第1部 ザ・ファーストステッチ

第1章 不思議ちゃんクラスメイト

4月5日(金) 新天地へ

4月5日(金) 天気…晴れ



 蒼い空色に染まった窓の外から、重々しいエンジン音が近付いてきた。


 僕は閑散としたリビングを抜けて廊下を走り、玄関の扉を開ける。


 家の前にはもう既に引越しのトラックが到着していて、業者の人が荷物の積み下ろしにかかり始めていた。


 今週はほぼ毎日雨続きだったから、引越し当日はどうなることかと心配していた。

 けれど、今日は雲も無くすっきりと晴れ渡っている。まさに絶好の引越し日和だ。


 前に住んでいた家に沢山の家具や電化製品などを置いていたものだから、トラックの荷台はそれらを梱包こんぽうした段ボール箱で満杯。引越し業者の人も積み下ろしに一苦労しているようだった。


 特にお母さん専用の化粧台や衣装棚などにはかなり苦戦していたようで、業者の人は汗だくになりながら家の中へ次々と運び込んでいった。


 あんなものを置いたところで余計に場所を取るだけなのに、どうして捨てずに持って来てしまうのだろう。母親の物を持ち過ぎる癖と捨てられない癖が相まって、僕ら一家の引越しは、予想以上に大規模なものとなってしまった。



 美斗世市みとせし―― 僕、凪咲なぎさ尋斗ひろとが家族と共に引っ越してきたこの町は、東に海、西に山が連なり、その間にある平野部を二分するように大きな川が流れている。


 川の周辺には、閑静な住宅地から喧騒としたビル街まで様々な街風景が広がり、様々な地理と環境が入り組んでいる大きな町だ。


 僕ら家族の住む新しい家は、都市部より少し北に位置する住宅地の一角にある。私鉄冥華めいか線美斗世駅の一つ手前、北美斗世きたみとせ駅が最寄り駅で、駅までは歩いて五分もかからない距離だ。

 駅近の商店街には百貨店やスーパーの他に、漫画喫茶やゲーセンにカラオケ。商店街を過ぎれば、今度は市立図書館やコンサートホールなどの大型公共施設も見えてくる。


 最寄り駅まで歩いて五分、おまけに駅前にこれだけの施設が揃っているとなれば、新たに移ってきたこの家は、割と立地の良い場所にあると言えるのではないだろうか?


 引越しの計画については、僕の両親によって自分が知らないうちに秘かに水面下で準備が進められていたらしい。けれども僕が学校に通っているということもあって、なかなか実行に移せずにいたという。


 そんな中、僕が中学校を卒業する時期になり、やるなら今しかないだろうということで意を決し、家族総出でこの街に引っ越してきたというわけだ。



 引っ越しの荷物を積み下ろしている間、路上を通りすがる近所の人がチラチラこちらに目線を送ってくるのが少し気になった。

 ここに引っ越してきたばかりの僕ら家族は、当然ここの住人から見れば余所者にしか映らない。だから、周りから注目の的となってしまうのも、ある程度は仕方のないことだった。


 この町へ移ってきて、以前住んでいた田舎とはまた違う魅力を感じるものの、いざ、これからずっとここで生活していくと思っても、なかなかすぐには実感が沸いてこない。


 早いところ腰を落ち着けたいのは山々なのだが、やはりこういうことは少しずつ時間をかけて慣れていかなければならないものなのだろう。

 そう思って、僕は内心で溜め息をつく。


 でもそれは、どんな新しいことを始めるにしてもそうだし、明日から始まる高校生活にしても、同じことが言えるはずだ。


 ――そう、中学校を卒業した僕は、明日から高校生になる。


 わくわくする気持ちもあるけれど、やはり緊張と不安の気持ちが心のほとんどを占めていた。卒業した中学と同じ地区にある高校なら、何人か中学の時と同じ顔ぶれがそろうこともあるだろう。


 けれど僕の場合、県境けんきょうを越えての長距離引越しをしたせいで、当然クラスに集うのはどいつもこいつも初めましての生徒ばかり。


 ……けれど、どちらにせよ何事も始まりの時期が一番大変だ。

 クラスの仲間と一日でも早く周りに溶け込もうと焦ってしまうと、かえって人間関係の築き方を誤ってしまう可能性もある。


 だから、初めはどうしても慎重にならざるを得なかった。どうせ嫌でも三年間付き合ってゆく仲間なのだから、なるべく良好な関係を保ち、相手とのいさかいやトラブルなどは、極力避けていきたいものだ。


 明日を迎えるのが待ち遠しかった。これから三年間一緒に生活していく新しいクラスメイトたち。それに先生は一体どんな人なのだろう?


 全ては明日分かることで、今考えても仕方のないことだと分かっているはずなのに、どうしても考えずにはいられない。


 こうして、僕は新しい高校生活への期待と不安に胸を膨らませながら、明日に備えていつもより早くとこに就いたのだった。



 ……けれどこの時、僕は想像すらしていなかった。


 明日、初めて教室で出会うたった一人のクラスメイトによって、平凡に歩んでゆくはずだった僕の日常が、瞬く間に狂わされてゆくことになるなんて。

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