8-69【王国を敵に回す一撃3】



◇王国を敵に回す一撃3◇


 ザン――ザン――ザシュ――ドカッ。

 バキッ――ガスッ――ドサッ……


「う、ううぅ……このぉ!」


「おっと!当たんねぇよ!ギャハハ、しかしこいつ……まだ動けんのか!」


 リアとリディオルフの戦闘が開始して二分。

 何度も何度もその身を消して、リディオルフはリアを一方的に斬り刻む。

 殴り、蹴り、魔法で吹き飛ばし、剣を突き刺す。


「ぅ……」


 ガクリと、リアが膝を着き。


「やめて!もう……やめてぇ……!」


 顔をおおい、レインは必死に懇願こんがんする。

 自分を逃がしたアドルも、助けに来てくれたリアも、こんなにも傷ついて。

 自分のせいで、自分がこの男をこばんだから……否定したから。


「いやぁ~泣き顔もいいものだレインさん……これはあれだ、きっとベッドでもいい声を上げてくれるんだろうねぇ……じゅる……」


「……」


 舌舐めずりをし、リディオルフは青ざめるレインを見る。

 その隙を、リアも見逃さなかった。


「う~っ!!」


 ブンッ――と、風切り音が鳴るほどのブン回し。

 助走もなしのただ跳ねて、腕を振りかざしただけのそんな一撃がリディオルフの顔面に向かって伸びる。


 しかし。


 フッ――と、やはりリディオルフは姿を消して、リアはその勢いのままに地面に転がった。


「あう……うぅ、あがっ――!!」


 ドスッ!と、リアの背中に落ちたのは……リディオルフの足。

 具足グリープかかとで、グリグリとすり減らすようにして踏みつける。


「マジで頑丈。しかもさっきまでの傷が治ってやがる!……ははっ!こいつはいい、また聖女への土産みやげが出来るってもんですねぇ!……お?」


 リディオルフはリアの首を、まるで動物を掴むように片腕で持ち上げる。

 「うぅ」と苦しさに目を瞑り、眉を寄せる。

 しかしリディオルフも、空を切ったリアの腕が狙っていた顔に違和感を覚える。


「……鼻血ぃ?」


 反対の指で拭い、空振りでもここまでの威力なのだと認識した。


「ディハハ、ヘヘェ……!」


 それを面白おかしそうに、リディオルフは舐めまわして見る。

 指に力を入れて、リアの首を絞める。


「……ぅうっ……ぁっ」


 リディオルフにとって、リアとの戦いは退屈しのぎにしかなっていなかった。

 その言葉を、レインから引き出すための。


 そして、その言葉は紡がれてしまう。

 レインはリアの痛めつけられる姿に、自分のせいで巻き込まれたアドルや、燃えてしまったミオの畑に心を痛め……


「――もう、やめてください……お願いしますっ……お願いしますからっ、これ以上は……リアちゃんが、死んじゃう!だから、何でもしますからぁぁっ!!」


「ふはぁっ……!」


 その言葉を待っていた。

 そう言わんばかりに、リディオルフは持っていたリアを、思い切り投げ飛ばす。


「リアちゃん!」


 地面に叩きつけられ、リアは苦しそうにうめく。

 瞳から零れる涙は、まだ九歳の子供が流していいものではない。

 そう思うのは、誰だって同じはずなのに……この男は。


「さぁ……人にものを頼むときは!!どうするんですかっ!」


 カツカツと歩みレインの前に来ると、両肩を掴み立たせる。

 うつむくレインの口からは……絞り出すように。


「……私を……好きに……して……くださ――」


 涙も。感情も。何もなかった。

 諦め。自分が折れるだけで、誰かが助かるのなら……それでいいと。


「よくできましたぁ」


 ニへラァと笑みを浮かべて、レインのあごを持ち上げる。

 リディオルフは確信した――落ちたと。


 その光景は、アイシアの見た未来そのもの。

 レインが襲われ、ボロボロになり、唇を奪われる。


 その光景がまさに、起ころうとしていた。


「……」


 光のない瞳には、リディオルフの下卑げひた笑みが映る。

 自分の思い通りに進む、そんな過剰な自身をみなぎらせて。


「……イヒッ……!」


 レインのあごに伸びた腕が離され、顔が迫る。迫ってしまう。

 ほんの一瞬、誰でもいい……助けて。と叫べれば、こんな未来はなかったのかもしれない。

 そう思ってしまう。口付けをされるだけ……そう言い聞かせる事しか、もうレインには出来なかった。


「はぁ~……ん――あ?」


 違和感。


「え?」


 リディオルフの肩越しに、人の手が見えた。

 肩を思い切り掴み、怒りに血管を浮かばせた、男性の手だった。


「――なにしてんだよっ……この野郎!!」


 その右手の持ち主は、リディオルフを引き離すとその姿を完全に表す。

 自分と同じ金髪、緑色の瞳、たくましく育った――自慢の弟。


 ミオ・スクルーズが、レインの前に駆け付けた。

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