第20話:セレナの言い訳

 わたくしは、セレナ・フィンデックス。こう見えてもザール国の侯爵令嬢です。


 幼い頃からお母様に厳しい淑女教育を施され、必ずや玉の輿を狙うように言われて参りました。母は若い頃に婚約者がいたのですが、その方が男爵令嬢と浮気をしてお母様を蔑ろにしたそうなのです。ですが、その男爵令嬢は実は某国のスパイだとかで随分話題に上り、悪い意味で時の人になりました。


 結局元婚約者は廃嫡となり、国外追放を言い渡され姿を消しました。そのせいでお母様は婿養子を再び選ばなければならず、しかしその頃には高位貴族の子息は全て婚約済み、結局余っていた子爵家の三男だったお父様を婿養子に迎える羽目になったそうです。


 わたくしは、お父様にそっくりに生まれ、背は低く前歯が大きく、焦茶色の髪をしており、赤毛のお母様のお眼鏡には叶いませんでした。お父様は春ウサギのようで可愛いと溺愛してくれますが、お母様曰く、元婚約者の方はそれはそれは見目麗しく、その方によく似た金髪碧眼の美しい子供ができることを夢見ていたそうなのです。


 こう言ってはなんですが、お母様もものすごく美しいと言うわけではありませんし、お父様に至ってはまるで樽に頭を乗せたような方。赤毛で琥珀色の瞳のお母様と、焦茶の髪と緑の瞳のお父様との間に金髪碧眼は無理でしょう?


 わたくしにそれを求めること自体間違っているとは思うのですが、そんな口をうっかり滑らそうものなら、わたくし家を追い出されてしまうかもしれません。


 せっかく高位貴族として生まれてきたのだから、せめて位くらいは格上を狙いなさいと言われ、6歳の時に王家のお茶会に招かれたのを機に「王子妃の座を狙うのよ」とお母様は王妃様にわたくしを売りました。王妃様はぞくりとするような目で私の値踏みをし、「特技を身につけたら考えても良いわ」とおっしゃられました。


 特技とはなんぞや、と考えていたところお母様が侯爵家の十八番でもある闇魔法を学び、魅了を覚えなさいと詰め寄ったのです。わたくしに使える魔法は当時、水魔法のみ。お母様はどこかの薬師や魔女に頼み、わたくしに魅了魔法を覚えさせました。おかしな薬をたくさん飲まされ、わたくしはどんどんわたくしでは無くなっていったのです。わたくしの魔力は変色し、魔力路を傷つけ、そこから闇魔法が使えるようになりました。身体中が痛くて病気がちになったのもその頃です。


 ですが王子の婚約者はアルヴィーナ伯爵令嬢に決まったと発表があった時、お母様が狂ったように髪をかきむしり叫びました。


「またしてもハイベック伯爵が!私の邪魔をするというの!」


 お父様が、実はお母様の元婚約者は、廃嫡されたハイベック伯爵家の長男の方だったと教えてくれました。それはそれはハンサムな方で、さまざまな女性を虜にしたのですが、お母様がその方の婚約者の座を手にした時はそれはもう大喜びだったそうです。ですが先に述べたようにどこぞの国のスパイであった男爵令嬢と浮気をし、国を巻き込むほどの醜聞を立てたのだそうです。


 男爵令嬢はどうやら魅了使いだったようで、高位貴族の令息が皆揃って廃嫡になり、次男坊が次々と家を継いでいったため、お母様は代わりの婚約者をすぐさま見つけることができず、結局子爵家三男のお父様が婿養子に入ったとのことでした。


「だから、お母様は私に魅了魔法を覚えろとおっしゃったのですね」


 でもそれでは、わたくしがその男爵令嬢と同じような悪女になってしまいませんか?自分の娘を男爵令嬢と同じ目に合わせるつもりなのでしょうか。


「セレナは王子様を落とすだけだから問題はないのよ。一人くらい虜にできるでしょう!?なにも何人も侍らせろとは言っていないのだから!」


 一人くらいは、って一国の王子を捕まえて無茶苦茶なことを言うお母様でしたが、逆らうのも怖く、わたくしは頑張って魅了を使えるように努力をしました。そして学園に入る頃には、ほんのりと魅了魔法が使えるようになったのです。


