第4章サイドストーリー【豊穣の女神と村の人々】

サイドストーリー4-1【続・汚部屋の女神さま】



◇続・汚部屋の女神さま◇


 これはミオとクラウの姉弟が、【ステラダ】にある【王立冒険者学校・クルセイダー】に進学して、少しった頃の話だ。

 【サディオーラス帝国】最東端にある二人の故郷、【豊穣の村アイズレーン】で起きていた……ミオたちが知らない――いずれ知ることになる物語りだ。





「あ!!ヤバい――!」


 その声は、緊迫感とは程遠い綺麗な声をしており……この部屋の惨状を見ていない者にとっては、さぞかし耳心地のいい声だろう。

 その声の持ち主は、おおよそ人間とは思えない美貌びぼうの持ち主だ。

 綺麗な榛色はしばみいろの髪に、均衡きんこうのとれた四肢ししかがやくパープルの瞳、そして最大の特徴であるその美声が、彼女を表している――の、だが……


「――うわぁぁあああああああああああっっっ!!?」


 悲鳴と共に、彼女が手を伸ばした先で……大量の何かが崩れた。


 ――ガラガラガラガラガラガラッ!!ガシャーーーーン!!


「……げっほ、げほげほっ!」


 煙が舞った。


 その女性は、咳をしながらジト目でその崩れたものを見る。

 まるで「どうしてこうなった……」と言わんばかりに。


「あ~あ、やっちったわねぇ」


 あくまでも自分のせいではない。

 そう言いたいのがこの人物……いや、神物じんぶつだ。


「う~ん……よし決めた、レインを呼ぼう!」


 自分でやろうかと思考を巡らせたのはほんの一瞬。

 他力本願たりきほんがん――基本的に、自分の部屋の掃除は他人がするのだ。


「おっかしいなぁ……たった数日でこうもなるぅ?」


 誰が言っているのか。


 自分が転生させた男、ミオに用意させた家を出て、この汚部屋の主……【女神アイズレーン】こと、アイズはこの村の村長宅へ向かう。

 ミオとクラウが冒険者学校に進学して、ハッキリ言ってしまえば村は静かになった。

 まるで二人が特異点とくいてんか何かのように感じてしまうが、ただ単に村が平和なだけだろう。


 村を歩くのは楽しい。

 人の営みを目にするのは、実に数百年以上ぶりだ。

 外部からの来客も訪れるようになり、村の充実っぷりも程よいものに感じる。


 村の結界が破壊され魔物の大群が襲来したあの日。

 その日から、この村は世界に判別されるようになった。

 エルフという長寿は抜きにしても、この場を知りえる人物はいない筈だったのだ。


 しかし、事情は大きく変わった。

 村の結界がなくなったという事は、悪意までが訪れるという事。

 ミオとクラウという転生者がいない以上、この村の守りは手薄も手薄。

 もしも……近い将来この村が害を受ける事になれば、その時は。


 そんな不安を抱きつつも、アイズは村の中を回りながら目的地へと到達する。

 村の南部、この村の責任者の家……村長宅、スクルーズ家だ。


 バンッ――!


