番外編 男女友情モノ習作(3)

 メクチェートとローリエは、ほとんど真っ暗な夜道を灯りの魔法で照らしながら、メクチェートの住まいである宿屋へ辿り着いた。


 ローリエはメクチェートの部屋に入ると、バトルピンヒールの、赤と緑のサンダルブーツを脱いだ。そして、両手を広げて念じると、彼女が着ていた鎧は光となって霧散し、下に履く真っ黒でぴっちりと体に密着したレギンス状のパンツと、上に着用する同じ素材のブラジャー風の下着のみの姿となった。


 メクチェートも、速やかにパジャマ姿に着替えた。


「今日はもう寝ましょう」


 メクチェートがベッドに腰かけてローリエに呼びかける。


 ローリエは、床にあぐらをかいて、爪に赤と緑のペディキュアが交互に塗り分けられた足を自らの鼻に近づけ、自分の足の裏の臭いを嗅いでいた。


「あっ、また足の臭い嗅いでる!」


 メクチェートが呆れたように言う。ローリエは、外から帰ってきた後など、何かにつけてこうして足の臭いを気にする。そして、メクチェートもその臭いを嗅がされる。


「クサッ! 足くっさっ! ずっと外歩いてたから、いつにも増して蒸れてる」


 ローリエが臭いを嗅ぎながら言う。


 彼女の足の臭いは、その美しさとは裏腹に尋常ならざるものだ。既に、窓を締めきっているこの部屋の中にも、うっすらと足の臭いが充満している。


「確かに。もうここからでも分かります」


「マジで? ちょっと確認してみて」


 来た。


 メクチェートの鼓動が緊張で若干高鳴る。過去、まだそれほど慣れていない頃、ローリエに頼まれて足の臭いを間近で嗅いだ結果、失神したことがあり、彼女の心を傷つけたことがあるからだ。


「はい」


 メクチェートは、固唾を飲んで身を引き締め、床に座り込んでローリエと同じ目線になった。ローリエはあぐらを解いて、脚をこちらに伸ばしてくる。


「今日はヤバいから、気をつけてね」


「はい」


 メクチェートは、ローリエの足首を両手でつかみ、自分の鼻に近づけて、臭いを少し嗅いでみた。


 メクチェートが年老いて死ぬまで明確に記憶に残っていそうな程の、凄まじい足の臭いが鼻孔を突く。しかし、どんなものにも慣れるもので、気分は悪くはならない。


「どう? いつもと比べて」


「はい。かなりキツイですね」


 メクチェートが感想を述べると、ローリエはもう片方の足の裏を突き出してきた。メクチェートは足を持ち変えて、そちらの足の裏にも鼻の頭を近づける。


「フフ……」


 ローリエは少し楽しそうに笑いながら、メクチェートの鼻先で、足の指を全開に開いたり、閉じたりを繰り返した。


「どう? 臭いでしょう?」


 臭いを嗅ぐと、彼女の言う通り、凄まじいまでの足の悪臭が押し寄せてくる。いつもまるで日課のように足の臭いを嗅がされるメクチェートだが、この足の臭いに耐えられている理由は、ひとえに『ローリエの臭いだから』という一点に尽きる。


「はい。寝る前にちょっと香水つけて拭いた方がいいかもしれませんね」


「ホントに美しくないわよね。この、美の結晶とも言えるローリエが、実はこんな足クサ女だなんて」


 そう言いながらローリエは、脱いだサンダルブーツや、足にはめていた指輪の臭いを一心不乱に嗅いでいた。


 ローリエは、どんなに足を清潔に保ち、丁寧に足のケアをしても改善されないこの臭いにずっと悩まされてきた一方で、自分の足の臭いを嗅ぐ癖がつき、すっかり病みつきになっているようだった。嫌悪しつつも、うっとりとした表情で嗅いでいることもあった。


「メク、足を舐めて」


 ローリエがおもむろに言った。足の裏の臭いを嗅ぐメクチェートを、冷たい恍惚の笑顔で見ながら。


「……いや、それはやめておきます」


 メクチェートは一瞬だけ考え、目の前の景色いっぱいに広がる足の裏から目線をそらした。


「何でよ。もう私もあなたも、変態なのは互いにばれてんのよ」


「本当に私とローリエ殿が付き合うことになったとしたら、いいですけど」


 実質的にどのような関係であれ、まだお互いに合意の下で男女の関係になっていないのだから、あまり肉体的に触れ合うようなことはするべきではないとメクチェートは思っていた。


