陽のあたる坂道

長月 有樹

第1話

 どうしようと高木は考えた。どうしようも無いなともゴンザレスは思った。けれどもどうにかしないとなと義則は思った。ちなみに今んとこ同一人物の感情。


 ヨシッと高木ゴンザレス義則は立ち上がった。と思うと両手で握ってるスマホの画面を眺めながら「ゴンゴン………」と呟く。彼の口癖だった。彼は基本、嬉しい時も「ゴンゴン!!!!!!」とか悲しい時も「ゴンゴン………(シュン)」とゴンゴンのみで感情表現ができた。主に自身のこゆい、表情豊かな顔のおかげもあるが。義則はもちろん日本語も喋れる。どっかの国のハーフではあるけれども。なので別にゴリラとのハーフとかそういった変化球な出来事も無い。ゴリラならゴンゴンではなくウホウホか。ゴンゴン。ウホウホ。ゴンゴン。ウホウホ。ゴンウホ!


 話がそれた。


 高木ゴンザレス義則はスマホを眺めていた。真剣な表情をして、思い悩んでいた。そしてパソコンの画面を眺めながら立ったり座ったり屈伸したりを屈伸していた。落ち着いてなかった。


 そして深呼吸をする。手頃な価格の座り心地の良い椅子に座る。そして真剣な顔でパソコンの画面に向き合う。

 

 カタカタと少し強めにキーボードを強く打鍵する。もすぐにそれは鳴りやむ。それからうーーんと強く伸びをする、体をだらりとさせ机に突っ伏す。

 

 物語を書いていた。小説を書こうとしていた。けど、全然進める事ができない。


 高木ゴンザレス義則は、基本何でもできた。何でも領域はかなり広かった。具体的には彼は彼の体内から溢れ出てるエナジー的なヤツをパワーの媒介にして、何か炎的なヤツを出せたりした。


 それで悪の組織みたいなもんから世界を救った。さらには何かどでかい隕石とかもすごーいジャンプしてすごーいパンチで砕いて世界を救ったりした。ゴンザレスはもうすんごい。もうすんごい人間であった。GongGong!!いえーい★。


 別にそういったもうすんごい異能バトル以外にも凄かった。メンサ会員だったり甲子園で三年連続優勝だったり。4番ショート。あととにかくモテた。こいつ……じゃなくて高木ゴンザレス義則はまぁとにかくモテた。憎らしいくらいにモテた。1回恋愛リアリティショー?的なヤツに友人に無理矢理、応募されて出演したのだけど。まぁとにかく企画にならないくらいにゴンザレス義則に恋の矢印がいっていた。ソレは性別なんざ関係なく。だから企画はめちゃくちゃで彼のおかげあるいは彼のせいで恋愛リアリティショーは根絶された。


 彼はなんでもできた。けれども彼は満たされる事は無かった。ソレはゴンザレスにとっての当たり前だから。


 何より彼はそんなに興味を持つことができなかった。面白くなかった。


 そんなゴンザレスの唯一の好きなものはライトノベルだった。彼はライトノベルを心の底から最高のエンタメだと思っていた。彼はたまたまブックオフで何気なく手に取ったシリーズモノのライトノベルをパラパラページをめくった。


 時間が止まる。そんな感覚をゴンザレスは初めて感じた。気付いたら8時間が経過し、閉店間際の時刻。更に気付いたら自分の手に取ってた巻数は完結の8巻だった。ちなみにゴンザレスは速読も得意としていた。


 何だコレは?それがゴンザレスとライトノベルの出会いであった。彼は閉店間際でとりあえず買えるだけのライトノベルを購入して、チャリを立ちこぎでペダルを鬼回転させて、ぶん回して。マッハスピードで家に帰り。違う作者のジャンルの違うライトノベルを読んだ。


 気付いたらまた時間が止まっていた。何だコレは震えた。気付いたら一度飛び跳ねてからゴンゴン言いながら胸をドラミングした。


 ゴンザレスにとっては初めてすぎる感情だった。彼自身はこの時の興奮と感情が初めてだったので上手く言葉にできなかった。


 彼の感情はすごーく分かりやすいものであった。


 彼はライトノベルがめちゃくちゃ面白いと思ってめちゃくちゃ大好きで。何よりも愛すべきものだった。


 次の日からゴンザレスは高校にいくのをやめた。世界を救うのをやめた。なので世界がまた荒れ始めた。そんなのゴンザレスにとっては関係なかった。


 彼を愛して止まない人々は、彼の元から一人、また一人と去り始めた。そんなのもゴンザレスにとっては関係なかった。


 彼は自分に夢中にさせてくれるものがライトノベルだけ。ライトノベルだけしか愛せなかったからだ。


 やがてゴンザレスはこの愛すべきライトノベルを読むだけじゃなくて。自分も書きたいと思うようになった。そしてそう思い立つと机で一心不乱にパソコンのキーボード。打鍵。打鍵。ガタッガタ叩き始める。一心不乱に打鍵。


 そんな日々を数日経って、気づく。全然自分の紡ぐ物語が面白くない。自分の描きたい物語を上手く表現できないことに。


 彼は、軽く絶望した。なんでもできていた自分がこの世で一番好きな事に対しては一番苦手なモノであったことに。


 それから何度も何度も書いては捨てて。書いては捨ててを繰り返して、そして今に至る。だらりと机によりかかりつつ、ゴンゴンと弱くくちごちる。


 そしてガバッと起き上がりまたパソコンに向き合う。


 関係ないと。ただ一番好きである事が、一番苦手だった。その事実だけじゃんとゴンザレスは思った。下手だろうと自分に軽く絶望しようと。一番愛してるという事実は何のブレなく心の奥の奥で燃え続けてる事には変わりない。


 だからそれ以外を失ってしまったとしても彼はライトノベルを書き続ける。真っ暗闇の深海でも必死に泳ぎ切ってやる。


 この辛い坂道を藻掻き続けて。少しずつでも歩みを進めれば、陽のあたる場所に辿りつけると彼は信じて今日もライトノベルを書く。



 10年後、彼は世界を救ったりした自分の人生をモデルにした物語でプチヒットする。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陽のあたる坂道 長月 有樹 @fukulama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る