闇からの侵入者~ヤマタノオロチの風の吹いた町

@tnozu

第1話 埋もれていた白い管

薄い雲が高い空に流れていた。

乾いた秋風が、数知れぬ木の葉をのせて、木々の間を走っている。

時刻は、夕方の四時を過ぎたところだが、早くも陽の光は弱まっていた。

十月もなかばを過ぎ、その五百メートルにも満たない山は、冬に向かってゆっくりと色合いを変えていた。


「ほいっ…」

「よいしょ…」

その山の中腹にある荒れ果てた神社の境内で、十数人の男たちが汗を流して働いていた。服装は、ジャージや作業衣やらとばらばらだが、皆一様に「児童の街作り推進会」と書かれた青い腕章をはめている。


「さあ、もう一息です」

サドルのとれた自転車をトラックに積み込みながら、白髪頭を七三にわけた男が声を張った。

「校長の体力には、さすがのわしも負けますわい」

後ろで、引き出しの抜け落ちた机を引きずっている男が息を切らしながら言った。他の男たちは、汗を拭きながら顔を見合わせて笑った。


町外れの山にあるこの神社は、ほとんど人が訪れないこともあり、かっこうのゴミ捨て場となっていた。テレビや冷蔵庫などの電化製品はもとより、自転車やベッドなど、あらゆる粗大ゴミが、小山のように積み重なっていた。

モラルや法律の問題は別として、神聖な神社にゴミを捨てるなど、ひと昔前なら、人は激しくいさめたかもしれない。

『この罰当ばちあたり!』と。

だが現在、こと神聖さに関してははっきりしない。何故なら、ここにまつられていた神は、合祀ごうしといって、他の神社に引っ越ししてしまったからだ。戦争が終わってすぐ後のことというから、もう七十年以上も前のことになる


「管理できないからなど、人の身勝手さで神様を引っ越しさせてよいものか。いや、一度、やしろに宿った神はいなくなりはしないだろう…」

合祀の直後は、信心ぶかい年寄りが集まって、境内の草抜きや参道の手入れをしていたらしい。だが月日の流れとともに、そんな人々も減り、やがて誰もいなくなった。


もし何も起こらなかったら、今のひどい状況に、誰も手を入れようとはしなかったに違いない。何せ地元では、ゴミ神社とあだ名されながら、ずっと放っておかれたのだから。


だがつい先日、五才の男の子が、崩れてきた古ダンスに足を挟まれて骨折してしまった。恐らくゴミを捨てにきた親についてきて災難にあったのだろうが、親はそのことには触れもせず、「どうしてくれる!」と、役場の清掃課に怒鳴り込んだ。

しかし

「神様はいなくても、神社の敷地として登録されています。役場の仕事の管轄外です」

ということで、担当の職員は取り合おうともしなかった。

憤りが収まらない親は、町長室に駆け込み、町長のネクタイを締め上げて気を失わせるという、すったもんだの大騒ぎとなった。


『ゴミ神社で子どもが大怪我、責任は誰がとる!』

全国ニュースにも取り上げられたこの問題は、結局、地元の商店街の役員や学校関係者で組織されている[児童の街作り推進会]というボランティアグループに任されることになった。

それでさっそく日曜日に集まって、清掃作業を始めたのだ。


年配者の多いグループの面々である。商店街からのにぎり飯やお茶などの差し入れはたくさんあったが、朝からの働きづめで、皆、疲れ果てていた。

とはいえ、苦労の甲斐があって、最初は途方もない量に見えたゴミの山は、目に見えて減っていた。

町のゴミ収集場との間を、十回以上 往復していたトラックも、あと一、二度走れば、用は済むだろう。陽が落ちる前には、作業も一段落しそうな目度がついてきたところだった。


「おや?」

社の横で、サビだらけのロッカーを持ち上げた男が首をひねった。

赤土が剥きだした地面に、白い配水管のようなものが埋まっていた。人の胴よりも太いそれは、上にあったロッカーの朽ち方から察するに、放置されて、かなりの年月が経っているはずである。なのに、足を置いてみればしなやかで、押し返すような弾力があった。

