第7話:綺麗なものが好きなくせに、全然綺麗好きじゃない王子の矛盾
「さあ、まずは服を脱ぎましょうか」
数日後、俺は宰相と書面のやりとりをし、王子をアルヴィーナの好みの男に仕上げることをメインとして、1年以内に騎士と魔導士の中から
そもそも俺は26歳で
その上で、再教育に必要な処置に国王をはじめ王妃も宰相も口出しをしないことを前提とし、一年で形にならなければ、俺にできることはないとして手を引く。
いわば「手の施しようがありません」と見放すことになるため、その後の処分は王家に任せることにする。
宰相は廃嫡も考えていると言っていたが、この国大丈夫なんでしょうかね?
そして俺は王家の秘密は他言しないこと、私利私欲で王子を教育しない事、週に一回の報告をすることなど魔法契約を結んだ。
魔法契約は神聖魔法契約と同様に破れば罰則がつきまとう絶対契約になる。神聖魔法は神殿を通し婚姻や家の取り決めなどに使うのに対し、魔法契約は個人の取り決めに使われる。今回の件については、国王と王妃、宰相を相手に俺個人が結んだ契約である。一年以内に形なれば、俺が望むものを望むことができるというものだ。国はあげないよ、と念を押されたが、そんなもんいるかってーの。
一週間の謹慎を受けた
扉の手前で護衛をしていた騎士達もグゥッとうなり顔を背ける。
く…くせえ。
アルヴィーナのいう通り、この男の体臭は絶対いただけない。アンモニア臭とそれを誤魔化すための香水が、風呂嫌いな王子の体臭と混ざり合って吐きそうになる。
あ、騎士の一人が廊下にあった飾り壺に吐いた。
もう一人は魂が抜けたような顔になってそっぽを向いている。
うん、わかる。貰いゲロするタイプなのね。
この体臭は、ほとんど毒ガスである。
俺は
ふう。
よくまあ、これに寄ってくる女がいたモンだ。侯爵家の例の令嬢の鼻はどうなってるんだ?ほんとにこの体を受け入れたのか?おかしな侯爵令嬢用の特訓とかあるのか?もしかして。
伯爵領にある
ともかく、この部屋には自動浄化システムでも作るか。
まずは綺麗なものが好きなくせに、全然綺麗好きじゃない王子の矛盾をまずは直さねば。
俺を見て後ずさる王子に、俺はますます笑顔を貼り付けた。
逃げてんじゃねぇよ。俺だっててめえのヌードなんか見たかねえけど、仕方ねえんだよ。
「さ、とっとと脱いでください」
俺はずいっと一歩、部屋に足を踏み入れた。
「な、なぜだ」
「臭いからです」
「く、臭い、だと?わ、私は王子だぞ!?」
「ええ。王子であろうとも臭いものは臭いんです。どれだけ風呂に入ってないんですか?そのうち股間にハエが湧きますよ」
「ハエ!?」
「ええ、あいつらは垢とか排泄物とか大好きですからね。その辺を食料にして下手したら大事なソコも食われちゃうかもしれませんネェ。妙に魔物化して巨大な蝿になったらどうします?」
青ざめた王子は、大慌てで素っ裸になった。
冗談なんだが、知識の浅い王子は本気に取ったようだった。
ひとまず上半身だけでよかったんだが、まあいっか。
いやそれにしても汚ねえ。パンツも見たくねえ。
王子の体はマダラ状に垢がこびりつき、元の肌の色も定かではない。伯爵領に昔あった貧民街の大人でもこんなのは見たことがなかった。おそらくたまにゴシゴシ垢を落として、でも完全に落とさないからマダラになっていったんだと思う。カビとか生えてんじゃないだろうか。ゴブリンも逃げ出す汚さだな、おい。
王城から感染症発生とかなったら、笑えない冗談だ。
これは持ってきたヘチマタワシでも一度の洗浄じゃ厳しいかもしれない。下手したら皮膚ごと削げ落ちるかもしれねえ。
「よくもまあ、ソコまで垢をためましたね。皮膚病と、病原菌の検査もするべきですが……。ひとまず私のもってきたヘチマタワシでも無理そうなんで《洗浄》」
「ウヒィ!!?」
仕方なく、洗浄魔法をかける。
洗浄魔法は完全に汚れが落ちるわけではなく、プレウォッシュと呼ぶもので、本格洗いの前の水洗いみたいなものだ。 こびりついた汚れを浮かせるだけの役割を果たす。
元々こいつに魔法は使うつもりはなかった。
なんたってものぐさ王子だからな。いつでもクリーンで清潔にできるならばそうしろと言って絶対風呂に入らないだろうから。
人間魔法だけに頼ってはやはり健康に良くないのだ。自分で自分を磨くという基本的なことから教え込まなければ。
「な、何をしたのだ?何かが体をまさぐったぞ!?」
「まさぐってません。少し汚れをはたいたようなものです。さて、ここでは絨毯も汚れてしまいますから外に出ましょうか。ちょうど天気も良いですし」
「わ、私は素っ裸なんだぞ!何をさせる気だ!恥をかかせようというのではないだろうな!」
「もう既に赤っ恥かいてますからね、殿下。今更ですよ」