「嫌よ。私はあなたと付き合う気はないの。もうそういうのには飽きてんのよ」


 ローリエは、異性との友情関係が成立しないことを常々嘆いている。男に足の裏を舐めさせるような友人関係を望んでいるのだろうか。


「だったら駄目です。私の中で足を舐めるのというのは恋人同士のことなんで」


 そう言って、メクチェートはローリエの足を床に置いた。


「嫌。メクに私の臭い足の裏舐めてほしいのよ」


 ローリエはメクチェートの顔に足の裏を押しつけた。


「駄目です」


 メクチェートはローリエの足の裏を優しい手つきで払いのけるが、ローリエは足の指先をメクチェートの鼻先や唇に押し当ててきた。


「じゃあもうお仕置きね」


「そんなあ。アレはやめて下さい」


「フフ……」


メクチェートが唇を結んで耐えていると、ローリエは再び人形のような冷たい笑みを見せ、足の指を鼻の下に何度もこすりつけてきた。メクチェートの鼻の穴に、ローリエの凄まじい足の臭いがいつまでもこびりつく。何をしても数日は取れない。


「これで顔を洗ってもお風呂に入っても臭い取れないわよ。ずっと私の臭いを堪能しながら生活してね」


「は、はい……」


 従うしかないメクチェート。


 ローリエは、足を引っ込めて、再び自分で臭いを嗅ぎだす。


「ローリエ殿、一週回って、完全に自分の足の臭いが好きになっちゃってますよね」


「これだけ臭いと、どうしても気になっちゃうでしょ」


「まあ、確かに。それは分かります」


 ローリエは、過去に足の臭いが原因で男にフラれた経験が二回あるという。男の方からローリエの美しさに惹かれて言い寄ってきて、いざ付き合い始めたら、足が臭いと言って男の方から別れを切り出したということだ。


 これだけ脅威的な臭さなら、嘘や作り話ではないのだろう。だが、メクチェートはそれで良かったのではと思っていた。足の臭い如きで別れ話を切り出すようなクズ男を事前に遠ざけることができるのだから、彼女にとっては幸いな話である。


「この前の会議のとき、ちょっと臭ってきたけど、メク分かった?」


「はい。分かりました」


「マジ?」


「実は会議の後、みんな『さっき足臭くなかった?』って言ってました」


「えーっ!? 私が犯人ってばれたかな?」


「いや、私かもしれないって言っときました」


「ありがとう」


 話しながら、メクチェートは香水を含ませた布でローリエの足の裏を拭いてやった。


 その後、メクチェートはローリエをベッドに寝かせ、自分は床で寝ようとしたが、ローリエはメクチェートの部屋なのだからメクチェートがベッドで寝ればいいと言ってきた。


 メクチェートは言われるままにベッドに入ったが、ローリエは出ていかなかった。


 ローリエは布団の中で体を密着させ、メクチェートの腕の花托かたくを指でいじったり、頭から生えた花を撫でたりした。


 メクチェートは、ローリエと男女の関係になる合意が取れない限りは、決して彼女に手を出さない。これまでもローリエは力ずくでメクチェートの唇に舌を入れようとしたり、肉体関係を結ぼうと迫ってきたが、メクチェートは抵抗してきた。


 ここまでのことになって何も起こらないという方が実際奇妙なのだが、メクチェートはこの線引きを頑なに死守した。結局この日も何も起こらず、二人は朝を迎えた。こんな状況でも、ローリエが横にいれば、メクチェートは男として興奮することなく、寧ろ心穏やかに、安らかに眠りにつくことができていた。


