13異常気象が続いた理由
雪は今日も降り止むことなく、ちらちらと宙を舞っている。大量の積雪により、電車の遅延、車の事故が相次いでいる。いまだに雪が降り止む気配はなかった。
「さて、そろそろバイトの時間だから、支度でもしますか」
「僕も一緒に行きます」
自分の部屋でバイトに行く支度をしていると、翼君がひょっこりと私の部屋の扉を開けて顔を出す。今日は、翼君もバイトの日らしい。
「今日も寒いですけど、翼君は寒くはないのですか?」
「僕はすでに人間ではありませんから、寒さを感じることはありません。もちろん、熱さの方も同様です。それでも、連日のこの雪は、寒さを感じない身でもなんだか寒く感じます」
「翼君は、この雪の原因を知っていま……」
「危ない!」
私が翼君に尋ねようとした瞬間、翼君が私を床に押し倒した。
「ガシャン」
部屋の窓が割れる音がして、そこから一枚の紙きれが部屋の中に飛来する。
「また来ましたね。いい加減、こちらも我慢の限界なんですが」
「これは、確か塾で見かけた気が……」
窓を破って入ってきたのは、塾で車坂が私の身体からはがしてくれた白い紙切れに似ていた。これも、式神という奴なのだろうか。窓を破って入ってきたところを見ると、ただの紙切れではないことはすぐにわかる。よく小説やマンガ、アニメでお目にかかる、式神が窓を破って入ってくるシーンを見かけるが、まさか自分が体験するとは思わなかった。
私が呆然としていると、翼君は窓から入ってきた白い紙切れを拾い上げてふっと息を吹きかける。すると、紙切れは手のひらから抜け出し、割れた窓から出ていった。
「僕も九尾の眷属ですから、これくらいはできるようになりました!」
ウサギの耳と尻尾を持つケモミミ少年翼君が苦笑していた。式神を飛ばし終えると、翼君は割れた窓に手を当てていた。目をつむり、ぼそぼそと何かつぶやいている。
「窓よ、元ある状態に戻れ」
すると、部屋に散乱していた窓ガラスの破片が突如、宙を舞い、元あった場所に戻り始めた。一瞬で窓ガラスんは元の割れる前の状態に戻っていた。
「蒼紗さん、気を付けてくださいね。今日はたまたま、僕がそばにいたから無事でしたけど、さっきの式神は蒼紗さんを狙っているみたいでした」
「気をつけますが、先ほどの白い紙切れを見るのはすでに、二度目でして、私が狙われていることはよくわかりました」
私が式神らしきものを見るのは二度目だと伝えると、翼君はがっくりと肩を落としていた。なんとなく可哀想に思えたので、肩をポンポンしてあげると、困ったような顔をされてしまった。
「厄介なものに巻き込まれるのは、九尾や僕たちを居候させているからだとわかっています。ですので、その厄介ごとから僕は蒼紗さんをできる限り守りたいと思います」
「よろしくお願いします」
なんとなく、互いに気まずい雰囲気になったが、部屋の時計を確認すると、そろそろ家を出ないバイトに間に会わない時間になっていたため、慌てて支度をして私と翼君は家を出た。
「行ってきます!」
いつもの習慣で、誰もいない家に向かってあいさつをして私は翼君と一緒に塾に向かって歩き出した。
塾に向かう途中も、雪は降り止まず、深々と降り続いていた。翼君は玄関を出る前に姿を変えて、現在は、大学生くらいの青年の姿となっている。もちろん、ケモミミも尻尾もない。こうしてみると、ただのイケメンの大学生だ。
「こんにちは。今日も寒いですねえ。とはいえ、寒さを感じないので、これも人間のふりということになりますが、しかし、この雪はさすがに寒さを感じてしまいますねえ」
私たちが塾に着いた時にはすでに車坂がいた。寒さを感じないと言いながらも、塾のストーブの前で手を温めていた。本当にこうしてみると、ふつうの人間にしか見えない。
「それはそうと、朔夜さんはまた、今日もまた、変なものを持ってきたみたいですね。まあ、そこの狐の眷属が追い払ったみたいですが」
注意しなくてはいけませんねえ。あなたは僕たちの監視対象ですから。