下半身丸出しのとこ、アルヴィーナを含む女生徒と先生にバッチリみられたでしょうが。
それに16歳という若さで、なんだその弛んだ腹は。下の毛も茂りすぎてモノが見えねぇじゃねえか。あ、小さいだけか。しかも、ケツもニキビだらけときた。汚ねぇ。
俺はツカツカと部屋に入り、王子の傍を通り過ぎてバルコニーの扉を開けた。ちょっと寒いが清々しくてちょうどいい。空気の入れ替えもしていなかったのだろうこの部屋は、窓を開けたと同時に埃が舞った。
「殿下。この部屋の掃除は?」
「この数週間、誰もきていないからな」
「なるほど。これでは病気になってしまいますよ。さ、誰も見てませんからバルコニーに出てください」
「ま、待て。せめて服を……」
「そんな汚い服はとっとと燃やしてしまいましょう《滅却》。さあ、早く」
脱いだ服を拾い上げようとした王子よりも早く、俺は風魔法で
「う、うむぅ…」
王子は一瞬目を開いて固まったが、仕方なくもじもじしながらもバルコニーに出た。
それを確認して、俺は部屋に殺菌と抗菌の魔法を施し清掃魔法をかけた。
埃っぽかった部屋が一瞬で明るくなり、レモンの香りが漂う。
ついでにゲロった騎士も清浄し、壺の中身も綺麗に取り払った。廊下にゲロの匂いが充満したら二次災害が起きるかもしれないからね。
王子の部屋は開けた中庭に面していて、目立たずには近づけない場所にある。
隠れられるような大きな木もなければ、背の高い藪もない。見渡す限り芝生だ。
ま、特にこの悪臭に近寄るものは皆無だろうけどな。暗殺目当てで来て、逆に自分が毒攻撃を喰らうことになりかねない。
太陽の光を浴びると、王子が実は金髪だったのだということがわかった。
くすんでオイルでべったりして緑色っぽい色に変色しているが。藻が生えてるのだろうか。それとも苔か…。
想像すらしたくなくて、俺はもってきた新製品(お試し用)ドライシャンプーを王子の頭から振りかけた。
「ぶわっ!?こ、これはなんだ!?」
「これは我が領地で開発した水のいらない洗剤です。アロールートと魔蝶の鱗粉からできていて人体に悪影響はなく油成分を抑えるんです」
「あ、アロールート?それはなんだ?」
「植物ですよ。ともかく頭をゴシゴシしてください」
「わ、私が自分で?」
「
「む…」
令嬢ならいざ知らず、お前男だろう。何?副音声が聞こえる?気のせいだ。
「できないなら私が洗って差し上げますが?」
俺はワイバーンの皮でできた手袋をつけ、にっこり微笑んだ。
ワイバーンの皮は伸縮性があり防水、防カビ、耐火熱性に富み殺菌作用もある。色合いは禍々しい赤だが、毒性はなく、職人が好んで身につける。鍛冶屋の実父も愛用していたため俺にとっては見慣れたものだった。
だが、
「じ、自分でできる……」
「そうですか。では私の真似をしてください」
実際のところあの頭は触りたくなかったので、俺もほっとして自分の頭に10本の指を立て、デモンストレーションしてみせた。指の腹で頭皮をマッサージするようにドライシャンプーを揉み込んでいくと、本来の髪の色が徐々に現れ、代わりに油分を吸った洗剤が固まり、ボロボロと床に落ちていく。自分の足元に落ちる洗剤に目を丸くしながら王子は無言で頭を揉みほぐしていった。
思ったより頑張っている。
実は1分もたたずに腕が疲れたとか言って諦めるかと思ったのだが、痒いところに手が届いて気持ちがいいのかな。ちょっと鼻歌混じりなのが……音痴か。
しかしこの王子、実は素直な良い子な気がする。この国の王族もさては
5分もしないうちに王子の金髪は蘇り、艶々のサラサラに変わった。うん、プラチナブロンドだったんだね。ちなみに俺のはキャラメルブロンドというらしい。
「おお…!頭が軽いぞ」
「よござんした」
地面に落ちた洗剤に混じってぴんぴんと弾けるシラミがいるようだったので、俺は魔法で瞬間凝縮し滅却した後、さりげなく風魔法で飛ばした。
「では、頭が軽くなったところで次は体を磨きましょう」
「そうか。ではやってくれ」
「てめえでやるんだよ」
「え?」
「失礼しました。こちらもご自身でやってみましょうか」
危ない危ない。つい本音が漏れてしまった。
アルヴィーナはこれと6年も向かい合っていたのか。流石は俺のアルヴィーナだ。
俺はしれっとした顔でヘチマタワシを手渡した。端を両手で持って左右に交互に引っ張れば、一人でも背中をゴシゴシできる優れものだ。
ちなみにこのヘチマ、植物魔物の一種で瓜状の実は、1メートルを超える。小動物くらいなら食ってしまう肉食植物だ。伯爵領の瘴気の森の川原に生えていた原生林で、現在は危険
