第34話 体育祭 5
「次の走者の人たちは準備をして下さーい!」
係の生徒の声が届き、俺はスタート地点へと足を運ばせる。
現在、前から黄チーム。そして、接戦を繰り広げているのが我が赤チーム。少し距離を離して白と緑チームが争っていた。
さて、ここからどれだけ差を広めないようにするかだが……。
三走者目であるクール系イケメンからバトンを受け取り、ついに俺の番となった。
バトンの受け渡しも嫌になる程やったおかげか綺麗に繋がった。
まずは、前に言われた通り姿勢を低くし、徐々に体を上げていく。
視界が開けると、このたった約二秒でも黄色チームである男子生徒とはかなり差がついていたことに気づく。
「...くっ」
アドレナリンが脳から溢れ出しているせいか疲労はちっとも感じない。けれど、思った以上に距離は縮まらず、どんどんと突き放されていく。
気づけばレースも中盤、後ろからはドスドスと二つの足音が近づいてくる。やばい。このままだと白と緑にも抜かれそうだ。
なんとか必死に前へと足を動かすが、現実はそう上手くはいかない。ついに白と緑にも抜かれ最下位に。
瞬間、ため息を吐く生徒もちらほら。
「しっかりしろー!!!」
「一生懸命やれ!!」
勝てそうな流れを台無しにされそうで、味方チームからはヤジが飛び始める。
うっせぇな。言われなくても一生懸命やってんだよアホが。
差はぐんぐん広がる一方。どうにかしないとそろそろ逆転も難しくなってくる頃だ。
……やはり、だめか。
自分なりに精いっぱいの事はしたが、ここまでなのか……。
すると、その時だった。
「湊せんぱいいいいいいいい!!!!!!! がんばれぇええええええ!!!!」
遠くからでもしっかり分かった。神代だ。声のする方へ目だけ移動させると、小さな体でこれでもかと何人分もの声援を送ってくれている。
周りはもう完全に諦めムード。俺でさえも少し諦めかけているの中で、彼女はバカみたいに応援してくれている。
きっと一位になるような青春ドラマはここにはない。彼女もそれは承知の上だろう。でも、完全アウェーの中、一人応援してくれているのだ。
『周りがブーイングの嵐でも私はちゃんと応援しますよ!』
ふっ。ほんとにブーイングの中応援してやんの。
……ここで終わるわけにはいかない。
ダサくてもいい、カッコ悪くてもいい。
でも、彼女の前だけではカッコつけていたい。
「ッーーー!!!!!」
きっと限界を迎えているだろう足にさらにギアをかける。
前へ前へ。
もっと。もっと。
もっともっともっともっと!!!!!!!
もう自分でもどこを走っているのか分からないほど集中していた。
少し我に返ったのは視界の隅に、海斗が映った時だった。あと十メートルあるかないか。よく見ると、海斗の横にまだ一人白のアンカーが残っている。
……ということはっ! 予想通り、前には白色のハチマキをしている生徒が。
抜かせるッ!
最後の力を振り絞って腕を動かし、足を上げ、前の走者を捕えるような勢いで駆け抜ける。
「いけええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
さっきの声を耳にした時、ついに俺は白の生徒を一歩分追い抜かした。
そして、その勢いのまま海斗の手にねじ込むようにバトンを預ける。
「後は任せて」
相変わらずの爽やかな顔で一言言った後、海斗は走り出す。
朦朧とする意識の中、俺はレーンから離れ、その場に座り込んだ。
***
「空ってこんな青かったんだな……なんて。ふへへ」
グラウンドからは離れた木陰の下で地面に寝そべり、スポコン漫画で言いそうなセリフを言うごっこをする俺。我ながら相変わらずキモイ。
あの後、競技が終わると全身の筋肉がキュウッと引っ張られるような感覚を感じ、俺はノロノロとその場を後にし、休憩していた。
「それにしても……ほんとに一位取っちまうとはな……」
三位で俺が海斗にバトンを渡した後、海斗は周りの生徒をごぼう抜き。結果、一位でゴールし、生徒を沸かせた。やっぱりあいつすげえな。少し引くわ。
遠くでは三年生のリレーが行われている。最後の種目というだけあって、やはり盛り上がっているようで、声援はこちらまで届いてくる。
絶対来年は出たくねぇ……って考えていると、視界に広がる青い空ににょきっと見知った顔が。
「お疲れ様です。湊先輩。これご褒美です」
「ちべた」
そう言っておでこにひんやりとした缶ジュースが置かれた。
起き上がると同時におでこから転がるジュースをキャッチする。
神代は俺の横に座り、俺と同じ缶ジュースをプシュッと開けていた。
俺も神代に軽く礼を言い、一口口をつける。甘い味わいが口いっぱいに広がり、口元が緩んだような気がした。
「何とか乗り切りましたね。私がえらいえらいしてあげましょうか?」
「いらないし……。幼稚園の運動会か」
相変わらずいたずらっぽく笑う神代。
「三年生の競技は見なくても良いのか? これで勝敗決まるんだろ?」
「そうですけど……。別に私、あまり勝敗とかどうでも良いですし……。それに……湊先輩とお話したかったですし」
「ほ、ほう……」