車坂も翼君と同じで式神の存在にいち早く気付いていた。きっと、今も翼君が追い払った式神が私についていたことに気付いたのだろう。いったい誰が私を狙って、式神を放っているのか気になったが、今は塾のバイトの時間だと思い出し、とりあえず、この問題は後で考えることにした。
「ああ、ハイ。わかりました。今日はお休みですね。では、振替日の方を後日お願いします」
「まだ体調がすぐれないのですね。無理はしないでください」
掃除をして、生徒が来る準備をしていると、塾に電話の音が鳴り響く。この雪で寒いのだろうか。風邪などで体調を崩す生徒が続出しているようだ。車坂が電話の対応に追われている。
「塾の生徒が休む理由は、風邪やインフルエンザだけではなさそうです。やはり、早いところ『受験の悪魔』を捕まえる必要がありますね」
翼君が車坂の電話の応対を聞きながら、深刻そうな顔をしていた。
「でも、その『受験の悪魔』は、受験生限定ではないのですか?だとしたら、塾の生徒で関係がありそうなのは、数えるほどしかいません。それなのに、この電話の量はおかしいと思いますが」
塾の生徒がこないので、翼君と話していると、電話の対応を終えた車坂が話に入ってくる。
「おや、朔夜さんも知っていたとは。その悪魔とやらは受験生だけでは飽き足らず、学生全体に被害を広げているようですよ。うちの塾の生徒も、話を聞く限り、被害に遭っているのでしょう。保護者の方の話では分かりにくいので、本当は直接生徒の様子を聞きたいところです」
車坂も「受験の悪魔」とやらに関心を持っているようだった。
「こんにちは」
そうしているうちに、塾の生徒が来る時間になっていたようだ。今日一番に来たのは、新しく塾に入ってきたゆきこちゃんだった。
「こんにちは。外は寒いけど、ゆきこちゃんは寒くないのかな?」
「大丈夫。寒いのは結構得意。むしろ、雪の日は好きだから」
ゆきこちゃんは体温が低いのか、手が凍るように冷たかった。さらに、寒さを感じないのだろうか。薄手のトレーナーにズボンという格好でコートも手袋もしていなかった。
「ですが、このまま雪が降り続けるのも問題ですよ。どうにかして、降り止んで欲しいところです」
車坂がゆきこちゃんにも聞こえるような声で、唐突に話し出す。
「むう。だって、○○が降らし続けてと言ってるんだもん!私のせいじゃない!私は悪くない!」
「ほう。詳しく聞きたいですねえ。誰に言われているのですか。そして、あなたが雪を降らせていたのですか」
ハッとしたような顔をして、ゆきこちゃんは口を手で覆う。今、大事なことを聞いた。雪を降らせている犯人は雪子ちゃんということか。
車坂は。ゆきこちゃんの言葉に興味を持ったようで、怪しい笑顔で雪子ちゃんに詰め寄る。それを止めようともせず、話を聞きたがっている翼君。はたから見ると、ひとりの少女を大の大人二人がいじめている図である。私も、二人に混ざって、詳しく話を聞きたいところだが、ここは大人な対応をとるとしよう。
「車坂先生、雪子ちゃんがおびえていますよ」
「あ、ありがとう。先生」
車坂とゆきこちゃんの間に私が立ちふさがると、ゆきこちゃんは急いで私の後ろに隠れる。さすがにやりすぎたと思ったのか、車坂がすみませんと謝ってきた。
「えっ」
後ろに回ったゆきこちゃんが私の服の裾を掴んでいた。裾を掴むのは一向にかまわないが、そこが妙に冷たいと感じたときにはすでに遅かった。
「朔夜さん!」
「蒼紗々さん!」
「先生!」
体が急に動かなくなってきた。自分の身体を見下ろすと、腰のあたりに捕まっていたゆきこちゃんを中心に氷が張っていた。それが徐々に広がりつつある状況が見て取れた。
「ご、ごめんなさい!」
雪子ちゃんが慌てて、手をはなすが氷は解けずに私の思考を奪ってくる。あまりの冷たさに意識が遠のいた。結局、翼君や車坂が何か叫び、ゆきこちゃんが泣き叫んでいるのを最後に私は意識を手放した。
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