 とはいえ、わたくしは人の婚約者様に手を出すなんて大それた事はできませんから、ちょっと生足を見せるだけで優位に立たせてもらったり、ちょっと先生に接吻をしてテストの答えを教えてもらったり、ちょっと胸を触らせて成績を上げてもらったり。


 本当にずるをして、魅了魔法の練度を上げていきました。


 本当に魅了がかかっているのかはわかりませんでしたが、ちょっと肌を見せるだけでホイホイと私の言うがままになる男子生徒や先生を見ると、やはり魅了がかかっていたのだと思います。


 そして魅了の練習をしていたところで、シンファエル王子殿下と二人きりになる機会があり、わたくしはその美しいそのお姿にすっかり虜になってしまったのです。お父様とよく似たでっぷりとしたお腹周りとか、緑色のねっとりした髪とか、乱れた制服の胸元から覗く男らしい胸毛とか、皆が遠巻きにする王子様に、私はフラフラと近寄っていきました。強烈な匂いが鼻をつき、涙がこぼれそうになるのを瞬きを繰り返すことで回避して、ちょっとだけ水魔法を使って嗅覚を鈍らせましたが、慣れてくるとあの匂いが堪らなく体を疼かせることに気がついたのです。


 調べてみると、野生動物のフェロモンの匂いなのではないかと結論を導き出しました。男性的な力強い匂いというのでしょうか。きっと他の令嬢はまだまだ男性というものを知らないのだと思います。わたくしは闇魔法を使いますから、ダークな香りに惹かれるのかもしれません。


 そしてある日の図書室で、あろうことか王子様がわたくしを見初めて「美しいチョコレート色の髪の毛色と、甘い蜂蜜のような瞳だね」なんて仰るから、つい興奮して魅了魔法を放出してしまったのです。魔力孔は大全開してあっという間に王子様を包んでしまいました。流石のわたくしも桃色吐息になった王子様を見て大失敗をしたと焦ったのですが、図書室の隅に連れ込まれあれやこれや、誰にも触らせたことのない箇所まで曝け出してしまいました。意外に大胆で体位にも詳しいところがまた素敵で、翻弄されてしまいました。


 ですが肝心なところで、先生やその他の生徒に見つかって大騒ぎになりました。運の悪いことに婚約者であるアルヴィーナ様までその場面を目撃してしまって、わたくしの逃げ場は無くなりました。


 お父様は涙を流して懺悔を繰り返していましたが、お母様はニヤリと笑って好機を逃すなとわたくしを励ましました。


 噂のほとぼりが覚めた頃、内密に王宮へ連れてこられ隙を見て王子を手込めにしろと言われたのです。


「ハイベック伯爵令嬢は婚約破棄をしたがっているのだから丁度いいのよ。奪っておしまい!」


 お母様はまるで稀代の悪女のようですが、これもハイベック伯爵の元ご子息に募る自身の恨みを晴らそうとわたくしを使うつもりなのでしょう。お父様は婿養子の立場で妻に文句すら言えないと嘆いていましたが、わたくしも実はチャンスがあるのなら奪い取ってしまいたいと思っていました。


 だって、あんなに素敵な方ですのに、アルヴィーナ様ったら全くつれない態度なんですもの。王子様が可哀想ですわ。わたくしならきっと、愛し愛される関係になれるのに。


 そして王宮に忍び込みチャンスを窺うこと、三日。ようやく王子様が一人修練場で佇んでいるのを見つけました。ええ、わたくし庭園に潜んで雑草やら薬草やらを食べ、夜露を飲んで王宮に潜んでおりましたのよ。これも学校のサバイバル実習の賜物です。そそくさと服を脱ぎ、フード付きのローブを魔導師団の更衣室から拝借して裸の体の上から纏い、ジャジャーンと登場しましたわ。


 王子様は感激して私を見つめ、駆け寄ったかと思うとあっという間に食べられてしまいました。


 あの方は、そんな動物的行為ですらも素晴らしかったですわ。途中でアクロバット的な体位を望まれたのはちょっと苦痛でしたが、それも快楽の波には逆らえず、言われるがまま、されるがまま。これでもかと言うほど貪られて、骨までしゃぶられるかと思うほどでした。少し痩せたかもしれません。このまま朽ち果ててしまっても構わないとすら思い、気を失うまで王子様に愛され、目を覚ますとわたくしはベッドに横たわっていたのです。




◇◇◇





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