ひき逃げ?!
岩田へいきち
ひき逃げ?!
ぼくは、焦っていた。
サッカースクールが始まる夕方6時迄は、あと10分だ。グラウンドに行くには、ここから田舎道を6分はかかる。
何、信号が赤に。
しようがない、信号無視などサッカーを指導する立場上出来ない。ここは一旦、落ち着こう。止まろう。
なんだ、なんだ?
交差点を人が転がってる。車が横切り行き過ぎる……
ひき逃げか?
やばい、サッカーに行けない。
ぼくは、交差点手前の路肩に止めて慌てて車を降りた。ひき逃げされた人は、大丈夫か?
あれ、どこ行った?
「きやー!! 助けて殺される」 若い女性の悲痛な声が響く。
なんなんだ、何が起こってる?
やっぱりサッカーは無理か。
交差点を過ぎたところに車を止めて戻って来た運転手にひき逃げされた、いやひかれた男性が襲いかかっている。
やばい、強そうなロン毛の男性だ。本当に殺されしまうのか? 運転手の奥さんと思える女性が脇で叫んでいたようだ。奥さんの前で運転手が今にも倒されようとしている。その石段に頭を打ったら死んでしまう。
助けなければ。ひき逃げ、いや、ひかれた人よ、殺人犯になってはいけない。
ぼくは、慌てて道路を渡り、二人の間に割って入った。
やばいよ、殺しちゃいけない。
ひかれた人は、何かウガウガと言って更に運転手に手を伸ばしてくる。
だめだって。
ぼくは必死だった。
今度は運転手が 「ごめんなさい、早く帰らないと子どもが死ぬー」
と嘘とも本当とも分からないことを叫んでる。しかし、髪クルクルでロン毛の体格のいいこの男性は、そんな言い訳なんて聞かず、相変わらずウガウガ言いながら更に運転手に掴みかかろうとぼくを押してくる。ぼくも必死でこらえる。
だめだよ、手を出しちゃ、あなたは被害者だ。
と口に出していうほどの余裕はなく、ぼくは、とにかく必死で抑えた。
ようやく少し男性が落ち着き始めた頃、やっと分かった。
そうなんだ、この強そうな男性は、口がきけないんだ。おそらく耳も聞こえてないに違いない。
手で電話の合図をしている。
警察を呼んでくれと言っているようだ。
そして、やっと、男性が落ち着いた。
ふう、良かった。誰も死んでない。
ぼくは、顔を上げて周りに目を向けた。
驚いた。半径5mぐらいで大勢の人がぼくらをとり囲んで見ている。まるでテレビでも見ているようなシーンだ。
なんだよ、そんなにたくさんいたんなら何で一緒に止めてくれないんだよ。
彼ら大勢には、ぼくらが三人で喧嘩しているように見えたのか?
誰かが近くの交番のお巡りさんを呼んで来たらしく、ひかれた人と運転手とその奥さんを交番の方へ連れて行った。
良かった、サッカー行ける。
ひかれた彼は喋れないがなんとか説明するだろう。
彼の怒りには、伝わらないことへのイライラも有ったような気がする。交番なら筆談も出来るでしょう。
これは全くのぼくの想像だが、子どもが病気で死にそうにしてる夫婦が前を走る男性の車を煽って、遂に追い越した。交差点の信号で止まった時、男性は前の車の運転手に文句を言おうと運転席側の窓にしがみついた。何を言ってるか分からず、この体格のいい男性に殺されるかもと思った夫婦は逃げようと車を走らせた。手を離さなかった男性は、引きずられ交差点で転がった。かな?
ひき逃げされた、いや、引きずられた彼よ、ごめんなさい。上手く説明出来ましたか? ぼくはサッカーで、交番までは行けませんでした。今度会ったら手話で本当の事情を教えてください。
あなたの『警察に電話して』って合図、通じたよ。
終わり
ひき逃げ?! 岩田へいきち @iwatahei
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