第34話 くっつきたいの

「宣戦布告? なんだそりゃ」


 いきなり変なことを言い出す柚に俺は聞き返す。なんだ? 喧嘩でもするのか?


「まだナイショって言ったでしょ?」

「はいはい。じゃあ気が向いた時にでも話してくれ。まったく……気になるような言い方しやがって」

「ん〜? 気になる? 気になっちゃう?」


 そう言いながら柚が俺の目の前まで来て、下から覗き込んで煽るように言ってくる。コノヤロウ。


「そりゃそうだろうが」

「そっか。なら……ずっと気にして。そしてずっと私の事考えていて」

「…………柚?」

「私はずっと──」


 な、なんだ? いきなり真剣な目で何を言ってくる気だ?

 俺はそのまま言葉の続きを待つ。

 だけど柚は一向に口を開かない。


「お、おい」

「ん……なんでもない。あ、結に伝言頼んでいい? 【今夜、部屋に行くね】って。じゃあ私はちょっと買い物あるからまたね!」

「あ、おい!」


 俺が呼び止める声も聞かずに走り出す柚。


「ひゃあっ!」


 その途中で水溜まりに足を突っ込んでいた。


「ちゃんと足元見ろよ〜」

「う、うるしゃい!」


 あ、噛んだ。いったい何を焦ってるんだか……。

 帰ろ。


 ◇◇◇


「ただいま〜」

「あ! おかえりなさい、晃太さん」


 玄関に入るとすぐ、胸元が開いたワンピースの上にエプロン姿の結が出迎えてくれた。

 香澄が来た事は……まぁ、言わなくてもいいか。それよりも柚の伝言だな。


「結、なんかあとで柚が来るってさ」

「お姉ちゃんが? どうしたんですかね」

「俺にもわかんね。なんか宣戦布告とか言ってたけど……」


 と、俺がそこまで言ったところで結の顔が少し曇る。


「宣戦布告……ですか。わかりました。じゃあその前に夕飯にしませんか? もうすぐ出来るので」


 結はそう言って自分の部屋のキッキンへと歩いていった。

 なんかいつもと違うな。いつもならもっとくっついてこようとするのに。いや、いいんだけども。


 そのあと、食事の最中も結の様子はどこか変だった。心ここに在らずって感じで、俺が何かを言っても上の空。白身フライにかけていたタルタルソースが胸元にこぼれても気付いてない様子で、そのまま谷間へと落ちていった時にやっと気付いていた。

 ただ、普通に胸元に手を突っ込んで拭くのは俺の目の前ではやめてくれ。目の毒だ。


 と、そこで結の玄関からチャイムの音。


「柚か?」

「だと思います」


 結が一度箸を置いて玄関まで行って鍵を開けると、予想通り柚が入ってきた。


「おじゃましま〜すっと。あ、夕飯中だった?」

「ん〜ん、もう片付けるところだったから大丈夫だよ。ちょっと待ってて」

「あ、うん」


 柚はそう言って上着を脱ぐと、腰を下ろす。

 ──俺の隣に。


「……柚?」

「どしたの?」

「お、お姉ちゃん? ちょっと晃太さんに近いんじゃない?」

「え? そう?」


 そう? じゃないが? 近いっていうか、くっついてるよな? 足とか腕とか。胸は……うん、大丈夫だ。


「そっか……。お姉ちゃん、それが宣戦布告って事でいいのかな?」

「……そうよ。私だって好きな人にはくっつきたいもの。誰だってそうでしょ?」


 まぁ確かに……ってちょっと待て。

 柚、お前……今なんて!?

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用務員さんへの想いを拗らせているのは幼馴染な元カノでした あゆう @kujiayuu

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