 翌日は二人とも非番だった。


 朝になっても鼻にこびりついたローリエの足の臭いは取れていなかった。数日は取れまい。


 ローリエは昼前まで寝た後、変身魔法の一種である化粧魔法を唱え一瞬にして化粧や髪のセットや鎧・アクセサリーが万全となった状態になった。


「足の臭いどうかな?」


 ローリエがまた足の臭いを嗅ぎ始め、メクチェートに足の裏を突きつけてきた。


 言われるままに嗅ぐと、昨日拭いた効果があったのか、幾分は和らいでいる。


「大分よくなりました」


「良かった。ただ、ときにはこの臭いが武器になるのよね。足の臭いで敵を倒すのは絵的に美しくないから認めたくないけど」


 ローリエが少し安心したような表情を作る(実際には人形のようにほとんど変わっていない)が、戦闘の際は、この足の臭いが強力な武器になることは否定できない。


 ローリエは今まで自分の戦闘能力以上に強力な悪霊を何体も倒しているが、実は一撃必殺の足の臭いで、悪霊達を屈服させたことが何度もあったのだ。


 これに関しては、ローリエ本人とメクチェートに加えて、隊長であるシュロンとの三人だけの秘密であった。




 その後、メクチェートは魔法都市・セタサーガにどんな足の臭いでも治療できるという足のスペシャリスト、通称『足臭ババア』がいるという話を聞きつけ、ローリエを足臭ババアの診療所に連れていこうとしたが、彼女は行くのを渋った。


「診てもらいましょうよ」


「嫌よ」


「どうして」


「……知ってるくせに」


「ああー……」


 メクチェートは言葉を詰まらせる。




◇◇◇




 ローリエは去年、開催された『ミス・セタサーガコンテスト』に出場した。メクチェートも応援しに会場まで足を運んだ。メクチェートも含めたその大会の観客達は出場者を見て驚愕した。参加者のほとんどが、いや、正確に言えば、23人中、ローリエも含めた22人がほぼ同じ顔、同じスタイルをしていたのである。


 ローリエと同じ、去年の流行だった人形のような顔立ち。不自然に切り開いた大きな目、高い鼻、微笑むように吊り上がった口角。


 ローリエと同じように豊胸した胸。


 ローリエと同じように骨を抜いてへこませた腹部。


 ローリエと同じように矯正魔法で成長させた、身長の五割五分から六割ぐらいは占めていそうな、異様に長い脚。


 数年前のコンテストからこの傾向はあったと聞いていたが、ここまで人造系美人が占めるのは初めてのようだった。皆、ローリエが赤と緑を交互に散りばめたファッションをしているように、奇抜なカラーリングを前面に押し出したファッションを採用することで、何とかして他の出場者との差別化を図ろうとしていた。


 結局、優勝したのは唯一、顔を直していなさそうな者だった。


 大会後、ローリエは自分が優勝できなかったことに憤慨した。


「何でよ! こんなの裏切りよ! 私のお父様が一番運営に賄賂送ったのに!」


 ローリエの父親はゼタサーガの有力な魔術士ギルドの重鎮であり、大会の開催者側に知人がおり、優勝できるように多額の賄賂を支払っていたのである。


 それは当然の流れだった。何しろミスコン候補が揃いも揃って同じ容姿、しかも揃いも揃って高名な上級貴族の家柄の娘ばかり。全く同一個性で甲乙のつけようがない。そうなると、如何に賄賂を払ったかのみが唯一の判断基準となっていく。


 結果、23名の内、唯一魔導整形手術の通院歴がない、唯一の平民階級、そして賄賂を運営に1Gギールドも渡さず、ローリエのように全身を彩る高価な宝石・アクセサリーは一切なし、ドレスや水着などの衣装も仕立屋からレンタルしたものだという者がミス・セタサーガの栄冠を勝ち取った。


 その出場者は、一次審査、二次審査が行われている間ローリエによって、「アハハハ! 何なのあの? 完全に噛ませ犬じゃない? おまけに平民でしょ? このローリエの美しさに勝てるわけないわ? 恥かく前に帰ったらどうかしら? メクもそう思って? おーっほっほっほ!」などといった具合に、影で散々馬鹿にされていた。メクチェートの前で陰口を言うだけで、さすがにその出場者を面罵したり、ステージ裏の楽屋で嫌がらせをしたりはしなかったが。実際、大会後に暴露されたことだが、その参加者に対してそういうことをした出場者は一部おり、陰湿な苛めがあったのだが、ローリエはそこには加わらなかった。かといって助けもしなかったが。


