9-35【夕日は沈む、気も沈む2】



◇夕日は沈む、気も沈む2◇


 そろそろミオが帰って来ると思っていた。

 でも来ない、宣言していた時間よりも遅くなっている。


「……何かあったのかな?」


「気にしすぎよアイシア。手を止めない」


「――あ、すみません」


 あたしがポツリとつぶやいたその言葉に、隣のクラウさんが言う。


「ミオはその内、黙ってても帰って来るわ。でもいいの?もう直ぐミーティアが到着するのよ?……あの時言ってた、その……ねぇ」


 ああ、そう言う事か。


「別に変りませんよ。あたしはもう決めたんです……ミオとは幼馴染でいい、あたしは自分から進んで降りた。だから振られてないんです」


「――そういうことね」


 何かに納得したのか、クラウさんは手を止めて上を向いた。

 「不器用ね」と、きっとあたしに言ったのだろうと思ったが、聞かなかったことにした。


「クラウさんは、誰かいないんですか?」


「――は?」


「い!」


 痛ーいっ!!足踏まれたー!


「だ、だってクラウさん、ミオとは知り合いだったわけで……その、す、好きだったのかなぁ――って」


 わぁ……凄い顔してる。

 苦虫を嚙み潰す、そんな顔がぴったりと当てはまるような、そんな顔。


「私が武邑たけむら君を好きだったら、こんな事にはなってないわよ」


 こんな事??


「あーあ。思い出しちゃった色々と……前世では独身だったからなー、はぁ~~~~~あっ」


 すっごいため息を吐いた。

 肩を落として、持っていた食器をカシャンと置く。

 あ。因みにあたしたちは、燃え残った食器やコップなどを洗っています。


「今世では可愛い弟がいて最高だなぁとか思ってた時期が私にもありましたー」


 もう完全にやる気なくなってる。

 というかやっぱりミオを狙ってたんじゃ……


「いいわよねー幼馴染は、色々出来るし」


「い、色々ってなんですか!あたしたちは何もしてませんよっ!クラウさんこそ、子供の頃からミオを独占してっ、キスまでしてたじゃないですか!」


「――がっ……そ、それ言う!?完全に黒歴史じゃないっ!!馬鹿っ!」


 クラウさんは顔を真っ赤にさせて背筋を伸ばした。

 それでも背の低いクラウさんはあたしに全然届かないけれど……もしかして叩こうとした?


「馬鹿って……黒歴史がなんだかはよく分かりませんけど、悪い事だって言うのは分かっててしたんですね……」


 あたしは半眼でクラウさんを見る。

 もうクラウさんはたじたじで、過去の自分の行いを恥じているようだった。

 これはいいものを手に入れた。あたしはクラウさんの弱点を握ったのだ。


「アイシアこそ、本当ーーに……いいのね?」


「な、なんですか急に、真面目になって」


 声の重みが変わった。

 真っ赤だった顔も切り替わって、冷静にあたしに言うのは……多分ミーティアとのこと。


「恋って言うのは、そう簡単に流れて行ってくれないわよ。特にずっと長年過ごしてきた、ミオとアイシアのような関係性にはね」


「……」


 くすぶる思い。変わらぬ感情。

 だけど、思いは届かないと分かっている……だから自分から折れた。


 あたしはそれを背負って生きると決めたの。


「――分かってます。全部、全部受け入れます」


「……そう。なら尊重そんちょうする……もう追及もしないわ、多分ね」


 スン――と態度を変えて、クラウさんは食器に手を再度伸ばした。

 ありがとうございます。あたしの我儘わがままを見逃してくれて。


 でも。


「「――はぁ~~~~~~」」


 気落ちするあたしとクラウさんは、それぞれに弱点を握り合うと言う、今後も泥仕合に成りそうな要因を持ってしまうのだった。

 そして、あっという間に夜を迎える……ミオはまだ、帰ってこなかった。

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