第16話 テスト期間

「ありがとうございました~」

「先輩、すっかり体調良くなりましたね」


 お客さんを見送り、レジにお金を閉まっていると、スキップしながら神代がやってきた。


「そうだな。まぁ、少し体調崩しただけだし。寝てたら朝には治ったわ」

「ほんっと、これで花火行けないとかなってたら、用意していた浴衣が台無しになるところでしたよっ。全く心配させないでください!」

「悪い悪い」


 めちゃめちゃ楽しむ気満々だなおい。……まぁ、でもたまには羽目を外してもいいだろう。夏はそんな気分にさせてくれる。


「それにしても浴衣か……。俺もそろそろ押し入れから出さないとなぁ……」

「え、先輩も浴衣着るんですか!?」

「え、着ちゃダメなの」

「いえいえいえいえいえいえいえ! 全然オッケーです! 全然ウエルカムです! ……えへへ」


 なぜかニヤニヤしている神代に違和感を感じていると、ふとレジの横に置いてある小さいカレンダーが視界に入った。


「そういえば明日から期末試験だが……神代は大丈夫なのか?」

「ふっふっふ! 舐めないで下さいよ! 大丈夫なわけないじゃないですか!!」

「いや、それ偉そうに言うことじゃないからね!?」


 相変わらずのちょいムカつくどや顔を決める神代。

 全くその自信はどこから出てくるんだ一体。

 普通にシフト入ってるからそこら辺はちゃんと調整してるのかと……。


「まぁ、赤点を取っちゃったとしても、提出課題とかこなせば何とかなるじゃないですか~! 余裕です! 余裕!」


 ……まぁ、確かにそうだ。間違いではない。

 大戸高校が設定している赤点のラインは四十点。

 しかし、これを超えることが出来なくても、提出課題などの救済処置である程度は下駄を履かしてくれる。

 だが、大戸高校もそこそこの進学校だ。そう甘くはない。


「神代……盛り上がってるとこ悪いんだが……あの制度のこと忘れてない?」

「へ?」


 きょとんとする神代。こりゃ本当に忘れているようだな……。

 俺は言葉を続ける。


「中間で赤点何か取ったか?」

「まぁ……取りましたけれど」

「何の教科だ?」

「数学Aですね。私、どうも数学とは昔から反りが合わなくてですね……」

「神代、今回また数学Aを赤点取ってしまったら……補講だ」


 大戸高校では原則、中間と期末二回連続で赤点を取った者は休日に行われる補講に参加しなければならない。


「そして、数学などの理系の補講日は日曜日。つまり……」


 分かりやすくみるみる神代の顔が青ざめていく。


「花火大会の日だ」

「」


 思わず言葉を失い、頭を抱える神代。


「どどどどどどど……どうしましょ! 先輩いいいいいいいいいい!!!!」

「いや、勉強するしかないだろ」

「そんなの無茶です!」

「ほんと……コツコツやらないからこーゆーことになるんだぞ」

「そ、そういう先輩だってどうなんですか! どうせ赤点の一つや二つくらい……」

「いや、ないけど。普通に学年上位の方だけど」

「裏切者!!!」

「仲間になった覚えねーっつーの」


 ふと時計の方へ視線をやる。時刻は午後八時前。

 かなり体力的にもきついだろうが……。


「ま、まだ朝まで時間はある。帰ってから本気出せば何とかなるだろう」

「ほ、本当ですか……? 絶対いけますか? 私、先輩を信じますよ? 良いんですね?」

「……多分」

「あ! 保険かけた! 今、先輩保険かけましたね!? やっぱり先輩もいけるとおもってないじゃああああんん!!」

「だってあと数時間だからな……。もう詰め込めるだけ詰め込め。じゃあ……健闘を祈る」


 上りの時間のため、エプロンを外しながらその場を後にしようとすると、急に腕をぐっと掴まれた。


「逃がしませんよ先輩。こうなったら先輩も道連れです」

「マジかおい」

「うぅ……お願いしますううううう!!! 勉強教えてくださいいいい!!」


 涙目になりながら神代は袖をグイグイと引っ張る。

 ……いや、子どもかっ!


「みなとぜんばいいいいいい!!!!!!」

「……ああ、もう! 分かった! 分かったから! 教えるから、頑張って赤点回避しろよ!?」


 途端ぱあぁっと顔が明るくなる神代。


「ほ、ほんとですか!? やっぱり先輩最高! 先輩しか勝たん!」

「全く……今日だけだぞ? 次は知らないからな?」

「分かってますって~」


 うん、これ絶対分かってないわ。

 だけどまぁ、先日神代に世話になった借りもあるし、今日ぐらいは俺も協力するとするか……。

 

「先輩今日は寝かしませんよ~! 覚悟しててくださいね~!」

「誤解を生む言い方は止めろ」


 やれやれとため息を吐く。

 ほんっと前からコツコツしておいた自分を褒めてあげたい。

 さて、どのようにして勉強を教えるかだな……。

 本当、もう少し早ければ近くのファミレスとかファーストフード店が使えたんだが……。

 仕方ない。夜通しテレビ電話で……


「じゃ、今から私ので今日は勉強合宿ですね! はい! 先輩もほら……えいえいおー!」

「はいはい、えいえいおー……」


 ふと我に返る。


「……今、なんつった?」

「えいえいおー!」

「いや、その前!」

「今から私ので今日は勉強合宿ですね!」

「……」


 はぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!?????

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