もともとこの森は魔物が多く出没するせいもあって、手付かずになっていたのだが、俺がちょくちょく手入れをするようになって環境が変わってきている。自生している植物は肉食系が多いのだが、毒抜きをすれば美味しく食べられるし、薬の原材料も多い。ヘチマに限って言えば、サラマンダー区域(地底湖)に持って行き、そこで半日も乾かすと繊維だけが残るため、織物にしてタオルを作ったのだ。余分な角質を取り除いてくれるため、肌がすべすべになる。
「これは、なんだ?」
「これは瓜系の植物の繊維を乾かしたもので、体磨きに使います。乾布摩擦と言って、水を使わず毎朝ゴシゴシと体を擦れば、アラ不思議。肌が活性化され、若々しくツルツルなお肌に仕上がるのです。王妃様もお使いですがご存知ありませんか?」
「母上も?」
「はい。こちらのヘチマには魔蝶卵の粉がついてますから、ムダ毛も落としてくれます。隅々までしっかり磨いてください。股間と尻は特に念を入れてもらいましょう」
「なるほど…」
ケツの穴付近も本当は自分でやって欲しいんだが、ヘチマが腐るかも知れないな…。ミニスライムで汚物だけ食ってもらおうかな。親指大なら皮膚や肉まで食い破らないだろうし。あ、でも中に入られたら死ぬな。やめておこう。
俺はシャツを脱ぎ、手本を見せようとヘチマを両手に持った。
「お。お前…」
王子は顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせる。
おい。おかしな反応するなよ。まさか両方いけるクチのやつか?
「何か?」
「い、いや。その。その体躯はどうやって作ったのだ?」
「体躯、ですか?」
自分の体を見下ろせば、確かに贅肉はついていない。つける暇などないからだ。
伯爵家で任された俺の仕事は多い。毎日3食ゆっくり食べる時間もないせいで、栄養素の高いものを手早く摂取する簡易食品を持ち歩くほどだし、魔法と剣術でかなりのカロリーを消費する。いちおうトレーニングは怠らないので、筋肉もほどよくつけている。
「王子も筋肉をつけたいと?」
「そ、それは。まあ。実は、その…そう、私は筋肉がつかないタチでな…」
嘘こけや。怠けてるからだろうが。
だけど、ちょうどいい。やる気があるのならそれだけでこの勝負は半分もらったようなもの。
「途中でやめないとお約束いただけるなら、伝授しますよ?」
◇◇◇
それから毎朝、バルコニーでせっせと乾布摩擦をする王子の姿があった。
もちろん魔力契約もしてもらったので、サボると癖にならない程度の電撃が体に走る。
風に靡く金髪もお気に召したようで、鏡の前に立っては己の髪を撫でているらしい。
ちょっと変な方向に走りそうだが、まあ美しいものを愛でる癖があるとは聞いてるし大丈夫だと思う……多分。
自分に優しくない人は、他人に優しくできないという。
これは自分に甘いというのとは違う。だらしがない人間は自分に甘い人間だ。
我慢して目標を達成しようと努力する人間は、自分に優しい人だと俺は思う。我慢して物事を成し遂げた達成感は、『よくやった』と自分自身が褒めることが出来る、何よりの褒美だ。
自分に甘い人間は我慢をせず、諦める。目の前の楽を手にしてしまう。その後に広がるのは『後悔』と『虚無感』で、自分自身でダメージを与えるのだ。自信をなくし、「どうせ俺なんか」と自虐する。
ボンクラはどう考えてもこの後者の方に類いされる。だから、ここから直していかなければ。
俺は毎朝6時出勤し、部屋の清浄をかける。目覚めがいいように柑橘系の香りもたす。
王子には規則性を持たせる為、毎朝起きたら自分でカーテンを開け、コップ一杯の水を飲むように言いつけた。そして乾布摩擦を始め、支度を整える。
その後、俺と庭の散歩をしてから俺が作った朝食を食べる。メインは食物繊維の高い野菜と、ナッツやシード類だ。ジュースではなく水を飲む。
王宮の侍従に聞いてみると、普段は朝からチョコレートケーキやらステーキやらを食べることもあれば、パンケーキやパスタも食べることがあるという。昼も肉食で夜もたっぷり穀類を食べるらしい。間食は甘い物が好きで、デザートも必ず食べる。
炭水化物と糖分の取りすぎだろう!
食生活の改善も必要不可欠だった。
筋肉の前にまずは体臭をなんとかしなければならない。
この体臭も口臭も足の臭さも、おそらく食生活を改善すれば解消される。もちろん風呂も必要だが。
怠け者の王子のことだ。初日からいきなり筋力トレーニングなどしたら、三日ももたないだろうから、乾布摩擦で新陳代謝を高め、食事を変え、王都での俺の仕事に付き合っていただくことにした。
アルヴィーナの再教育と同じで、遊びながら学ぼうという魂胆だ。
あの時はまだ五歳だったけどな。
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