そう言われると少し照れるな……。いや、違う。これは別にただ単に暇だから話したかったとかだろう。発言に意味を探ろうとしてしまうのは悪い癖だな。
「……先輩」
「なんだ」
いきなり呼ばれ、俺は振り向く。
「私はカッコイイと思いましたよ。先輩の一生懸命な姿」
「……そうか。……神代も応援ありがとな。正直かなり助かった」
「あ、聞こえてたんですか」
「あんなに大きい声で聞こえない方が可笑しい」
「そ、そんなにですか? 私、その……あのとき夢中だったので……」
お互いどこか恥ずかしくなったのか、それからは静かな時間が流れた。
肌に心地良い風が吹き、その風が木々の葉をカサカサと音を立てさせる。
向こうではパンパンとピストルが鳴り、勝敗が決まったのだろう。歓声や拍手は鳴りやまなく聞こえる。
それとは対照的に静かなこの空間は世界から切り取られた二人だけの世界のような気がした。
***
「こんなところにいたのか湊。あ、神代さんも」
リレーも終わり、そろそろ閉会式ということで動こうとした矢先、海斗が俺らを見つけてやって来た。
「取りあえず……お疲れ。練習の成果が出たようで僕も嬉しいよ」
「予想通り足引っ張っちまったけどな」
「ううん、最初は平均タイムにいくことも難しかったのに、運動部ばかりのあのリレーで差が開かなかったのは凄いよ。練習を見てきた僕だから分かる」
「そ、そうか……」
まっすぐ目を見て褒められてしまい、思わず動揺してしまう。
「湊先輩~何照れてるんですか~」
「て……照れてないわ!」
ニヤニヤ神代が笑っていると、海斗もクスクスと釣られて笑う。
「それでどうだろう? この後、打ち上げでもしないかい?」
「打ち上げ!! 良いですね!! しましょうよ湊先輩!!」
キラキラと目を輝かせる神代。まぁ、正直俺も今回の体育祭はかなり頑張ったし、少しははっちゃけてもいいだろう。
「俺んとこのカフェ、今日休みらしいから場所貸せるぞ」
「助かるよ。じゃあ、終わり次第、湊のカフェに集合だね。ってその前に閉会式だったね。詳しいことはその後で決めようか」
「そうだな」
そう言い俺達は缶ジュースを近くのごみ箱に捨てた後、その場を後にしたのだった。
***
『もちろん湊を手助けしたいと思ったのは本当だけど……その……今回はちょっと下心も入ってるし』
閉会式のためグラウンドへ向かいながら、前で楽しそうに話す神代と海斗。そんな中、俺はさっきの海斗の言葉が引っかかっていた。
あの時はバタバタしていたが、あれはどういう意味だったんだろうか。
……もしかして、海斗は神代のことが……? もしや、神代と近づくために今回……。
すると、こちらへ駆けてくる一人の女子が。
「真鳳~体育祭お疲れ……げっ」
神代に声をかけたのは百瀬だ。同じ赤いハチマキをしていて今日は髪を括っている。だが、気になるのはその表情だ。
「百瀬さんんんんんん!!!!!!」
すると、近くにいた海斗がピューっと百瀬の方へ走り出した。
「今から体育祭の打ち上げするんだけれど一緒にどう!? 来るよね!? 絶対来るよね!? 場所は最近百瀬さんが行きつけのカフェだよ! ほら、神代さんも来るし!」
「……んー? 何で私がよく行ってるカフェがばれてるのかなぁー。私、言った覚えないんだけどー」
めちゃくちゃ笑顔の百瀬だが、セリフに一種の殺意を感じるような冷たさがあった。
どうやらこの二人、知り合いのようだ。
それにしてもこの海斗の代わり様に俺と神代は口をポカンと開けてしまっていた。
そんなことお構いなしに海斗は話を続ける。
「それは僕が日々、リサーチしているからで……はぁはぁ……百瀬さん今日も綺麗だね……」
「ふふっ……このストーカー野郎が♡」
「がはっ」
そう言うや否や、百瀬は海斗の溝にぐっと突きを入れた。途端に海斗もぐたりと倒れる。
「ほら行こ真鳳っ。そんな奴ほっといて」
「ええぇ!? 大丈夫なの!?」
「……あはは、大丈夫大丈夫。いつものことだよ」
ボロボロの海斗が気を遣わせまいと笑顔で答えた。
スタスタとその場を後にしようとする百瀬に神代は少しオドオドした後、
『ええと……先輩、後は任せました!』と、言い残しその場を後にしていった。
まさか……こいつにこんな一面があったとは……。
「お前が言ってた下心ってこういうことか」
「ふふ……失望した……かい?」
「いや、逆に好感持てたわ。人間っぽいところもあるんだなお前。ほら、立てるか」
今回、百瀬が出入りしているカフェでバイトをしている俺や友達の神代と接点を持ちたかったってわけか……。でも、不思議と憎めないんだよな。
それもきっと海斗が根は良いやつってわかっているからだ。
きっかけはどうであれ、理由がそれだけなら練習に付き合うまではしないだろう。
ちょっと……いや、かなりリサーチが度を過ぎている気はするが。犯罪とか犯すなよ? ほんと。
「でもまぁ……」
「ん? どうしたんだい」
「いや、なんでもない」
横に倒れている海斗に肩を貸し、何とか立たせながら少しホッとしている自分がいた。
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