7-109【凍える地下で笑い合おう】



◇凍える地下で笑い合おう◇


「――ジルっ!」


 私が駆けたのは、この部屋の壁際だった。

 ジルはここまで吹き飛ばされたんだ、私の氷とジルの炎の爆発で。


けた氷の水分と高温の炎で、水蒸気爆発が起きたのです。どちらも魔力を含んでいましたので、当然ながら威力は凄まじいでしょう』


「ジルっ!しっかり!」


 壁に寄りかかるように、ぐったりとするジル。

 一通り調べたけれど、背や頭部に傷はないから、あの衝撃は防いだようね、流石ジルだわ。


「……お嬢様……お声が傷に響きます……」


「ジルっ!」


 苦笑いを浮かべながら、ジルが顔を上げた。

 水蒸気によってびしょ濡れで、泥まで被っていて、なんだか申し訳なく。


「――うくっ……っ!」


「い、痛む?どこ……?」


 触れないように、私は観察する。

 ジルの服は、腕部が完全に燃えて消えていた。

 盾を付けていたはずだけど、それも無い。


「……脇腹ですね、ひびでも入ったでしょうか」


『吹き飛ばされて強打したのでしょう。あれほどのいきおいを綺麗に殺したのです……それだけでも大したものですが』


 ウィズの言う通り、頭を打っててもおかしくない。

 それを抑えたのは凄いと思うわ。


「立てる……?」


無論むろんです、帰らなければ」


 ジルが大事そうに、服の中に手を入れ取り出す。

 【精霊エルミナ】の幻晶げんしょう……ドラゴンは、それを守っていたのよね?


「少し休んだ方が……」


「ふふっ、心配ご無用ですよお嬢様……それに、ここに居たら凍えそうですからね……は、ははは……」


 カチカチと、ジルの歯が鳴った。


「え……え!?」


 自分じゃ分からなかった……もしかしてこの室内、相当冷えてる!?


『……はい。氷点下二十度ほどでしょうか……まつ毛も凍ります』


 その言葉通り、ジルの長いまつ毛が白んでいた。

 瞳もかわくのだろう、何度もパチパチと瞬きをする。


「さ、寒いですね……お、おお、おおお嬢様」


 限界のようだった。


「ご、ごめん!!今すぐにここを出ましょう!!」


 魔力が残っていてれば、防げたのだろうけれど……あれほどの魔法を撃ち、自分が吹き飛ばされた衝撃を殺し、今……ど、どれくらい気絶していたんだろう。


『三十分程ですね、防寒無しでは軽く死ねますよ』


「早く言ってぇぇぇぇ!!」


 私は震えるジルの腰に手を回して、腕を肩に回した。

 体格差で運べる気がしないけれど……それでも。


「――い、行きましょうっ!!」


「はい、お嬢様……ふふっ」


 必死な私の形相ぎょうそうを笑うジルの笑顔に気づかず、私は外に向けて歩き出すのだった。





 ゴゴゴゴゴ……バタン――


 重そうに、扉が閉まった。独りでに。


「はぁ、はぁ、つ、疲れたぁ……」


『室内からの脱出を確認……内部反応消失。ドラゴンも消えました』


「……ドラゴンが消えた?それって、死んじゃったって事?」


『――いえ。あのドラゴンは転生者の能力によって作り出された物でしょうから……中に入れば、きっとまた現れます。命ではありませんよ』


 恐ろしい事を言うウィズ。

 でも、倒せたんだもの……誇ってもいいはずだわ。


「ふふふ……あ、あのデカ蜥蜴とかげめ、わわ、わたしを舐めるからだぞ」


 未だにガタガタと震えるジル。

 いやいや、顔色が……


「ジル、早く暖めないと……どうしよう、なにか火とか」


 周囲を探そうにも、ここは洞窟内。

 魔物がおとずれる危険性も大きいし、一人にだけは出来ないわよね。


「なぁに、す、少し歩けば、あぁ暖ままりますすよ……ふ、ふふ……」


「――ええ!ちょっとジルぅ!?」


 ギコギコと歩き出すジルは、帰ろうとしている。

 この様子では、きっと止める方が駄目なのかもしれない。


「分かったから、せめて私につかまってよっ!もうっ」


 昔からこうだった。

 ジルが強いのは当たり前で、私はいつも彼女に後ろを守られて。

 ほんの少しの油断で、私が奴隷どれいにされた過去も……ジルは一人で助けに来てくれた。

 ミオやクラウに出会って、少しは変われたかしら……変わって行けるかしら。


「ふふっ」


「――もうっ、なに?」


 私に支えられて歩くジルが、不意に笑う。

 優しく、嬉しそうに、ほんの少しだけ……寂しそうに。


「嬉しいんですよ。お嬢様が……ここまで立派になられて。わたしも面目躍如でしょうか……今まで教育してきた甲斐かいがありますね」


「そ、そうよ。ジルがいたから、私は頑張れた……今だってそうだわ。ジルのおかげで、戦えるし無理が出来る……誇っていい!感謝してる!これからもするからっ!!」


「……ですね」


 自分もそのつもりなんだね。

 嬉しい。自然と……笑み。


「は、ははっ」

「うふふっ」


 互いに泥だらけの顔を見て笑う。

 お嬢様と従者じゅうしゃ……そんな関係だった十七年は、ここで終わる。

 これからは共に進む……大切な存在だ。

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