「ローリエ殿。あまりあのを侮らない方がいいですよ」


「何でよ? アイツの方が私より美しいっていうの?」


「いや、どちらが美しいかという話ではなく、ローリエ殿が目指す美しさとは別種の美しさを持っているということです」


 メクチェートは忠告していた。人の手によって生けられた花に美を見出す者もいれば、自然界に咲く花を美しいと思う者もいるのだ。


 結局、大会はローリエや他の出場者が侮っていたその娘の優勝で幕を閉じた。


ローリエは22人のその他大勢の人造美人の一人として埋もれてしまい、観客の印象には残らなかったのである。


「悔しいいいいっ! 何よこんな大会! こうなったら多額の賄賂を渡したのに勝てなかったって暴露の手紙を出版ギルドに送りつけてやる!」


「ローリエ殿。職場ではあなたは上司ですが、今はプライベートだし、人生の先輩として忠告しますが、それはやめときましょう」


「何でよ?」


「見苦しいです。潔く負けを認めましょう。美しくないですよ」


 メクチェートの言った「美しくない」の一言で、ローリエは冷静さを取り戻し、散々ぐちぐちとゴネた末、考えを改めて暴露の手紙を送るのをやめた。


 しかし、結局他の複数の出場者から、賄賂を送ったことを暴露する手紙が複数出版ギルドに寄せられ、更には優勝者への陰湿な妨害活動があったことも露見し、大きな問題になったのだった。


 結局、伝統あるミス・セタサーガの権威は地に落ち、今年から人造系美人参加禁止ルールの別の大会が開催されるに至り、人気はそちらに移ってしまった。


 ローリエが父親から聞いた話によると、今年もミス・セタサーガは開催されたが、とうとう参加者全員が人造美人顔となり、客席はガラガラ。優勝者も賄賂の額が一番高額だった者に予め決定していたということであり、とても見れたものではなかったという。


 それからというもの、ローリエはセタサーガに行くのを嫌がるようになったのであった。




◇◇◇




「私は確かにお人形さんになりたかったけど、同じ姿を見せつけられるのは嫌」


「でも、足の臭いは治った方がいいですよね」


「それに、恥ずかしいわよ。そんなところ行くの、足が臭いって認めてるようなもんじゃない」


「大丈夫です。私も一緒に行きます」


「もしそこに入るところを知り合いに見られたらどうするのよ」


「私も行くんですから、私の足が臭いってことにすればいいんです。ローリエ殿はただの付き添いだって」




 メクチェートの説得により、ローリエはセタサーガにある足臭ババアの診療所に赴いた。


 足臭ババアはローリエの足の裏を診断し、絶賛した。


「これほど丁寧に手入れされている綺麗な足の裏は見たことがない! 完璧じゃ! この臭いは本当に元々臭いだけで全く問題ないのじゃ! 根本的に素で臭いだけじゃ! 自然な臭いで健康そのものの皮膚なのじゃ! 大丈夫なのじゃ! 治療しようがないのじゃ!」


 ある意味それが一番たちが悪いのだが。


 メクチェートはそう思わずにはいられなかった。


 よかれと思って紹介した足臭ババアの診療所だったが、結局余計にローリエの心を傷つけるだけになってしまった。


 メクチェート以外に、唯一ローリエの足の真実を知るシュロンに至っては「もうその臭いを武器にしたらどうかしら?」などと言う始末であった。







 数ヶ月後――。




 メクチェートは、この前故郷に里帰りした際、地元で栽培されている薬草の一つ、『女神蓮めがみはす』をローリエへの土産に持ち帰ってきた。


 これをすり潰して足に塗れば、どんな臭い足も臭いが消えるのだ。メクチェートは、以前から実家に帰ったときに女神蓮を調合した薬を持ち帰ってくるとローリエに話していたのだ。


 メクチェートは平民だから貴族街にあるローリエの屋敷には行けない。だからローリエがメクチェートの下宿する宿屋に来る必要がある。


 メクチェートが帰ってきたら、既にローリエが部屋で待っていた。


「お帰りなさい!」


「只今戻りました!」


 メクチェートの部屋でローリエは、手鏡で自分の顔を眺めていた。


 ちなみに、ローリエの屋敷は貴族街でも有数の豪邸で、部屋中が大量の鏡で囲まれた専用の部屋があり、ローリエは全裸でその中央に立ち、全方位から自分の姿を映して自らの美しさを楽しむらしい。