「ちょっと、来てくれ」

男は、スコップを手にしている仲間を呼んだ。三人がやってきて、白い管にそって掘り込んでいった。


一メートル、三メートル…ずいぶん長さがあるようで、端はいっこうに現れない。手が空きだした他の人も、シャベルをもって手伝いはじめた。

「これでは、きりがない」

「とりあえず、部分的に切り出すか」

一人が、枝落とし用のノコギリをもってきた。ビニールかゴム管のようなので、木材より簡単に切れると思ったのだ。だが管は、ガラスの表面のようにすべる一方で、まったく刃が食い込まなかった。


「この素材はなんだ?」

「ちょいと、お待ち下さいよ」

先ほど校長と呼ばれた男が前に出て、首にかけていたタオルで管の表面の汚れを拭き取った。かなり念入りに見つめた後で、どこか遠くを見つめる目をして立ち上がった。まるで神懸かりな予言者のような雰囲気だ。のこぎりをもった男がれたようにうなった。


「校長、もったいぶらないで下さい」

「元は、理科を教えていた先生だ。すぐには結論を言わんのさ」

最初に見つけた人は、にやつきながらタバコに火をつけている。


「もったいぶっているわけではありません」

校長は集まった皆を見渡した。

「これは人工的なものではありません。よく見れば、細かい六角模様があります。しかも、一方向に進むために瓦屋根のように均一に並んでいる。のこぎりで切れない理由はわかりませんが、これはハ虫類。おそらく巨大な蛇の体表の一部と思われます」

「何だいそりゃ。最後に冗談をかますつもりですか」

一応、付き合いとばかりに男たちは笑ったが、校長の真剣な表情は変わらなかった。


「ということは、ここはわしの出番だ。可能ならわしが引き取りましょう」

出てきたのは蛇をかたどったロゴの入った帽子をかぶった男、両生類やハ虫類を専門に扱うペットショップの主人だった。

慣れた手つきで白い表面を撫でた後、その口から漏れたのは、舌の乾いた活舌の悪い言葉だった。

「こ、これまでに発見された最大の蛇は、胴まわり八十センチ余り、体長は八メートル前後のニシキヘビだった。だが、こいつときたら…」そのまま、むっつりと押し黙った。

皆は目玉を白黒させて顔を見合わせた。


時々、ニュースを賑わす愛好家の手元から逃げだしたニシキヘビというのなら納得できる。騒ぐこともできるし、理性をもって考えることもできる。だが、目の前にからだの一部をさらしている蛇の大きさは常識を超えていた。


「しかし、もしそいつが本当に蛇だとして、どうしたらいいですか」

今にも動きださないかと掠れた小声で質問が投げられた。

「幸いなことに、冬眠に入ったばかりのようで活動はしていないようです。ですが私たちにはどうしようもない。万が一にも目覚められたら、警察、いいや、自衛隊レベルの装備がなければ対処できないでしょう」

校長の言葉にペットショップの主人も頷いている。

「こいつは怪物だ。実際、人などで対処できるわけがない」

商売っ気など吹き飛んでしまったように、その表情はかたい。


「とにかく、連絡しましょう」

一人がスマートフォンを取り出した。

「くっ、自衛隊なんていったって番号がわからない。とりあえずは警察だ」

汚れた指で、三ケタの番号に触れた。静まり返った空間に流れる呼び出し音に、皆が耳を澄ましたその時だった。


背後で、ごろりと重い音が響いた。

見れば、境内の入り口に横倒しになっていた狛犬が斜めに立ち上がっていた。地中からの巨大な力に押し上げられている。同時に、山鳴りのように地面が震えだした。埋もれていた白い管が、周囲の土を砕きながら動き始めていた。十メートルを優に超える蛇の腹が、白い波のようにうねって現れ、男たちを囲んだ。

「神よ、お助けを!」だれかが叫んだ。


壊れてしまった狛犬の横に、米俵ほどの大きさの頭が持ち上がっていた。


「礼をいう。おまえたちは、わしを押さえつけていた重荷を取り払ってくれた」

巨大な口をぱっくりと開けて、それは話した。


…こちら警察、110番通報のご用件は…

地面に落ちたスマートフォンから、くぐもった声が空しく流れていた。

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