サイドストーリー4-2【お姉ちゃん頑張るからねっ!!】



◇お姉ちゃん頑張るからねっ!!◇


 私の名前はレイン……レイン・スクルーズと言います。

 今年の九月で二十歳になる、この村……【豊穣の村アイズレーン】の村長の娘です。


 現在私は、とあるお宅に来ています。

 正直に本音を言えば……来たくはありませんでした。


 理由は簡単です。

 ここはとてもひどく……おおよそ人の住める環境では無いのです、この家は。


「……」


 瓦礫がれきの山のように積まれた服、雑貨、商人から買ったと思われる外国の雑誌、見た事も無いような小道具……それが乱雑に組み合わさり、もう……何が何だか分かりません。


 誰か助けて……お願いだから。


「そんな顔しないでよ~、レインってばぁ……流石さすがのあたしもへこむわよ?」


「――はっ!!」


 いったい、私はどんな顔をしていたのでしょうか……恐ろしい事です。

 普段はおっとりと思われがちな私ですが、案外感情を表に出すんですよ?


「ア、アイズさん……いったいどうすれば、二日でここまで汚くできるんですか?」


 私はそこら辺に脱ぎ捨てられている服を拾い上げながら、持ち主に言う。

 この人の名前はアイズさん……東の国からの旅人さんで、少し前に【豊穣の村アイズレーン】に移住したお方です。


 とても美人で博識はくしき……なのですが、何と言いますか、非常に……その、だらしないと言いますか、汚いと言いますか。

 なんとも言い難い、非常に言葉に困る御方なんです。


「ん~……な~んにもしてないんだけどねぇ」


 唇に指をわせて言うアイズさん。

 視線は上を向いていた。


 絶対に噓だ……だって二日前には、一度片付けたんですよ?

 それがこんな短期間で……こうもなりますか?

 片付けるアイズさんの服、その中には下着もあります……なんだか物凄いのが。


「す、すごい下着……」


「――あ、それ実は一度もいてないから、あげよっか?レインのスタイルなら、あの純朴じゅんぼくそうな男だってイチコロだよっ」


「――い、いりません!!あとなんの話ですかっ!?」


 まったくもう……この人は、どこからこんなにも大量の荷物を取り寄せているのだろう……本当に不思議ふしぎです。

 いつの間にか荷物が増えているんだもの……しかも、見た事も無いようなものばかりで、とても目が痛い。


「えー。レインに似合うと思うけどなぁ?」


 こ、こんなスケスケの下着が??

 真ん中に……穴?……??……穴???


 私が何の用途があるか分からない下着に、顔面劇場を繰り広げていると。


「ふっ……お子様ねぇ」


 鼻で笑われました……アイズさんは旅人なので、いろいろな国を渡り歩いてきたと思うのですが……何というか、色々と残念なんです。

 途轍とてつもなく美人で博識はくしき、魔法も使えて、この村の人たちからも頼られる事もしばしば……だけど、この部屋の惨状を目の当たりにすれば……きっと思い描く幻想は、軽く打ち砕かれると思う。


「と、とにかく……掃除はしますけど、もう散らかさないでくださいよっ」


 こちらもひまではない。いくら可愛い弟のミオから頼まれているとはいえ、数日おきに掃除をさせられては時間がいくらあっても足りないもの……


「――えぇ~。だってコハクはやってくれないし、アイシアは中々来てくれないし~」


 アイズさんはよく分からない物に腰を下ろして、両足をブラブラさせて言う。

 下着が丸見えです……もう少しつつしみを持ってくださいっ!


 この方は、出会った当初と印象が違う時があります……と言うか、もう初対面の印象は残っていません。

 何というか……別人なんです。

 今思えば、よそおっていたのでしょうか。


「それでは答えになっていませんよっ!」


 まるで「誰かがいてくれれば綺麗なまま」と言いたそうに、アイズさんは顔をムスッとさせている。子供ですか……あなたは。


「むぅ……わ~か~り~ま~――」


 そう、分かってくれればいいんで――


「――せんっ!!」


「……」


 あははっ――!皆さん、私は上手く笑えていますか?

 この調子で、アイズさんのお世話は私がしています……こんなにも大変なことを、弟のミオが一人でしていた事を……今は凄くほこりに思っています。

 凄い、私の弟凄いんですっ!

 こんな人の相手を、たった一人でしていたんです!クラウのスペースとは話にならない!こんな汚い場所!こんなズボラな人のお世話!!


 ですが、私には自信がありません……今にも泣きそうです!!


「ほらほらっ!あたしも手伝うからさぁ!」


 アイズさん、あなた最初の一人称はわたくしじゃなかったんですか?

 もう、まるで雰囲気ふんいきが違うんですが……この事、ミオは知っていたのでしょうか。

 もしもミオがこの人にだまされて、いいように使われていたのなら、姉として阻止そししなければ。


「はぁ……それじゃあ、そちらはお願いしますっ。私はこっち……寝室を掃除しますから」


「あ~い――あ!そこはいいから」


「え?」


 アイズさんが指差すのは、一番物が積み上がった場所。

 むしろ一番片付けた方がいいと思うような場所ですが。


「――いや、でも」


「いいから。そこだけは不可侵ふかしんよ……触れれば火傷やけどじゃすまない」


「……」


 私は、ゴクリとのどを鳴らしました。

 雰囲気ふんいきが……一瞬で様変わりしたのです。

 まるで、今まで見てきた……どのアイズさんでもない様に。


「いいわね?」


「は、はい」


 この方は……一体どの雰囲気ふんいきが本当の姿なのでしょう……?


「うん。よろしい、それじゃあ始めましょうか……あ!お礼にその下着あげるからねっ!」


「要らな――……はぁ、もういいです」


 あきらめる事にしました。

 とりあえず……貰っておくことにします。

 履くことは、一生無いと思うけれど……多分。





「終わ――ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 アイズさんはほとんどやってないじゃありませんか……私ですよ?ほぼ。

 二時間かけて掃除を行い、基本的にはゴミだらけ。


 商人から買ったと思われる商品の箱や包装紙、食べ物の容器。

 どこの国の物か分からないような素材の物もあって、捨てるものの区別がつかない物も多くて、凄く疲れた……これならクラウの方がまだマシです、断言できる。


「はぁ疲れた……もう散らかさないで下さいね……?」


 言っても聞かないのでしょうけど。


「――それは無理な相談ね、それじゃあ明後日よろしく!」


 速攻で拒否された上に、次の予約を入れられました。


「……はぁ。ミオの苦労が分かります……」


 ミオ……クラウ。

 レインお姉ちゃん……くじけそうだわ。

 それでなくても、個人的な悩みもあるのに……アイズさんは遠慮えんりょも無しにグイグイ来るから。

 これではアイちゃんもコハクも、逃げちゃうわよね。


 で、でも――お姉ちゃん頑張る。

 ミオが今までやっていた事を、お姉ちゃんも頑張るからねっ!!


 だから、お休みの時だけは帰って来て!!お願い!!

 お姉ちゃんからの、滅多めったにないお願いだからぁぁぁぁぁ!!

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