8-39【村娘の想い6】



◇村娘の想い6◇


 次の目的は、古くからこの村に住む人たちの説得。

 しかし先程の移住者とは違い、時間は掛けられない。

 説明に時間が掛かると踏んで、移住者の人たちを先行して説得したが、結果はご覧の通り。

 だけど、先住民……言い方があれだけれど、【豊穣の村アイズレーン】に住まう人たちでも、この話を信じられるかは分からない。

 ましてや収穫時期、明日収穫する農家、明日子牛が産まれる酪農家らくのうかもいる。


 アイシアは言った。

 命は美しい……と。確かにそう思う。

 前世では人の死を扱う仕事に就いていた私は、御遺体を何度も何度も見てきた。

 時にはご家族に、心無い言葉を掛けられた時もある。

 事件性があった御遺体の解剖の時だった。


 そんな前世と、今世のクラウ・スクルーズでは、決定的に違う事。

 それは、命を守り、そして奪う立場であるという事。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 肩で息をするアイシアは、命を守るつもりだ。

 あんな言葉で刺して来た移住者ですら、アイシアは許すつもりでいる。


「しっかり、もう直ぐよっ」


「アイシア、私の手にもつかまってくださいっ!」


「アイシアー、がんばってー!」


 前を走るリアちゃんは変わらず元気だ。

 さすがに世界最強種族【竜人ドラグニア】。

 身体の出来が違うらしい……大人になったらどうなってしまうのかしらね。


「は、はい!頑張りますっ」


 何故かリアちゃんにまで敬語になるほど。


「――っ!?」


「クラウさん?」


 今。何か聞こえた気が。


「リアちゃん、何か聞こえなかった?イリアは?」


「いえ、私は特に」


「……走る音……」


 リアちゃんが見るのは北の方角。

 予想通り、街道から来ている。


馬蹄ばていの音っ!」


 馬車の音。魔法の道具を使用しているあの大馬車だったなら静かだ。

 しかし馬だけは違うはず。付けられた馬蹄ばていは魔法の道具でもない、普通の物。

 それなら、聴覚が優れたリアちゃんなら聞こえるかも知れない。


「――来てしまったんですね。まだ……夜なのに」


「夜行進軍ね……どれだけの規模で来たのかしら。と、急ぎましょう……イリア、アイシアをお願い」


「え、クラウは……?」


 イリアが戸惑ったように言う。

 しかし私は……もう決めていた。


「私は……少し様子を見て来るわ。飛べば直ぐだし、距離も取れるから……だから悪いけれど、うちの両親への説得はお願い。無責任みたいで気が引けるけど、アイシアとリアちゃんと一緒に、きっとパパとママ、レイン姉さんなら信じてくれるから」


「で、ですが私は……」


「大丈夫よ」


 私はイリアの肩を優しく叩く。

 背の低い私だと、子供が大人を慰めてるみたいで、俯瞰ふかんで見ると悲しくなるわね。


「イリアは私とミオの大切な友人。その二人の両親だと思えば、大人との話なんて大したこと無いわよ……大丈夫大丈夫、万事うまくいくわっ。ね?」


「……はい。応えて見せます……絶対に」


 コクリとうなずき、真剣な顔を見せるイリア。

 どことなく、短めのエルフ耳が上向きになった気がした。


「では行きましょう、アイシア、リアちゃん!」


「はいっ」


「うん!!」


「あ!!ちょっと待ってアイシア!」


 村長宅に向おうとしたのを止める。

 念の為に、アイシアにアレを。


「どうしました?」


「……少し集中させてね」


 軽くウインクして見せて、私は手の平に魔力を籠める。

 やり方は【クラウソラス】を使うのと同じ、子供の時に使って以来だけど、行けるはず。


 パァァァァ――


 手の平には、【クラウソラス】が具現化する時と同じように、短いナイフが具現化した。


「わぁ……きれー!」


 リアちゃんがキャッキャッと喜んでいる。

 そんな綺麗な物かは怪しいけれどね。


「はい、これ……護身用よ。持っておきなさい」


 それをアイシアに渡す。


「これは、短剣?」


「そ。【クラウソラス】の魔力を固めて物質にしたの。子供の頃にミオにも貸したから、それと同じ物ね」


「ミオと同じ……ありがとうございます。勇気が出た気がしますっ」


「よし、それじゃあ行って!頼んだわよっ」


「「はいっ」」

「はーい!」


 私は走り出した三人の背を見ながら呼吸を整える。

 大丈夫、行ける……村に来て、だいぶ魔力も回復した。

 私もやれる事をやる……きっとミオたちだって、騒動を聞き及んでいるかも知れない。


 それまでは……私が。


「【天使の翼エンジェル・ウイング】っ!!」


 みんなを守って見せる。

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