7サンタに会うか、『夢』を失うか
冬休み前の大学の授業が今日、すべて終了した。明日から、晴れて冬休みである。
今日は、受験生をイメージして、赤いはんてんに下は黒のモンペをはき、頭には、必勝の文字が書かれたはちまきを巻いている。すでに大学に入学して、受験とは無縁の今年の冬だが、去年はこの時期、久々の受験のために、真剣に勉強していたことを思い出したので、この服装となった。
「一昔前の受験生のイメージ服を再現しているみたいだけど、今時、そんな格好で勉強している受験生なんているのかしら?」
「何を着ていても、蒼紗さんは素晴らしいです!」
ジャスミンは、私の服装を予想できなかったのか、今日は真っ青なブルーのマーメイドドレスを着ていた。その上には白い毛皮のショールを着ていた。これからどこかのパーティにでも参加するかのような格好だ。
「ジャスミンはこれから、何かのパーティにでも出席するのですか?」
「そんなわけないでしょう。蒼紗が今日は冬休み前最後の授業だから、気合入れてくるかと思って、私も気合を入れたのよ。予想を大きく外れてしまったけど」
そんな話をしながらも、今年の授業は全て終わってしまったので、大学に用事がない私は家に帰るだけとなった。
「明日から冬休みはうれしいけど、蒼紗にしばらく会えないかと思うと、微妙な気持ちね」
「蒼紗さん、今からでも予定を変更しませんか?私の家はいつでも蒼紗さんを歓迎します!もちろん、家族が家にはいますが、兄も両親も蒼紗さんを歓迎します!」
「私は冬休みが楽しみですよ。自分の自由な時間が増えるわけですし、何より、ゆっくりとできる時間が増えるのがうれしいです」
『ええ、蒼紗 (さん)は、私と一緒に居られる時間がなくて、寂しくないんですか?』
二人の見事なハモりを無視し、私は大学を後にした。大学は、補習も特にないし、私はサークルも部活にも入っていないので、年が明けて、冬休みが終わるまで大学に行く必要はない。
大学の正門前まで来て、後ろを振り返る。あれから、駒沢は私に話があるというわけでもなく、九尾たちも大学にくることもなかったので、大学にいるときは平和な時間が過ぎていった。年明けもこのまま平穏な時間が続けばいいなと思うばかりだった。
「……」
ふと、視線を感じたので辺りを見回したが、誰もいない。気のせいかと思ったが、なんだか気味が悪くなったので、急いで私は駅に向かって走り出した。
「あと少しで、会うことになると思うから、楽しみにしていてね。朔夜蒼紗さん」
私が去っていった方向をじっと見つめる、茶髪の目つきの悪い、耳には大ぶりの四角いピアスをした男が大学の正門近くでにやりと笑っていた。
今日は、バイトが入っている日だった。家に帰り、バイトに行く支度をしながら、先日の夢を思い出す。夢の内容と同じように、私たちはサンタに会いに、寒空の夜中に街に繰り出した。スマホで先に噂のサンタと連絡を取る必要があったが、噂は広がっているようで、ネットで検索をかけると、すぐにサンタのSNSのアカウントが見つかり、連絡を取ることができた。
中学生を装い、連絡を取り合ううちに見事、噂のサンタが私たちと直接会いたいと交渉してきた。そしてすぐに落ち合うことができた。そして、噂のサンタに出会うことはできたが、結局、夢の通りに男には逃げられてしまった。逃がしてしまったことで、夢と同じように二人は口げんかをしていた。
「おそらく、お主と一緒に居る娘の兄とやらと同じようなタイプの人間かもしれんな。今回は、人の夢を食べて快感を得る変態の仕業だろう。お主には変な人間ばかりが集まってきて、大変だな」
九尾にサンタの件について話すと、私が平穏を失った原因の元となる本人はあっけらかんと、自分はあたかも無関係とでも言うような回答をくれた。変態でも何でもいいが、他人の夢を奪うというのは厄介なので、早急に噂のサンタ姿の男を捕まえなくてはならない。夢があってこそ、人生楽しく生きられることもあるのだ。
「朔夜先生、サンタさんに会うことはできた?」
塾では、訪れた三つ子がさっそく、私たちがサンタに会えたのか質問してきた。三つ子の長男、陸玖君がわくわくとした表情で私たちの回答を待っている。他の二人も、長男ほどでではないが、私たちの回答に興味があるようで、そわそわと落ち着きがなかった。
さて、彼らに先日のことをどうやって話したらいいだろうか。まさか、噂のサンタが、子供の夢を食べるおじさんとは言い難い。たとえ、サンタを信じていなくても、それはあまりにも夢がなさすぎるし、信じてはくれないだろう。
「寒空の下、夜に街を歩いて、約束の場所に行ったのですが、結局サンタには会えませんでした。サンタというものは、やはり子供たちの前にしか現れないもののようです」
私にされた質問に、車坂が答えた。確かに会えないと答えた方が、真実を言わなくて済むので、子供たちの夢を壊さなくていいのかもしれない。正直に答えようとしていた私は車坂に少しだけ感謝した。ちなみに、今日は私と車坂の二人だけで、翼君はシフトに入っていなかった。
「ふうん。会えなかったんだね。でも、サンタに会わなくてよかったかもしれないよ」
三つ子の次男、海威君が話し出す。私たちが出会ったサンタは、すでに子供たちに被害を及ぼしているようだった。サンタに会わなくてよかったという理由を三男の宙良君が補足する。
「僕たちの学校で、サンタに会ったっていう人がいたって話しはしたと思うけど、その子の様子がおかしいんだ。サンタに会ってから、自分の夢を忘れちゃったみたい。サンタに会った前日の授業で、ちょうど、将来の夢を発表した後だったんだけど」
「希望 (のぞみ)っていう、学年で一番かわいい女子だろ。将来はアナウンサーになるんだって、放送部に入って頑張ってたみたいだけど、最近、委員会をさぼりがちで、覇気がなくなったよなあ」
「サンタに会ってたんだな。意外だわ」
三人が思い思いに話し出す。サンタ姿の男が言っていたことは、どうやら本当のことらしい。子供の夢を食べているとしか言いようがない出来事が起きている。
「希望の他にも数人、サンタに会った奴がいるけど、みんな共通して、『夢』を忘れてるんだよなあ」
「それで、それがわかって、サンタに会おうという人は減りましたか?」
車坂が静かな口調で尋ねると、三人は口をそろえて答える。
『減るわけないよ』
「だって、サンタに会えるんだよ。今まで空想としか思えなかった人物と会えるなら、多少のリスクを負っても会いたいに決まってる」
「まあ、僕たちはやばそうだからやめておくけど。そもそも、スマホ持っていないし」
「オレたちは、別にサンタなんかに会えなくても、先生たちがなんか、人間離れしている感じがして、ここに来ると、非日常って感じがするから、わざわざ会いに行く必要はないかな」
最後の言葉が気になったが、三人が噂のサンタに会わないというのならば、安心だ。
いったい、今回はどんな事件が起こっているのか。まったく、最近のこの町は治安が悪くて仕方がない。原因はやはり、あの狐の神様だろうか。
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