15彼と彼女の関係

「蒼紗さん、蒼紗さん。起きてください」


「夢でも見ているのでしょうか?そういえば、朔夜さんは予知夢的なものを見ることができると言っていましたね。もしかしたら今も……」


 男性二人の声が聞こえ、私はハッと目を覚ます。私の周りには、心配そうな顔をした車坂と翼君、それにゆきこちゃんがいた。私は塾の控室の椅子に横たわっていたようだ。倒れた後、車坂と翼君がここまで運んでくれたに違いない。


「ああ、ようやく目を覚ましましたか。先ほど、雪子さんにしっかりと言い含めておきました。彼女はまだ幼いので、能力を自分でうまくコントロールできないみたいです。ああ、それと」


 私がゆきこちゃんの能力にやられ、気を失っている間に、車坂はゆきこちゃんといろいろ話をしたそうだ。その場には翼君も一緒に居て、車坂と翼君の二人でゆきこちゃんを質問攻めにしたらしい。


 私のそばでは、ごめんなさいと連呼しながら、えぐっえぐっと泣いているゆきこちゃんがいて、思わず二人を睨んでしまう。ゆきこちゃんがこの町の異常気象を引き起こしている可能性は高いが、それを認めさせるために手荒な真似でもしたのだろうか。相手は能力者とはいえ、まだ小学生の子供である。真実を話してもらうために泣かせてはどうかと思う。


「朔夜さんも察している通り、彼女の能力は雪や氷を操る能力者です。そして、この町に雪を降らしていたのも彼女の仕業です。ただし、雪を降らしていたのは、彼女の意志ではありません。雪を降らすように指示していたのは、『西園寺雅人』のようですよ」


「西園寺雅人………」


 そこで、私は倒れている間に見た夢を思い出す。夢の中で西園寺雅人はゆきこちゃんのことを呼び捨てにしていた。二人は知り合いの可能性が高い。そして、かなり親密な関係であり、上下関係があるように思えた。


「どうやら、彼女の家は西園寺家に仕える家系のようで、代々雨水家とともに仕えていたようですけど、西園寺桜華の死によって、彼女の家もいろいろあったみたいです。西園寺グループの倒産により、西園寺家から離れた家もあったようですけど、彼女の家はそのまま西園寺家に仕え続けることに決めたそうです」


 車坂の説明を継いで、翼君が彼女の家の事情を話し出す。二人は、ずいぶんと詳しく彼女の家の事情を聴きだしていたようだ。


「それと今回のこと、異常気象を引き起こしたことと何か関係があるのですか?」


 ゆきこちゃんの家が西園寺家に仕え続けることに決めたこと、彼女が雪を降らせることができる能力者だということは理解した。しかし、西園寺家グループの本社は京都にあり、彼女が、私たちが住むこの地にいて、雪を降らしている理由がわからない。いや、一つ思い当たることがあるが、そのためにわざわざ彼女をこちらに引き寄せているのだろうか。


「ええと、雅人様からは、自分たちの守護神である、狐の神様が家出しているから、西園寺グループは倒産したと。それで、その神様を連れ戻して、責任を取ってもらうんだといっていまし、た」


「まあ、それでこの場所に彼女たちを引っ越しさせる当たり、横暴だと思いますけどね。いや、横暴ではないのかもしれません。なぜなら、彼は……」



「すいません。遅くなってしまいました。ゆきこを迎えにきました」


 話の途中で、塾の扉が開く音がした。車坂とゆきこちゃんが慌てて控室を出ていく。私と翼君もそのあとに続いて控室をでる。扉に目を向けると、そこには、ゆきこちゃんを大人にしたような姿の女性が立っていた。おそらく、ゆきこちゃんの母親だろう。外の雪はいつの間にか止んだようだ。


「おばさん!」


 ゆきこちゃんがその女性に飛びつくが、私の予想は外れてしまったらしい。ゆきこちゃんを迎えに来たのは、母親ではなく、おばさんだったらしい。


「こんな遅くまで勉強をみてもらって申し訳ないです」


「いえいえ、雪子さんが勉強をもっとしたいと言っていましたので、見てあげただけですよ。勉強熱心でいい子ですね」


「いえいえ、そんなことは……」


 車坂が笑顔で、彼女のおばさんだという女性に対応する。おそらく、勉強を見るために遅くまで残らせたのではないだろうが、本当のことを言うわけにもいかないので、私は車坂の説明を否定はしなかった。


 そのまま世間話が続きそうな雰囲気だったので、今日はもう、家に帰っていろいろ考えたいことがあったので、さっさと帰ってもらうことにした。


「あのお、すでに塾の時間は終わっておりますので。それに、ゆきこさんも勉強を頑張っていて疲れていると思うので……」


「そ、そうですね。すいません。つい、うっかり長話するところでした。帰りますよ。雪子。ああ、そういえば、あなたがうわさの先生ですか?」


 私の言葉ですぐに帰り支度をしてくれたのはうれしいが、おばさんと呼ばれた女性は、私のことを知っているのだろうか。じっと値踏みするように見つめて、問いかけてきた。


「うわさはわかりませんが、この塾の講師をしております、朔夜と申します」


「朔夜、ね。ゆきこ、帰るわよ」


「はあい。先生、さようなら」


 意味深につぶやくその女性に連れられながら、雪子ちゃんは帰っていった。


「ずいぶんな有名人ですね。まったく、あなたは本当に面倒を持ち込みやすい体質ですね。面倒事は死神と狐だけにして欲しいところですけど」


 嫌味のように言われた車坂の言葉を無視して、私たちも急いで塾の後片付けをして、帰宅することにした。



 夜道、翼君と一緒に帰っていると、彼に忠告されてしまった。


「僕が言うのもあれですけど、本当に蒼紗さんは気を付けた方がいいですよ。九尾がまとわりついているので、気を付けても何かしら事件は起こるでしょうし、僕は九尾に逆らうことはできない。僕がいることは迷惑をかけるしかないですけど」


 翼君の今の姿はすでに少年の姿である。大人の姿を保つのはどうやら存外力を使うようで、たまに塾の時間が同じになり、一緒に家に帰る頃には、少年のケモミミ少年の姿に戻っていた。しかし、それだと周りから私が不審者扱いされかねないので、人からは見えないようになっていた。うさ耳尻尾のケモミミ少年を連れて歩いている女性は、どう考えても怪しいので、警察に捕まってしまいそうだ。


「九尾のせい、ね。もう、平穏な日常はあきらめるしかないということですね。構いませんよ、迷惑かけても。もとはといえば、九尾が全部悪いんですから。神様に勝てる人間なんていないわけですから、仕方ありません。私も翼君も九尾の被害者です」


「なんか、申し訳なさでいっぱいです」


 それきり、会話はなく、家まで私たちは無言だった。雪はあれからすっかりと止み、星が見えるようまでになっていた。

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