「こんにちはー。レインいますー?」


 無作法にもほどがある訪問で、アイズは堂々と入って行く。

 何故なら女神だから。


「あれ――アイズさん?どうしました?」


 明るい金髪を腰まで伸ばした、THE清楚せいそ

 物腰柔らかな口調に優し気な垂れ目、そして母譲りの大きな胸。

 ミオとクラウの姉、スクルーズ家の長女……レイン・スクルーズだ。


「あ、いますねー……実はご相談がありまして」


 ピクン……とレインが反応する。

 それだけで察する、察すれるほどの確信があったのだろう。

 そしてその言葉をアイズが口にする。


「お部屋、掃除してくれません?」


 悪びれず、屈託くったくのない笑顔で言うアイズ。


「えぇ……一昨日おとといもしたじゃないですかぁ」


 レインは率直におどろく。

 そうである。一昨日おとといに掃除してあげたばかりなのだ。

 なのに、もう汚いと言うのだから。


「いやぁ~まぁまぁ、落ち着いてよレイン……仕方ないのよ~、これには海よりも深~い事情があるのですから」


「……私、海を知らないので何とも言えませんけど……」


 【豊穣の村アイズレーン】付近には海がない。

 山中なのだから当たり前だが、この村がある【サディオーラス帝国】は、世界最大の大きさをほこる国である。


 その最東端が、【豊穣の村アイズレーンここ】だ。

 そんなド田舎と隣国の【ステラダ】しか知らない女性に、アイズは。


「そーなのですか?それじゃあ今度連れて行きますねっ。と、いう事で……掃除をよろしくお願い致しますっ」


 シュバッ――と頭を一瞬だけ下げて、アイズは笑顔で言う。

 心が全く籠っていないのは気のせいではないだろう。


「そ、それはまぁ……いいですけど、少し待っていただけますか?」


「……ん?」


 レインは誰かを待っているのだろうか。

 外を気にしている素振そぶりだった。

 アイズは仕方なく椅子に座り、レインを待つことにしたのだが……直ぐに。


「あ……来たっ。ちょっと失礼しますねっ」


 レインは外に出ていく。

 窓からのぞくと……男がいた。

 アイズは感心そうにその男を見る。


「んーあれって……えーっと確か、農園の従業員よね?」


 名は、アドル・クレジオ。

 アイズがミオに聞いた話によると……昔からレインに気がある青年。

 レインも悪くは思ってなさそうで、初めは邪魔してやろうかと思ったが、レインが悲しそうにするから傍観者ぼうかんしゃに徹した……らしい。


「へぇ……なるほどねぇ」


 椅子の背凭せもたれに肘を着いて、若人わこうどをいやらしい目で見る女神。本当に女神だろうか。


 見る限り、どうやら二人は良い仲のようだ。それもただの友達ではない様子。

 レインも今年で二十歳……この世界の基準で言っても、結婚していてもおかしくはない年齢だ。


 ましてや、クラウとミオが冒険者になる可能性を考えると、レインが農園をぐのだろう……そうなれば、おのずと必要になるのは婿むこだ。


「ふんふん、なぁるほどね~。まんざらでもなさそうじゃない……レインも。まぁミオが見てたら発狂ものよねぇ……大好きなお姉ちゃんが、あんな女の顔をしてたらさ」


 二人は同級生だとも言うし、知らない仲では無いのだろう。

 しかし……どうもぎこちない。

 レインは頬を染めて視線を逸らすが、アドルは素気のない表情で対応しているように思える。しかし、チラチラと伺っている。


 アイズは気付く、この男は“好きな子を苛めるタイプ”だと。


「くふふ……初心うぶねぇ人間は……」


 アイズは、今度は肘をテーブルに乗せて、値踏ねぶむ視線で二人を見る。

 窓から見える若い男女は、何とも言えない距離感で接している。

 普通に会話をしているだけなのだが、まるで十歳未満の少年と少女のようだと、アイズは思った。


「あぁ……でも普通に会話しているだけね、これだけなら恋愛のれの字も無いわぁ。もうやる事やってんのかと思ったのに……」


 ミオがいない間に恋仲にでもなっていれば面白いのに……と、不敵ふてきに笑う。だが、時間の問題だとも思った。


 そして二人は少しだけ話をして、アドル・クレジオは帰って行った。


「……あれ、なんか持ってる?」


 レインは何かを持っていた。

 アドルに貰ったのだろうか。

 それにしても、随分ずいぶんと豪勢な包みだった。


「――すみません、お待たせしました……それじゃあ、アイズさんの家に行きましょうか」


「ええ、別に待ってないけどさ……それはなーに?」


 アイズはあごでその包みを示す。

 いや……どう見ても女神の態度ではない。


「あ……これは、届け物です……【ステラダ】からの」


 【ステラダ】……【リードンセルク王国】の街だ。

 ミオとクラウが現在いる場所。


「もしかしてミオかクラウから?」


 もしかしたら、自分に!?

 と、アイズは目をかがやかせた……が。


「いえその、以前この村でお助けした……リディオルフ・シュカオーンさんという方からです」


「へぇ、なぁんだ」


 助けた。数年前ミーティアが奴隷どれいとしてさらわれた事件……その時に一緒に奴隷どれいにされていた、貴族の男性だったはずだ。


(あーそう言えばクラウが言ってたかしらね。しつこい男がいるって……ウザそうに言ってたわ確かに、大変ねこの子も……まぁ実害はないだろうし?安全でしょ)


 月に何度かプレゼントが届く……と、その内容物は教えてもらえなかったと言っていたが、それがその男なのだろう。

 妹弟に色恋沙汰いろこいざたは言えない……そういう事だ。恋ではないだろうが。


「おっと……それじゃあ、行きましょうか!物が崩れちゃって悲惨なのよねっ!」


「――ええ!たった二日で!?」


「二日で!!」


 思い出したようにアイズは笑顔で言う。

 このようにして、アイズの部屋は基本的に汚いままだ。

 多分一生……このままなのである。

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