 メクチェートは是非その光景をこの目で見たかった。辺り一面、360度全てが大量のローリエの全身像で埋め尽くされた光景。この世にそれ以上に美しい景色など、どこにも存在しないのではないか。メクチェートは冷静に、本気でそんな妄想を巡らしていた。ただ、あくまで自分はローリエの部下に過ぎず、男女関係にある恋人でも何でもないのだから、そんな光景を目に収める資格はないだろう。彼はそう思っていた。


 メクチェートが早速、ローリエの足の裏に女神蓮の薬を塗ろうと、薬の皿を彼女の足に近づけたら、途端に青々とした薬はまるで闇が侵食していくかのようにみるみると黒ずんでいき、グズグズに腐ってしまった。


 薬草が足の裏に直接触れる前に、空気を伝って臭いが侵食していき、臭いを吸収しきって腐ってしまったのだ。


「あっ」


「あっ」


 呆気に取られることしかできない二人。


「……あ、あの、今度また実家に戻ったとき、もっと強力な調合をしたやつ持ってきますので!」


「い、いいのよ……。私は、これからも全身整形無表情マネキン足臭女として、美しく生きていくから……」


 氷のような、固い冷たい笑みを浮かべながら、目を潤ませ涙を流すローリエ。


 セタサーガで手術をした代償に、人形のように表情の起伏に極めて乏しくなってしまったが、メクチェートには彼女の悲しみを感じることはできた。


 しかし、人としての喜怒哀楽の表情の変化をほぼ失ってしまうということが、どれだけ取り返しのつかぬことなのか。こういうときに、メクチェートは事の重大さを感じることを禁じ得ず、本当にローリエは自信が望んだ『人形』となって後悔していないのかと考えてしまう。


「私は、ローリエ殿の今の顔、美しいと思いますよ」


 せめてもの慰めの言葉をかける。


「量産型でも?」


「はい。それに私は、この顔のローリエ殿しか知りませんし」


「……なんかあんま心に響かないけど、とりあえずありがと」


「すみません」




 その後も、ローリエはメクチェートと共に任務に赴き、普通の戦法で敵を倒すこともありつつ、時には奥の手の足の臭いで敵を倒すこともあった。しかし、以前のように追い詰められたときの最後の手段として使うのではなく、寧ろ積極的に披露するようになっていった。


「さあ、醜き悪霊共! このローリエの美しき足の臭いを嗅ぎなさい! どう? 臭いでしょう!?」


 ローリエが自らの誇りであるバトルピンヒールのサンダルブーツを脱ぎ棄て、素足となって悪霊に足を突き出す。そして、風魔法を唱えて足の臭いを広範囲に拡散させた。


 その瞬間、幹部従者ですら手こずる、凶暴なSランクの悪霊達が次々と地面に倒れ、無力化していく。


「おおっ!」


 メクチェートは感嘆した。


 ローリエは高飛車に笑いながら、嬉々として悪霊に足の臭いを嗅がせ続ける。


 地獄のような思いを経て、バトルピンヒールを履きこなせるようになって美しく戦う力を得たのに、その戦闘スタイルをかなぐり捨て足の臭いを嗅がせる方が遥かに強力というのは皮肉という他ない。


「どう? ほら、いい匂いでしょう? もっと嗅いでいいのよ? アハッ」


 ローリエは足の裏を悪霊の鼻先に近づけ、駄目押しで悪霊をいたぶる。


 元々ローリエは自分の足の臭いを嗅ぐのが病みつきになっていた節があったが、女神蓮が腐ったあの一件以来、ローリエは少々エキセントリックな方向に舵を切ってしまい、美しさと足の臭いを同質化するなど美の価値観が倒錯していったのだが、彼女が前向きになれるのなら良いのではとメクチェートは思っていた。


「この臭いこそ、人形などではなく、生きているという証か……」


 メクチェートは小声でつぶやいた。


 今目の前に居る、まともに戦っては幹部従者達ですら手こずるか、あるいは勝てないかもしれないであろう、Sランク相当の悪霊が、ローリエの足のあまりの臭さに虫の息になっていた。


「私の足の裏の真実を知った者は生かしては返さない。今までも、これからも。さあ、メク! 鎮霊石ちんれいせきよ!」


「はい!」



<終>


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やるせなき脱力神番外編 男女友情モノ習作 伊達サクット @datesakutto

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