「恥ずかしいから、もう行こう」と小声で囁く。


「では皆様もお元気で」


 俺とアルヴィーナ、サリーはシャムロックの背に乗り、あっという間に天に舞い上がった。





 その後、世界中から革命軍だの、改革派だのが出張ってきて、各国との仲が緊張する場面も見られたけど、概ねうまく収まった。と言うのも、俺とアルヴィーナが隣国ににげた宰相を探し出し、責任を問い詰めたせいもある。なんとあの人、自分がカレンティエ様と結婚するのが嫌だからと弟に王座を渡し、自分はちゃっかり恋愛結婚をして、隣国でこっそり子供を二人も作っていたのだから。


 それをネタにして、帝国へ出戻ったカレンティエ様に告げ口するぞと言ったら、うまいこと収めてくれた。カレンティエ様は、帝国に戻って兄上(現帝国王)に泣きつき、夫に騙されていたと嘘をついた。まあ、自分から離縁して戻ってきたとあっては、帝国にとっても負い目を持つことになるからね。でも嘘をつくなら、ちゃんと外堀も埋めておくべきだったでしょ。


 帝国軍がよくもうちの妹を馬鹿にしたな!と攻め込んできたが、バルタ息子シンファエルを熨斗をつけてお返ししますと言ったら、回れ右をして帰っていったが、その途中で災害に遭って皆行方不明になったらしい。スカイとセレナ嬢、何もしていないよね?


 今のところ、シンファエルとセレナ嬢とスカイは仲良く暮らしているようだ。たまに侯爵領にが村を作ったと噂も聞くが、悪さはしていないようなので放置している。


 そして数年のうちにザール王国は帝国からも独立し、シャムロック民主共和国に変わった。色々な周辺国が攻め込んできたが、豊穣の加護を亡くし数ヶ月で大人しくなった。共和国の国々も順調に増えて来ている。いつか世界で一つの国家ということもあり得るのだろうか。


 あ、そうそう、ザール国が消えたことで貴族制度ももちろん廃止になり、それぞれの領土から責任者が任出された。ほとんどが元々の貴族領主だったが、威張り散らしていた貴族は暴動が起きた際に消えていき、新たな責任者が人選された。


 ハイベック領では、親父様と奥様が騒いでいたが、例の俺に押し付けようとしていた婚約者の大富豪に拉致されて、こちらも行方不明になった。そこのお嬢さんは未だかつてお会いしていない。マジで、メイドたち何もしてないよね?影で誰か動いてたりしないよね!?


 そんなこともあって、ヴァンこと元サリヴァン・ハイベック、廃嫡されたアルヴィーナの兄が人選され、ハイベック領の代表者になった。


 領民曰く、貴族からど貧民に落ちてたにも関わらず、平民として真面目に働いてきた男だと認められたからである。苦も楽も知っていて打たれ強いと、政治にも生かされやすい。まずまずの人選というところだ。それを見たフィンデックス侯爵夫人は何かを感じたのか、今の旦那と仲良くし始めたという。若い頃の容姿なんて、そんなものだよね。


 俺の生みの親たちは相変わらず、鍛冶屋を営んでいるが、最近は鍋やお玉だけでなく、冒険者用の武器や防具も扱っているという。たまに大きな酒樽を持って我が家にやってきては、シャムロックと大騒ぎをしている。


 孤独で退屈で死にそうだったシャムロックは、もっと早く人間界に降りて来ればよかったと愚痴っているが、概ね楽しそうに飛び回っている。


 民主化されて以来、商業の場は以前よりもずっと広がった。様々な情報が飛び交い、まとまった金が動き始めると、当然悪人も出て来るというのが人の性。あまりに悪どいことをすると、土地神シャムロックの祟りがあると恐れられているが、小競り合いや護衛のために騎士ではなく冒険者業が盛んになったのだ。以前の騎士や魔導士はそれぞれの道を選び、冒険者や教師、魔道具師など事業を広げているらしい。


 王宮勤めの騎士と魔導士は、アルヴィーナに誓いをするほど傾倒していたため、ハイベック領で雇う事にした。そのせいもあってかハイベック領はどこよりも繁栄し、首都に認定されている。


 俺とアルヴィーナ?


 相も変わらず飛び回り、瘴気を見つけては浄化して、シャムロックの気に入った場所は聖地にしてを繰り返しているが、ハイベック領の森でサリー、メリー、ローリィと共に静かに暮らしてーー。


「エヴァーーーン!オリビアがまた逃げ出したわ!捕まえてー!」

「とーしゃま!オリィも一緒に行くー!シャムに乗る〜!」


 あー。そうそう。子供が3人生まれました。なんと三つ子だぜ。驚いた。坊主が二人と娘が一人。俺も父ちゃんだから、がっつり働かないとね。


 静かに暮らせるのはまだまだ先かな。





 END



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最後までお付き合いいただきありがとうございました。楽しんでいただけたら幸いです。

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ボンクラ王子の側近を任されました 里見 知美 @Maocat

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